怪異から論理の糸を縒る

板久咲絢芽

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昔話1 ロビンの話

Arthur O'Bower 7

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わたくしは知る。全て知る。お前が片目を隠した泉を。
 その目により朝ごと蜂蜜酒ミードを飲む賢者を。
 お前も知った、今知った」

ばちん、と夜にブレーカーが落ちたように左目の視界が真っ暗になる。
左目に痛みはない。ただ強烈な違和感だけがの奥から脳へと抜ける。
見えるものが全て全て、際立きわだって強烈に、繊細せんさいに、鮮烈せんれつに見える。

私達わたくしたちの、その根幹root。その一つ。冬に行く夜の嵐のにおい、魂の先導者Psychopomposさかしくたけ旅人たびびとにして狩人かりゅうど、その似姿にお前は相応ふさわしい」
「……」
「そう、お前の匂いは夜の嵐、人ならざる狩人共Wild Hunt。けれど木陰のアーサーArthur O'Bowerではない。おこれる者、いかめしき者、隻眼せきがんの旅人、仮面の者Grimrいにしえに持ち込まれ根付き、私達わたくしたちおかした外様とざまの北の神」

右目からの刺激しげきが突き刺すように脳内をみだす中で、エインセルの言葉を咀嚼そしゃくして飲み下して、笑いがこぼれそうになった。
ああ、それは確かに、呪いで祝福で、そして、僕の能力を彼女が認めてくれたということではあるのだろう。
今なら、何もかもわかってしまいそうな万能感があると同時に、それはダメだと本能がうったえる。
エインセルが指をろして、笑みをひそめた。
おごそかなその視線にからめ取られて、動けない。

「孤独なる賢者よ、お前の旅路に災難あれ。お前の旅路に幸運あれ。どこまでも智慧ちえではかり、言葉で尽くす、いかめしき夜の嵐の首領、とうに滅びし歌の父の似姿よ」

――それでは、ご機嫌きげんよう。
最後に、にこりと笑ったエインセルはそうして、瞬き一つの内に消えた。
重い空気から、解放されて、力が抜ける。

どうにか、終わった。
それを理解した瞬間、どっと汗がき出し、倦怠感けんたいかん身体からだを包む。
早鐘はやがねを打つ鼓動こどうに合わせて、浅くて速い呼吸をり返す。

、ロビン、シーラ!」

シンシアの声に振り返る余裕もない。
何か話してるのは聞こえるが、意味を拾う余裕もない。
ああ、これ、ダメなやつ。
そう思った時点で、鼻からのどの奥にかけて、何かがつたう感触と、鉄と塩とあぶらにおいが広がり、思わずき込んで吐き出した。

!?」

くちびるの上をつたい落ちる感触をどうにかだるい指でなぞれば、今までの半分となった視界は、遠い窓からの明かりの中、あざやかなぬめる赤に染まった指先を映す。
軽くうつむいた状態で鼻の奥からむずがゆさをともなって流れる感触がすることを考えると、鼻血だ。たぶん大したことはない。
誰かの悲鳴が聞こえた気がする。

「あ……だい、じょぶ、鼻血、鼻血だか、ら」

いつの間にか日が落ちきっていたわけだが、丸半分が欠落した視界がちかちかする。
声が遠いし、頭の芯が熱い。少しの光で、右目が痛む。
ぐらりと視界が、身体からだかしいだ。

「ごめ……シンシア」

あと、まかせた。
そうちゃんと言い終えられたか、それも分からない内に僕は意識を手放てばなしていた。
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