ただのモブなので、お気になさらず。

空酉(ことり)

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三章 前学期

推しについて

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サナからの発言で、私はゴクリと息を飲んだ。
誰推しか。
本来なら、会話が広がる当たり障りのない質問。
だが、過激派や同担拒否など多く存在する以上、気軽に答えられない。
サナが同担拒否でないとは言えないし、推しに対する解釈の違いによる争いも否めない。
そう思った私は、サナに同じ質問をし返す。

「サナさまの推しは誰ですの?」
私の言葉に、サナは「さま付けは要らないし丁寧に話す必要もないわ」と言いつつ、悩む仕草をする。
(相手によっては戦争になり得るから、言うのは悩むわよね)

私は、自分の好きなキャラクターを好きだという人がいたら、きっと仲良くなりたいと思うし、ぜひとも語り合いたいと思う。
だけれど、皆が皆そういう考え方ではない事を知っている。
サナの推しは一体誰なのか。
もし同じ人推しだとして、サナが同担拒否なら、私はサナと仲良くなるチャンスを失うと同時に、貴重な同担を失う事にもなる。
そうでなければ、ぜひとも語り合いたい。
(それは避けたいけれど、サナがどういう人物かはわからないから、どうしようもないわ……)

祈る様な気持ちで、サナの返答を待つ。
「私の推しは、ウラノス先生とダニエル会長よ」
若干のドヤ顔でそう告げる。
私が予想していた人物と違ったので、驚いたけれど、それと同時に安堵した。
推し被りはなかった……!
嬉しいけれど嬉しくないという複雑な心境。

私の予想だと、ハデスやタナトス、ヘルメス辺りかと思っていた。それかエリオットかクロノス。
中でも人気のあるキャラクターを好みそうだと思っていたから、少し驚いた。

「私は答えたわよ。貴女の推しを白状なさい!」
同担狩りの恐ろしさを知っているのか、少しだけ怯えた様子で促すサナ。
「……私の推しは、トーマス先生よ」
「は?」

推しの名前を告げたら、「は?」と言われてしまった。
ふざけているのと言われたけれど、私は大真面目よ。
「攻略キャラクターですらないし、ただの進行補佐じゃない……」
いやまあそうなんだけれど。
私の推しをあまり貶さないで欲しい。
「私は糸目キャラが大好きなの!……まあ、性格も詳しい情報も一切ないし、同担なんて出会った事もなければネットでも見た事ないけれど……。それでも私はトーマス先生が推しよ!糸目もあの中低音の優しい声も全てね。それに、今まで知らなかったけれど、今は同じ世界で生きているんだもの、追々わかる事だわ。……それも楽しみなの」
途中自分の言葉にヘコみつつ、トーマス先生への愛を語る。
私の発言で、サナは戦闘態勢に入ろうとしていたのを解いて、足を組み直してぷっと笑う。
「私の周りには、ウラノス先生推しが結構いてね。しかも大体が同担拒否で戦争よ。私はただ語りたいだけなのに……。ダニエル会長推しは周りにはいなかったから、争いはなかったけど、語れる人はいなかったわね……」
どこか遠くを見つめて話す。

『ただ語りたいだけ』と言っていた。
つまりサナは、同担を拒否しないという事かしら。

「だから、貴女の言葉を聞いて安心したわ」
そう言いつつ、ずいっと私に顔を近づける。
「それに貴女って、同担拒否とかしなさそうだし」
それはもちろん。
拒否以前に同担がそもそもいないから、拒否のしようがない。
むしろ、同担が欲しいくらい。
それを言うと、また笑われた。
「私、ずっと貴女の事、敵だと思っていたの」
うん、それはなんとなく察していた。
私に対しての話し方や当たりに少しトゲがあった様な印象があったから。
「同担を拒否しない派なら、好きに語れそうね」
にこーっと嬉しそうな表情になるサナ。
出会ってから初めて見る、良い笑顔。




サナが部屋に備え付けられているソファーを勧めたので、二人で並んで腰掛けて話をする。
「貴女も友達に勧められて乙女ゲームを始めたの?」
「ええ。サナもそうなの?」
「そうよ!最初に勧められたのは確か……」
「そのゲーム私も勧められてプレイしたわ!」
なんて、数分後には、すっかり打ち解けて談笑していた。
こんな風にゲームについて話すのは久しぶりで、とても楽しい。

サナが転生者だとわかった時点で、仲良くなれないかもしれないと、どこか諦めていたが、こうして仲良くなれてすごく嬉しい。
大体ヒロインに転生する人って、攻略キャラクターに媚を売ったり、同じ転生者に対して拒否反応を示したり、ここは私の世界だと豪語してみたり、とかだと思っていた。
私の勝手なイメージなのだけれど。
最初の印象で、もしかしたらと思ってしまったけれど、安心した。
ちなみに、他のゲームでの推しは被っていて、手を取り合って喜んだ。
推しの好きな所をそれぞれ語り合い、そういう見方もあったのかと、盛り上がった。

「同じ世界に転生しているのが貴女で良かったわ」
話がひと段落ついて、一息つきつつ、サナがしみじみと話す。
「私も、サナで良かったって思っているわ。お互いに第一印象はあまりよくなかったみたいだけれど」
私がそう言うと、互いに顔を見合わせて笑う。
「そういえば、サナって名前は本名なの?」
ずっと気になっていた事を尋ねてみる。
「ええ、そうよ」
あっけらかんと告げられた。
やっぱり本名だったか。
「貴女は本名、なんて言うの?アリエスって名前のはずはないだろうし」
「伊吹っていうの」
「伊吹……。うん、覚えたわ」
何度か『伊吹』と繰り返して言って、にんまりと笑った。
「部屋で二人だけで話をする時は、お互いに本名で呼び合わない?」
「それってすごく素敵……!」
サナの提案に、私は即座に賛同する。
転生してから、本名を呼ばれる機会なんて、当然の様にないから、嬉しい。
「本名はお互いの秘密の呼び方って事で」
いたずらっぽくサナが笑う。


そんな風に時間も忘れて盛り上がっていると、いつの間にか外は真っ暗になっていた。
昼間だったはずなのに。
「もうこんな時間!?」
サナが驚いた様に窓の外を見る。
「楽しい時間が過ぎるのは早いわね」
同感だ。
ついつい熱が入って話し込んでしまった。
「伊吹……。色々とごめんね。それと、ありがとう」
謝罪された意味はわかったが、お礼を言われる理由はないと思ってそのまま問うと、サナは顔を朱に染めつつそっぽを向く。
「ずっと最低な態度を取って、きっとすごく嫌な思いをさせていたはずなのに、いつも優しく話しかけてくれていたでしょう。今日だって、声を荒げてひどい事ばかり言って……。それなのに笑って話しかけてくれるから、嬉しかったの。……だから、ありがとう」
私にとっては当たり前だと思ってしていた行為だった。
それが、こんなにも嬉しい結果をもたらしてくれた。
「ずっとサナと仲良くなりたい、話してみたいって思っていたから、私の方こそお礼を言わなきゃ。サナ、ありがとう」
私の言葉に、目に涙を溜めて、ガバッと私に抱きつく。
「伊吹ぃ~……!」
同じ年なのに、妹ができた気分。
可愛いなぁと思いながら、サナの頭をそっと撫でる。


ひとしきり泣いて、落ち着いたのか、そっと私から体を離す。
「急に泣いてごめん」
「気にしないで」
私が笑いかけると、サナも笑ってくれた。
「なんだか私、伊吹に謝ってばかりね」
「そういえばそうかも」
二人で顔を見合わせてくすくすと笑う。

「もう遅いから寝ましょう」
私が言う。
「ベッド、くっつけてもいい?眠るまでもう少しだけ話してたい」
サナが甘えた様に問いかけるから、快諾。
二人で力を合わせて、ベッドを合わせる。
「この世界で友達ができるなんて思ってなかったわ」
サナがぼそりと呟く。
「元いた世界では、多少はいたけど、こんな風に楽しくて、こんなに安心する友達って初めてだわ」
嬉しいと言って私の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「伊吹。もし何か嫌な事や、誰かにひどい事をされたり言われたりしたら、すぐ私に言いなさいよ?」
サナの言葉に、私は目を丸くさせる。
「私、これでもこのゲームのヒロインよ。……ヒロインはチート設定っていう強~い味方がいるの。だから、ちゃんと頼りなさいよ。伊吹ならきっと助けるから」
サナの心強い励ましにうるっとする。
いい子だなぁ。
しみじみそう思う。

「ねえ、サナ。もし嫌じゃなかったら、明日から一緒に行動しない?」
私の提案に、サナは目をまん丸くさせてきょとんとする。
「いいの?」
邪魔じゃないのと言う言葉に、邪魔な訳がないと否定。
「それに、サナの推しと話ができるかもしれないよ?」
にやーっと悪い笑顔でサナに語る私。
「それもそうかも」
私の言葉に真面目な顔で答えた後、プッと吹き出す。

そして、色々な話をして、気がつくと二人とも眠ってしまっていて、翌朝、また二人で笑って起きた。
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