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#1 水晶谷
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鉦や太鼓が響き、哀切を帯びた異国風の音曲が玻璃の窓に反響する。最初のうちこそ戸惑ったが、ヨウはすぐに旋律をつかんだ。
低く高く、うねる音曲に、ヨウの三弦が絡みあい溶けていく。村人達の唱う祝詞がそれに重なる。
その燭台に照らされた中央では、少女たちが舞っている。
「あんたの目が見えればなあ」
ヨウの傍らで太鼓を叩いていた、大柄な男が囁くように言った。
「スアン嬢ちゃんが踊っているんで……?」
ヨウも三弦を奏でながら、頬にかすかに笑みを浮かべて言った。
「舞も上手いし器量もいい。あんただから言うが、舞手の中でもスアンは一番よ」
やがて周囲の村人や、囃し手までもがその輪に加わった。
燭台の灯りに玻璃がきらめき、さして広くもない祭殿の内はこの世のものとは思えぬ美しさだ。人々の頬も赫く照り映え、みな陶然とした表情であった。
話は三日前に遡る。
ヨウが山道も半ばにさしかかった時だ。かすかな、甲高い悲鳴が聞こえた。続いて男の怒号。
辺りは背の高い草が茫々と茂った山道である。ヨウは杖を握りしめ、草陰に隠れて声のする方へと近づいた。
「──のガキが一人前の顔をして歩いてるんじゃねえよ」
「人並みに色気づきやがって──」
男が三人。年の頃は二十代から三十代半ばというところか。口汚く罵りながら今しも手にかけようとしているのは、まだ幼さを残した少女だ。
泥のついた着衣は乱れ、ところどころが破れていた。手足にも擦り傷が見え、頬が赤く腫れているのは、殴られたせいか──。
「やめてください! やめて……!」
少女の悲痛な声は、しかし男達の欲情をさらに掻きたてた。
「誰か……、助けて……!」
「誰もいねえよ、こんな山ん中に」
男達は下卑た笑い声を上げた。乱暴に押し倒し、少女の細い脚を割り裂いて押し入ろうとしたまさにその時。
ぎゃあっ!、と、轢き潰されたような叫びがあがった。先刻、おのが一物を握り、狼藉に及ぼうとしていた男が、股間を押さえ白目を剥いて少女の脇に転がっている。
「年端もいかねえ女の子に狼藉とは、いけねえなあ」
度肝を抜かれた男達の目に、杖を構えた見慣れぬ風体の、どうやら盲目らしき男が映った。両目をぼろで覆い身につけた着衣は粗末で、背には三弦らしき包みを背負っている。
「なんだてめえ!」
「乞食風情が邪魔をすんじゃねえ!」
男達は口々に吠えたが、あっという間に叩きのめされ、
「おまえさん方、とっとと消えないと命がねえぜ」
とすごまれて
「くそっ、覚えてろ!」
というお決まりの捨て台詞を残すと、ほうほうの体で逃げていった。
「……」
「嬢ちゃん」
男が振り返り、少女は表情をこわばらせて露わになった胸元を掻き合わせたが、相手が盲目であることに思いが至ると、我知らず指先の力が抜けた。
「さっきの連中が待ち伏せしていないともかぎらない。よかったら送っていきますよ」
低く高く、うねる音曲に、ヨウの三弦が絡みあい溶けていく。村人達の唱う祝詞がそれに重なる。
その燭台に照らされた中央では、少女たちが舞っている。
「あんたの目が見えればなあ」
ヨウの傍らで太鼓を叩いていた、大柄な男が囁くように言った。
「スアン嬢ちゃんが踊っているんで……?」
ヨウも三弦を奏でながら、頬にかすかに笑みを浮かべて言った。
「舞も上手いし器量もいい。あんただから言うが、舞手の中でもスアンは一番よ」
やがて周囲の村人や、囃し手までもがその輪に加わった。
燭台の灯りに玻璃がきらめき、さして広くもない祭殿の内はこの世のものとは思えぬ美しさだ。人々の頬も赫く照り映え、みな陶然とした表情であった。
話は三日前に遡る。
ヨウが山道も半ばにさしかかった時だ。かすかな、甲高い悲鳴が聞こえた。続いて男の怒号。
辺りは背の高い草が茫々と茂った山道である。ヨウは杖を握りしめ、草陰に隠れて声のする方へと近づいた。
「──のガキが一人前の顔をして歩いてるんじゃねえよ」
「人並みに色気づきやがって──」
男が三人。年の頃は二十代から三十代半ばというところか。口汚く罵りながら今しも手にかけようとしているのは、まだ幼さを残した少女だ。
泥のついた着衣は乱れ、ところどころが破れていた。手足にも擦り傷が見え、頬が赤く腫れているのは、殴られたせいか──。
「やめてください! やめて……!」
少女の悲痛な声は、しかし男達の欲情をさらに掻きたてた。
「誰か……、助けて……!」
「誰もいねえよ、こんな山ん中に」
男達は下卑た笑い声を上げた。乱暴に押し倒し、少女の細い脚を割り裂いて押し入ろうとしたまさにその時。
ぎゃあっ!、と、轢き潰されたような叫びがあがった。先刻、おのが一物を握り、狼藉に及ぼうとしていた男が、股間を押さえ白目を剥いて少女の脇に転がっている。
「年端もいかねえ女の子に狼藉とは、いけねえなあ」
度肝を抜かれた男達の目に、杖を構えた見慣れぬ風体の、どうやら盲目らしき男が映った。両目をぼろで覆い身につけた着衣は粗末で、背には三弦らしき包みを背負っている。
「なんだてめえ!」
「乞食風情が邪魔をすんじゃねえ!」
男達は口々に吠えたが、あっという間に叩きのめされ、
「おまえさん方、とっとと消えないと命がねえぜ」
とすごまれて
「くそっ、覚えてろ!」
というお決まりの捨て台詞を残すと、ほうほうの体で逃げていった。
「……」
「嬢ちゃん」
男が振り返り、少女は表情をこわばらせて露わになった胸元を掻き合わせたが、相手が盲目であることに思いが至ると、我知らず指先の力が抜けた。
「さっきの連中が待ち伏せしていないともかぎらない。よかったら送っていきますよ」
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