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#9 峠の午後2
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「ちょっと待ってね、今日はおじさんにも水晶をあげようと思ってお守り袋も持ってきたのよ」
そう言うとスアンは一旦ヨウの掌から水晶をつまみ上げ、ごく小さな巾着に入れて再びヨウに手渡した。
#蜻蛉(かげろう)の羽のように薄い、色味の違う数枚の布をていねいにはぎ合わせたその巾着は、光と表と裏の布地の重なり具合によって色味が変化する美しいものだった。谷の者が見ればすぐにそれが祭礼の晴れ着の薄衣の余り布を使って作られたものに気がついたはずだが、ヨウにわかったのはそれが丁寧にかがられた、たいそう手触りの良い品であるということくらいだった。ヨウはそれを、帯の間にしっかりと挟み込んだ。
「ここで水晶のカケラを拾ってお守りを作って、時々街に売りに行ってるの。お父さんには、危ないから街には行っちゃいけないって言われてるんだけど──親切な人もいるし──だから内緒なの。たいした額にはならないけど、買ってくれるお店があるから……」
ヨウと並んで峠に腰を下ろし、スアンは問わず語りに話しはじめたが、
「でもこの頃は街に行くのが怖い」
と言うと、うつむき声を震わせた。
「友達も街で追いかけられたって言ってたし、この前みたいなことがあると──それに──」
明るく爽やかな峠の陽射しの中で、スアンの声は悲痛だった。
「前に言われたことがあるの。町の人が……カナルが滅んだのは、悪人だからバチが当たったんだとか……劣っているから神様に滅ぼされたんだとか……」
「神様というのは、ひとの物差しでは測れないもんじゃないですかねえ」
ヨウはゆっくりと言った。
「神様は確かにいて、この世を眺めてらっしゃるかもしれない。だけど神様が何を思し召しかなんて、ひとの腹から生まれたわっしらにわかるはずがない。考えるだけムダなことだと思いますよ」
「おじさんはそれで納得できるの? 神様を恨まないの──おじさんだって──目が見えたら、もっと違う暮らしができたかも知れないのに」
詰め寄るように言ったスアンに、ヨウは笑顔を見せた。
「わっしは世の中の、悲しいことや醜いものを見すぎました。ですからもう、これ以上見なくていいんですよ」
スアンは胸を衝かれたような表情になった。
「めくらなればこそ、こうして嬢ちゃんの秘密の場所で、気持ちのいい風に吹かれてもいられるわけですしね」
ヨウの出来の悪い軽口にスアンは困ったふうに少し笑ったが、すぐにまた沈んだ表情になった。
「お父さんが言ってたの……おじさんの三弦には悲しみがあるって。だから心が惹かれるし、信用もできるって」
呟くようにそう言ったが、しばらくしてまた続けた。
「でも……やっぱり私は、おじさんの目が見えるようになってほしい。悲しいことや醜いものの代わりに、綺麗なもの、優しいことが、いつかおじさんの目に映ればいいのに」
ヨウは沈んだ表情のスアンに笑いかけた。
「嬢ちゃんは優しいおひとだ。きっとその優しさが、嬢ちゃんのためになりますよ」
それから立ち上がると、促すように続けた。
「さあもう日も高くなったようだ。そろそろ行きますかね」
「そうね。山菜も摘まなくちゃ」
スアンも気を取り直した笑顔になり、立ち上がった。
そう言うとスアンは一旦ヨウの掌から水晶をつまみ上げ、ごく小さな巾着に入れて再びヨウに手渡した。
#蜻蛉(かげろう)の羽のように薄い、色味の違う数枚の布をていねいにはぎ合わせたその巾着は、光と表と裏の布地の重なり具合によって色味が変化する美しいものだった。谷の者が見ればすぐにそれが祭礼の晴れ着の薄衣の余り布を使って作られたものに気がついたはずだが、ヨウにわかったのはそれが丁寧にかがられた、たいそう手触りの良い品であるということくらいだった。ヨウはそれを、帯の間にしっかりと挟み込んだ。
「ここで水晶のカケラを拾ってお守りを作って、時々街に売りに行ってるの。お父さんには、危ないから街には行っちゃいけないって言われてるんだけど──親切な人もいるし──だから内緒なの。たいした額にはならないけど、買ってくれるお店があるから……」
ヨウと並んで峠に腰を下ろし、スアンは問わず語りに話しはじめたが、
「でもこの頃は街に行くのが怖い」
と言うと、うつむき声を震わせた。
「友達も街で追いかけられたって言ってたし、この前みたいなことがあると──それに──」
明るく爽やかな峠の陽射しの中で、スアンの声は悲痛だった。
「前に言われたことがあるの。町の人が……カナルが滅んだのは、悪人だからバチが当たったんだとか……劣っているから神様に滅ぼされたんだとか……」
「神様というのは、ひとの物差しでは測れないもんじゃないですかねえ」
ヨウはゆっくりと言った。
「神様は確かにいて、この世を眺めてらっしゃるかもしれない。だけど神様が何を思し召しかなんて、ひとの腹から生まれたわっしらにわかるはずがない。考えるだけムダなことだと思いますよ」
「おじさんはそれで納得できるの? 神様を恨まないの──おじさんだって──目が見えたら、もっと違う暮らしができたかも知れないのに」
詰め寄るように言ったスアンに、ヨウは笑顔を見せた。
「わっしは世の中の、悲しいことや醜いものを見すぎました。ですからもう、これ以上見なくていいんですよ」
スアンは胸を衝かれたような表情になった。
「めくらなればこそ、こうして嬢ちゃんの秘密の場所で、気持ちのいい風に吹かれてもいられるわけですしね」
ヨウの出来の悪い軽口にスアンは困ったふうに少し笑ったが、すぐにまた沈んだ表情になった。
「お父さんが言ってたの……おじさんの三弦には悲しみがあるって。だから心が惹かれるし、信用もできるって」
呟くようにそう言ったが、しばらくしてまた続けた。
「でも……やっぱり私は、おじさんの目が見えるようになってほしい。悲しいことや醜いものの代わりに、綺麗なもの、優しいことが、いつかおじさんの目に映ればいいのに」
ヨウは沈んだ表情のスアンに笑いかけた。
「嬢ちゃんは優しいおひとだ。きっとその優しさが、嬢ちゃんのためになりますよ」
それから立ち上がると、促すように続けた。
「さあもう日も高くなったようだ。そろそろ行きますかね」
「そうね。山菜も摘まなくちゃ」
スアンも気を取り直した笑顔になり、立ち上がった。
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