狼少女のタカラモノ

橘 志摩

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2.口煩い幼馴染

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 仕事帰り、玄関をあけてただいまと声をかけてみても、家の中から返事は帰ってこない。
 もう随分と長い一人暮らしなのだから当たり前かと、菜摘はただぼんやりとそんなことを考えて、靴を脱いでから家に上がった。

 菜摘の父が単身赴任でニューヨークに転勤になってからもうそろそろ6年目になろうとしている。
 一人では心配だからと母もついていき、結果的に菜摘は一人暮らしになった。
 もうその頃には彼女は20歳だったし、母は事あるごとに電話をかけてくるからあまり寂しいという感情はない。

 むしろ一人気ままに広い実家に暮らせているのだから楽だ。
 リビングに入って電気をつけてから冷蔵庫を覗きにキッチンに向かう。
 入っていたビールを取り出して、口をつけながら冷蔵庫の中身で何を作ろうかと考えていると、家のインターホンが鳴った。

 誰が来たかを考えて、菜摘の眉間に皺が寄ってしまう。
 寂しいと思わない理由はここにもあるのだ。
 どちらかといえば、彼女にとっては煩わしい部類になるものではある。

 はあとため息を一つ着いてから再び玄関に向かう。
 ドアを開ければ見慣れた幼馴染の、しかめっ面とご対面だ。
 その視線が手に持っているビールに向かっているのを見れば、彼が何に不満を持っているのかなどすぐにわかった。

「…お前、飯は?」
「まだ食べてないよ。今帰ってきたばっかだもん」
「…あのなぁ、飲むなとは言わないけど、ちゃんと飯食ってからにしろよ。空きっ腹に酒なんか入れたらすぐ酔うだろ、たいして強くないんだ」
「少しは強くなってますー、ゆうちゃんに言われる筋合いありません~」
「菜摘、お前な!」

 少し怒った声色を出した幼馴染から逃げるようにリビングに早足で戻ると、後ろからため息をついてる声が聞こえた。
 二つ年上の幼馴染は勝手知ったるなんとやら、菜摘が何も言わなくても部屋に上がり、リビングのテーブルにタッパーを置いた。

「? なにこれ」
「母さんがお前に持ってけって。どうせ作るのめんどくせぇとか考えてたんだろ?」
「わあ! やった! ありがとう~!」
「ったく、現金なやつ」

 苦笑する幼馴染をよそに、タッパーの蓋をいそいそと開けると、中身は美味しそうなハンバーグだった。
 かかっているデミグラスソースの香りが食欲を誘う。
 きのこに絡んだお肉の美味しさを想像して、口内にヨダレが溜まった。

「早速食べてもいいですか!」
「お好きにどうぞ」

 そう言いながら彼は菜摘の為にお茶と白米を用意してくれている。
 こんなところは優しくて気が聞くとは思う。もう少し口煩いところが減ってくれれば、なんて思うのは贅沢だろうか。

 手早く食事の用意を整えてくれた幼馴染ありがとうと声をかけてから箸をもつ。
「いただきます」と呟いてから口に入れたハンバーグは本当に美味しくて、頬が溶けそうだった。

「んー! 美味しい! おばさん、こんなに料理うまいんだからお店にたったらいいのに!」
「…母さんがもっとうまい人間がいるのに自分がわざわざ入る事もないって言ってるの、お前だって知ってるだろ」
「知ってるけどさー! 確かにゆうちゃんとおじさんがいれば問題ないんだろうけどさー!」
「大体、うちの厨房だってそれほどでかくないし、二人いれば十分なんだよ。オヤジと俺だけでいっぱいいっぱいなくらいなんだから」
「あぁ、二人共無駄にがたいいいもんね」
「無駄にってなんだよ」

 ちょっとむっとした顔になった幼馴染から慌てて視線を逸らした。
 普段はなんだかんだ言いながらも優しい幼馴染が本気で怒ると怖いというのはもう幼い頃から学習してる。

 慌てて食べ始めた菜摘に、彼はまた苦笑して冷蔵庫から出したんだろうビールに口をつけていた。

「それ私のー」
「いいだろ、一本くらい」
「まぁいいけどさー。今日お店休みなの?」
「俺は休み。オヤジと母さんは店にいるよ」
「ふーん」

 隣の家に住んでいる幼馴染は、昔から家族ぐるみで、そう離れていない場所に洋食屋さんを構えている。
 そう遠くない未来に、彼が跡を継ぐんだろうなってことは彼女にもなんとなくわかっている。

 潮見悠一が彼の名前だ。3年前まで修行だといって、都内の大きなレストランで働いてたのだが、隣の家のおじさんが腰を壊したのを機に戻ってきていた。
 おじさんの身体はすっかり良くなって、もう心配はないそうだが、彼は実家の洋食屋で働くようになった。

 それから菜摘の世話をなんだかんだとやくようになって、しばらくは昔に戻ったみたいだと嬉しいと思った記憶が蘇る。
 だがしかし、嬉しいと思えたのは少しの間だけだ、大人になってからの彼のお小言は彼女にとって、実にやかましい。

 兄のような、長年の親友のような、気心知れた関係ではあるが、自分ももう26になっているのだから、少しはほおっておいて欲しいと思う。

「そういやさぁ、菜摘、お前彼氏出来たの?」
「っげほっ! なっ何急に!」
「いや、今日おばさんから電話あって、菜摘にそういう相手出来てないのかって聞かれたから…その反応じゃ、いないんだな、まだ」
「…お母さんめ…! …できるも何も、私じゃ無理だって事くらい、ゆうちゃんだって知ってるでしょ」
「…無理っていうか、お前はいつも考えすぎなんだよ。その結果が嘘じゃ、何も解決になんてなってないだろ」
「…うるさいなぁ。しょうがないじゃん。それこそゆうちゃんには関係ないじゃんか」

 治せるものなら治したい、嘘なんかつかずに、安心して隣にいれる恋人が欲しいと思う気持ちは当たり前にある。
 だがそれがうまくいくなら彼女は今現在一人でいないだろう。

 幼馴染で、昔から彼女の傍にいた彼もその理由は十分にわかっていて、わかっているからこそ、それじゃダメだと口にしている。
 菜摘にとってはそれは痛いほどわかりきっていることで、今更幼馴染に指摘されるのも痛い。

 食べ終わった食器を重ねて立ち上がると、悠一の眉間に皺が寄った。
 菜摘がこの話から逃げようとしてるのを察したのだろう、付き合いが長いだけあって、逃げるタイミングをキチンと把握されていた。

「菜摘」
「もう! わかってるってば! でもそんなうまくいかないよ!」

 キッチンのシンクに食器をおいて、悠一の言葉を水音で遮った。

 嘘なんて、つきたいと思ってる訳じゃない。
 だが、恋人の言葉を聞くたび、お伺いを立てられる度、何かを問われる度、口が勝手に自分の気持ちとは正反対の事を言葉に載せてしまうのだ。

 彼氏が付き合いで合コンに行ってもいいかと問えば、本当は行って欲しくないのに「いいよ」と答えてしまう。
 彼が気を使って「疲れてるなら」と会うことをやめようとすれば、「疲れてないから」と無理矢理笑みを浮かべて、明らかに浮気されているだろう状況でも、嘘だと分かる相手の言葉を信じた振りをしたり。
 恋人がこれが好きと言えば例え好きでなくとも「好き」だと嘘をついて、恋人の気持ちが離れていかないようにと必死になって、自分に嘘をついて、ひたすら相手に合わせてしまう。

 結局、無理をしている分だけ自分の疲弊は増えて、本心を表さない自分に、相手も疲れて別れを切り出されるのだろうと、菜摘はそう思う。

「…お前なぁ、俺にはちゃんと本音でズバズバ好き勝手な事いう癖になぁ」
「ゆうちゃんは彼氏じゃないもん。…好き勝手言って、嫌われたくないじゃん」
「なんでそこまで自分に自信ねぇんだよ。菜摘のわがままはわがままのうちに入らなないと思うよ、俺は」
「ゆうちゃんは昔から知ってるからでしょ。…男の人は、束縛嫌い、わがままいう女の子嫌いって、知ってるもん」
「…あのなぁ」
「もういいってば! …しばらく恋人はいらないの、相手が傷つくの見たくないし、私だってそんな風に恋愛したくないもん」
「…不器用だなぁ、相変わらず。好きなやつもいないの?」
「いないよ。仕事忙しいもん」

 一人分の洗い物はすぐに終わって、手を拭ってからリビングに戻る。
 蓋をあけてから時間が経っていたせいで、缶ビールの中身は少しぬるくなっていた。

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