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#8 峠の午後
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ヨウの水晶谷での滞在も、もう一週間ほどになった。
祭の囃子方を頼まれてここに留まったのだが、それも終わって数日経つ。
イハサヤはなにも言わず、子供たちもヨウに心を許しているふうだったが、何か役に立てることがあるでなし、そろそろ出て行かねば……、と考えていた夕餉の後、スアンがこっそりと話しかけてきた。
「おじさん、明日出かけたいんだけど、一緒についてきてもらえる……?」
「それはお安いご用ですが」
と、ヨウも小声で答えた。
「親父さまが心配なさるのでは……? それにハク坊ちゃんは、一緒に連れて行きなさるので……」
「お父さんには内緒よ。ハクは他の子に見ててもらうから大丈夫」
この集落では男はもとより女も鉱山で働いている。男たちは朝から出かけ、女たちは家事を済ませた後出ていく。幼い子供の世話は、スアンのような力仕事はまだ難しい年頃の少女と年寄りの仕事だった。
翌日、スアンとヨウは大人たちが出払った後、門番に「山菜を採りに行く」と言って集落を出た。
山道は先だってと同様、人気がなかった。往来はあまり盛んではないらしい。ならず者に襲われた辺りではスアンは頬をこわばらせてヨウにくっつかんばかりに歩いていたが、通り過ぎるとまた少しふたりの間が開いた。
「どこへ行くんで……?」
「本当の『水晶谷』」
スアンは振り返ると茶目っぽく笑った。
「本当の……?」
「水晶のカケラが採れるの。たまたま見つけて……私しか知らないのよ」
「嬢ちゃんの秘密の場所に、わっしがついて行ってもよろしいんで……?」
「おじさんなら大丈夫」
スアンは笑って答えたが、ヨウが
「ああ……、そうですね」
と応えたのに何かに気づいたふうで、慌てて
「違うの、ごめんなさい、そういう意味じゃないの……」
と言った。
「わかっていますよ」
ヨウは笑顔のまま、そう応えた。二人は分かれ道を折れ、やがて峠に着いた。
今来た道の片側は林、もう片側は砂や礫が浮いたザレ場になっている。
「この前も、本当はここに来るつもりだったの……」
スアンは小さく呟くとしばらく押し黙ったが、やがて明るい声で
「ここで待っていてね」
と言うと、ザレ場をひとりで下りはじめた。
気をつけるんですよ……!、と、声をかけたものの、一緒に下りるわけにもいかないヨウはその場に腰を下ろした。
峠の風は心地よく空気は乾いていた。見通しもよく空も広く、気持ちのいい峠だった。その長閑さにヨウはしばし時の経つのも忘れていたが、
「お待たせ」
という明るい声に我に返った。
「ああ、……すみません、少しうとうとしていたようで」
「いいのよ、こっちはめったに人も通らないし、なんせ気持ちがいい場所だものね」
笑ってそう言うと、スアンはヨウと並んで座った。
少女の、微かに甘い髪の匂いが鼻腔をくすぐる。ヨウはどうにも落ち着かない思いがした。
「その、探し物はたくさん見つかったんで……?」
「ええ」
ヨウのきまり悪さに全く気づいてないふうのスアンは明るく答えた。それから屈託なくヨウの手を取ると、その掌にひんやりとした、小さなものをいくつか載せた。
「おじさんにもあげる。水晶のカケラよ。これはね、魔除けのお守りなの」
「…………」
自分のようなものに魔除けのお守りとは……と、ヨウはますますばつの悪い思いがしたが、それをスアンに言えるはずもなく、ありがとうございます……と、もごもごと礼を述べた。
祭の囃子方を頼まれてここに留まったのだが、それも終わって数日経つ。
イハサヤはなにも言わず、子供たちもヨウに心を許しているふうだったが、何か役に立てることがあるでなし、そろそろ出て行かねば……、と考えていた夕餉の後、スアンがこっそりと話しかけてきた。
「おじさん、明日出かけたいんだけど、一緒についてきてもらえる……?」
「それはお安いご用ですが」
と、ヨウも小声で答えた。
「親父さまが心配なさるのでは……? それにハク坊ちゃんは、一緒に連れて行きなさるので……」
「お父さんには内緒よ。ハクは他の子に見ててもらうから大丈夫」
この集落では男はもとより女も鉱山で働いている。男たちは朝から出かけ、女たちは家事を済ませた後出ていく。幼い子供の世話は、スアンのような力仕事はまだ難しい年頃の少女と年寄りの仕事だった。
翌日、スアンとヨウは大人たちが出払った後、門番に「山菜を採りに行く」と言って集落を出た。
山道は先だってと同様、人気がなかった。往来はあまり盛んではないらしい。ならず者に襲われた辺りではスアンは頬をこわばらせてヨウにくっつかんばかりに歩いていたが、通り過ぎるとまた少しふたりの間が開いた。
「どこへ行くんで……?」
「本当の『水晶谷』」
スアンは振り返ると茶目っぽく笑った。
「本当の……?」
「水晶のカケラが採れるの。たまたま見つけて……私しか知らないのよ」
「嬢ちゃんの秘密の場所に、わっしがついて行ってもよろしいんで……?」
「おじさんなら大丈夫」
スアンは笑って答えたが、ヨウが
「ああ……、そうですね」
と応えたのに何かに気づいたふうで、慌てて
「違うの、ごめんなさい、そういう意味じゃないの……」
と言った。
「わかっていますよ」
ヨウは笑顔のまま、そう応えた。二人は分かれ道を折れ、やがて峠に着いた。
今来た道の片側は林、もう片側は砂や礫が浮いたザレ場になっている。
「この前も、本当はここに来るつもりだったの……」
スアンは小さく呟くとしばらく押し黙ったが、やがて明るい声で
「ここで待っていてね」
と言うと、ザレ場をひとりで下りはじめた。
気をつけるんですよ……!、と、声をかけたものの、一緒に下りるわけにもいかないヨウはその場に腰を下ろした。
峠の風は心地よく空気は乾いていた。見通しもよく空も広く、気持ちのいい峠だった。その長閑さにヨウはしばし時の経つのも忘れていたが、
「お待たせ」
という明るい声に我に返った。
「ああ、……すみません、少しうとうとしていたようで」
「いいのよ、こっちはめったに人も通らないし、なんせ気持ちがいい場所だものね」
笑ってそう言うと、スアンはヨウと並んで座った。
少女の、微かに甘い髪の匂いが鼻腔をくすぐる。ヨウはどうにも落ち着かない思いがした。
「その、探し物はたくさん見つかったんで……?」
「ええ」
ヨウのきまり悪さに全く気づいてないふうのスアンは明るく答えた。それから屈託なくヨウの手を取ると、その掌にひんやりとした、小さなものをいくつか載せた。
「おじさんにもあげる。水晶のカケラよ。これはね、魔除けのお守りなの」
「…………」
自分のようなものに魔除けのお守りとは……と、ヨウはますますばつの悪い思いがしたが、それをスアンに言えるはずもなく、ありがとうございます……と、もごもごと礼を述べた。
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