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13.ダブルデート?
しおりを挟む「…おに、お兄ちゃん…?」
「なんだ、聞いてないのか?」
驚いて戸惑いながら首を傾げた私に月村さんは怪訝な顔をしていて、春花は笑っていた。
津田島さんはあぁと何かに気がついたように小さく呟いて頷いている。
そして、戸惑っていた私に事情を説明してくれたのは、笑っていた春花だった。
「まぁ色々あってさ。苗字は違うんだけど、月村陽葵は私のお兄ちゃんなの。合コンの時はさーほら、兄妹で参加してるなんていったらちょっとしらけちゃうかなーって思って隠してた。苗字が違う理由聞かれてもめんどくさいしさ」
「たんに親が離婚しただけだけどな。…てっきりもう言ってるもんかと思ってたわ」
どこか呆れたような声で月村さんが呟くと、春花は頬を膨らませてその肩をバシバシと叩いていた。
「うるさいなー、こっちだって色々あるの! 大体お兄ちゃんだって、なんで教えてくれなかったのよ、萌と休日遊びに行くほど仲良くなってるなんて私、知らなかったんですけど!」
「お前に言う必要ないだろ。お前に言ったらすぐに話飛躍させて母さんにあることないこと言うつもりだろ」
「あることないことって何! ただ単にお兄ちゃんに春がきたって教えてあげるだけじゃん」
「それが迷惑なんだよ。変な誤解すんな、馬鹿。七種と俺は単なる友達であって、そういう関係じゃないんだよ。母さんに期待されても俺が困る」
本当に嫌そうな顔を浮かべて事実を口にする彼に対して、春花はその言葉を真面目に受け取ってはいないのか、ニヤニヤした笑みを浮かべながら私と彼の顔を見比べている。
私はどうしたらいいのかわからなくて、ぎこちなく固まったままだ。
確かによく見れば、目元が似てるかもしれない。
言い合いをするふたりの空気は、確かに家族である人達の空気に見える。
だがあくまでよく見れば、だ。ぱっと見ただけじゃ二人が兄妹だとは気が付けないだろう。
現に私だって今の今まで二人が兄妹かもしれないなんて考えは一切浮かんでいなかったのだ。
津田島さんも二人が兄妹であることは知っていたようで、戸惑う私をフォローしてくれるように「まぁまぁ」と兄妹の言い合いを続けているふたりの間に割って入った。
「本当仲がいいんだか悪いんだかわかんないなぁ君ら。まぁ兄妹喧嘩はそこらへんにして、とっとと当初の予定どおり映画行かない? 俺今日ダブルデートだって聞いて結構楽しみにしてたんだけど」
「だっダブルデート…!?」
「おい、誰がそんなこと言った?」
私の声と月村さんの声が重なって、津田島さんはえ? と首を傾げている。
春花も春花で、「え? 違うの?」なんて口にしていた。
確かに今日のことを企画したのは私と月村さんだが、ダブルデートだなんて感覚は一切なかった。
なのにどうしてそんな話になっているのだろう。それじゃまるで、私が月村さんとデートがしたいがために、春花と津田島さんをダシに使っているように聞こえて、私が月村さんに恋をしているかのように言われているような気がして、頬が一瞬で熱くなる。
違う! と全力で否定すると、春花は一層不思議そうな顔をして首をかしげていた。
「男と女が二人づついて、一緒に遊びに行くならダブルデートじゃん」
「そ…っそうじゃなくてさあ…! 私はただ、こう、ただ単純に友達として遊びたかったっていうかさぁ…!」
「……萌、萌ちょっと」
「え?」
声は情けないことに泣きそうになってしまっていたと思う。
必死で言い訳を口にする私に、春花は怪訝な顔をしてから私に手招きをして、その二人から一旦距離を取った。
「ねぇ萌さ、本当にお兄ちゃんとなんもないの?」
「…あの、何もないって聞かれる理由がわかんないんだけど…!」
「…本当に? リアルで? わかってないの?」
春花の真剣な声色に少しだけ言葉を詰まらせて、視線を地面に落とした。
本当は、わからないわけじゃない。
むしろちゃんと理解していて、理解はしているけれど、どうしてか、月村さんと自分を、そういう目で見て欲しくないと思っている。
月村さんは初めて、ようやく本音を打ち明けることのできる友人として初めてできた友人で、確かに彼は素敵な人だと思うし、かっこいいとは思うけれど、どうしても、男と女という枠に入れて欲しくなかった。
私も彼もいい年で、ちゃんと男と女で、周りからそう見られるかもしれないというのはわかっているけれど、どうしても、近くにいる人間には、そういう風雨に考えて欲しくない。
その理由がどうしてかなんて、明確な理由は、全く言えなかったのだけれど。
「好きとかは? いいなとか思ってるとかそういうのは?」
「…そりゃ、友達としては好きだし、いい人だなって思ってるけど…」
「男としては?」
「…かっ…考えたこと、ない…」
「……まじか」
「ご、ごめん…」
「いや…いや謝らなくてもいいんだけどさぁ…。こりゃなんか、手こずりそ…」
「え?」
「あぁいや、なんでもない。はーまぁ萌がそういうならしょうがないか…」
「春花?」
どこか落胆したような表情を浮かべた彼女に私は首をかしげることしかできない。
そんな私の表情に春花は取り繕ったように笑ってから戻ろっかと私の腕を引いて、何も言わずに待たされていた男性二人の元へと戻った。
手こずるとは一体なんのことだろう。
春花の呟いた言葉がやけに引っかかって、なんだか少しモヤモヤした。
それにどうして私は、月村さんとそういう関係を連想されることが嫌なんだろう。
その答えはいくら考えても出てこなさそうな気がした。
◇◇◇◇◇
「うわーなんかさすが話題の映画だけあって、人多いなー」
「…ほんと、これこんな人気あったんだね」
「え、これ萌が見たかったんじゃないの?」
笑いながらそう声をかけてきてくれた春花に、いやそうなんだけどと苦笑混じりに返事をかえした。
確かにみたいとは思っていたものだが、こんなに混んでいるとは思ってなかった。
春花を誘うならと一生懸命考えた上での選択だが、これほど人で溢れているならもっと別のものにしたほうがよかったとも思ったが、彼女の顔を見る限りどことなく楽しそうで、不快感は感じてないようだった。
それよりも、目の前の人ごみにゲンナリしているのは月村さんの方で、浮かべた表情を津田島さんにからかわれて一層眉間の皺を深くしている。
「…あ、あの、月村さん」
「…ん?」
「す、すみません、こんなに混んでるなんて思ってなくて…」
「…あぁいや、別に七種のせいじゃないし、気にすんな」
「そうだよ、こいつただ単に人酔いするってだけだから」
「お前はちょっと黙ってろ」
二人のじゃれあいはいつ見ても本当に仲がいいと思う。それと同時に羨ましいとも思った。
少しの羨望を抱えたままぼけっと二人を見ていると、私の腕に春花の腕が回って、ぎゅっと抱きついてくる。
目の前でじゃれあっている男二人を呆れた表情で見ながら、私に話しかけてきた。
「この歳でここまで仲いいのもちょっと引くよね」
「えっ」
「だってこの二人もうおっさんだよ? なんかこう…いけない関係にみえ、いたっ」
「…お前その先なんて言おうとした…」
「ひっ!」
恐怖に引きつった声を上げたのは春花だが、私も月村さんのその笑顔なのに、どこか冷気を伴った表情に肩が怯えで微かに跳ねた。
「じ、事実じゃん! だ、大体お兄ちゃんたち変に仲いいんだもん、かい君にしたって大和さんにしたってさ!」
「なんだ春花ちゃん、羨ましいの? 俺らが陽葵と仲いいから。そっかそっかーお兄ちゃん子だったもんなー春花ちゃん昔から」
「違うわ! 私はなんでこんなコミュ障のお兄ちゃんが萌と仲良くなったのかって思っただけですー!」
「あぁなんだお前、俺と七種が仲いいことにヤキモチ焼いてんのか。悪いな、お前のお友達なのに、俺の方が仲良くて」
「なっ…なんだこのヘタレー! クソ兄貴! だ、大体お兄ちゃんなんて顔だけの癖に! 萌と仲いいのは私なんだから!」
「へぇーあぁそう。…七種、行くぞ」
「え? え? ええ?」
「あっちょっ! 待ちなさいよ!」
突然腕を掴んできた月村さんに腕を引かれて映画館の中に足を踏み入れてしまう。
春花も慌ててついてきたが、前売り券の席は4人分並んで取れなかったせいで、二人づつで少しだけ離れてしまっている。
それでもいいんじゃないかと月村さんがそういったからそれでとったけれど、それでも、会場に入って別れたグループわけは、私と月村さんで、少し離れた前の方の席で、津田島さんと春花が並んで座る形になってしまった。
最初は、「お前らが一緒に座ればいいだろ」とそう言っていたのは月村さんなのに、一体どういうことなんだろう。
混乱仕切っている私をよそに、彼は酷く楽しそうだった。
「…あ、あの?」
「見ろよ、春花のあの顔。あいつ今心底悔しがってる」
「…月村さん…」
肘掛に体重をかけながら、ニヤニヤ笑っている表情を見ると顔が綺麗な分どことなく黒く見えてし合うのは私の気の持ち方の問題なんだろうか。
なんだか二人の兄弟喧嘩に巻き込まれたような状況に、私もついに吹き出してしまった。
「兄妹ならもっと仲良くしないといけないんじゃないんですか」
「あいつら今日は余計なことしか言わないからこれでいいんだよ」
「余計なことって」
「春花も津田島もうるさいんだよ、基本的に。あいつらの方がよっぽど馬があうんじゃないのか」
「うるさい…かなぁ…」
考えてみても、多分あの二人は月村さんをからかうのが面白いんじゃないかと思った。
普段、話している姿からはそれほどうるさいようには見えなかったけれど、月村さんが感じている印象と私が感じている印象はまた違うらしい。
春花と視線があって、いーっと威嚇してくる春花に対して、余裕な態度で平然と見つめ返している月村さんの姿に、本当に仲のいい兄妹なんだなと、笑みがこぼれた。
応援ありがとうございます!
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