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第1話 船の上
しおりを挟むこの船に揺られるのは何年振りだろうか。
僕がちょうどあの島を出て以来だから、3年振りといったところだろうか。
本当にあっという間に時間は過ぎていき、僕はもう東京の高校も卒業してしまって、志望大学への入学も決まり、大学生活も落ち着いてきたころだ。
なにもかもが順調に進み、人生はレールの上をしっかりと走っている……
★★★★★★★★★★★★
「時間は本当に儚くてもろい。もう二度と戻ってこないんだよな……」
緑屋蒼みどりやあおは夜の東京湾に浮かびながら、大都会の夜景を見つつ黄昏る。隣では、大学生くらいの女性が一人で缶ビールを片手に酔いしれている。
真っ暗な暗闇に呑まれてしまった東京湾はどこまでも深く黒く、すべてを吸い込んでしまう深淵をそこに備えている。
ギラギラと眩しい夜景は、船が進むにつれて遠のいていき、蒼たちは嫌でも暗闇へと飲み込まれていく。
「そうだねぇ。君も私も誰しも……その宿命からは逃れられない」
蒼の独り言を聞き流すことなく、隣の女性は暗闇のほうへ目をやりながら、そんなことを言った。
「奇しくも人間は自ら作り出した概念に縛られてしまったのさ」
彼女はそう言うと、くいっと缶ビールを飲みほして、それを暗闇へと放り投げた。
「そう……ですか」
蒼は微妙な反応しかできなかったものの、彼女の放つ、その異様な雰囲気を感じていた。どこか普通の人ではない、言葉では形容しがたい存在。
「概念のなかでしか生きられない私たちの限界はもう近いのかもしれないねぇ」
彼女はそんなことを言って、背を向けて去っていった。スタスタと歩いていくその後ろ姿を蒼はしばらくの間見ていた。
「この船には本当に色々な人が乗っているな。さっきみたいにミステリアスな人。観光目的の家族や一人旅の中年男性。そして島に帰ろうとするかつての島民。まぁ、住民票はまだそっちにあるんだけれど」
蒼はまた独り言を続ける。
真夜中の東京湾。夜もかなり更け、ほかの乗客もほとんどが眠りに就こうとしているなか、蒼はぽつんと、その船上から闇を見つめる。
「あいつ……元気にしてるかな」
蒼は暗闇のなかにぼんやりと浮かぶ、3年前の幼馴染の顔を思い出す。
その輪郭はいまだに鮮明で、いかに彼女が蒼にとって大事な存在であったかが理解できる。親の顔よりも鮮明に思い出せるといっても過言でないほどだった。
「あのときは本当に些細なことで喧嘩をして、そのまま東京に来てしまったから。今でも嫌われていてもおかしくないかもしれない。でもどうしてあのとき喧嘩してしまったんだろう……」
喧嘩が終わってみると、どうして怒っていたのか思い出せないという話はよくあるものだ。蒼の場合もきっとそうだったのだろう。
喧嘩するほど仲がいい。その言葉をお守りにして、蒼は故郷へと帰っていく……
たぶん、きっと。そうなんだろう。
「そろそろ自分も寝るか……」
蒼はそう言ってしばらくの間、海を見つめてから船上を後にした。
★★★★★★★★★★★★
あと6時間。
6時間で船は故郷に接岸する。
これは蒼のひと夏の記憶。
たしかに存在していたであろう、思い出の地での夏の記憶である。。。
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新作です!よろしくお願いいたします!
離島行きたい欲をぶつけて書いてます!笑
応援ありがとうございます!
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