怪異から論理の糸を縒る

板久咲絢芽

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4-1 うろを満たすは side A

序 砂嵐の記憶

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――ざーっ

暗い部屋の中。
いや、すでに家中で光を放つものはただ一つだけ。
美佳みかの目の前で、ぽつんと光を放つ、白と黒のランダムに入り混じる画面とノイズをれ流すテレビだけ。

――ざーっ

ざらざらとしたノイズ音を耳にしたまま、美佳みかは目を閉じる。
そして、

「ひとーつ、ふたーつ、みっつ……」

およそ十秒のカウント。
大丈夫。作法さほうにはのっとっている。だから、大丈夫。
そんな過信なのか、恐怖への誤魔化ごまかしなのかわからない事を思いながら、カウントは十に到達した。

最初に用意しておいたカッターナイフは、すで美佳みかが今立っているすぐ横のテーブルの上に置いてある。
目を開けても、テレビの砂嵐の画面に照らされたカッターナイフは、置いた時のそのままの姿でそこにあった。

――ざーっ

ざらつく砂嵐のノイズが耳の奥を削りとるように振動させる。
緊張して、過敏になっているのかもしれない。
カッターナイフを手にした美佳みかは、そのまますぐ隣の風呂場へと向かった。

風呂場の浴槽にはたっぷりと水……というよりは美佳みかが入浴した後に冷めた湯が張ったままで、その中には異様な姿のぬいぐるみが沈めてある。
相当にデフォルメされた女の子の姿をしたそのぬいぐるみの胸から腹にかけては、少しいびつに縦に裂かれた後、赤い糸で縫われた上に、その糸の余りがぬいぐるみの胴にぐるぐると幾重いくえにも巻かれて、くくられたその端が鎌首かまくびをもたげた蛇のように、水中に揺らいでいた。
ぬいぐるみの表面が、やたらとでこぼこしているのは気のせいではない。
縦に裂いたぬいぐるみの腹。そこから全ての綿を引き出して、代わりに米と自分の爪の混合物を詰め込んだせいだ。
全部、全部、美佳みかがやった。

たぶん、ここからは一切引き返せない。
きちきちきちと、カッターナイフの刃先を伸ばす。
ごくり、と唾を飲み込んで、十秒分の水を吸った米の詰まったぬいぐるみを、浴槽の底から引き上げる。
綿の代わりにビーズが詰まったタイプのぬいぐるみや枕を思わせる触感が、過敏になった神経を刺激する。

「……ちゃん、みーつけた」

決められた通りに、自分が付けた名前を呼んで、そして糸が余り巻き付いていない、首元の近くに、刃を出したカッターナイフを突き立てた。
ぶつりと、布が断ち切れた感触と、中の米と刃がさりさりとこすれ合う感触が、カッターナイフをにぎった右腕をい上がる。
怖気おじけづいてはいられない。ここからはスピード勝負だ。
カッターナイフを引き抜いて、きちきちと刃をおさめ、適当にポケットに突っ込む。

「次は……ちゃんが鬼」

言うやいなや、美佳みかは浴槽にぬいぐるみを投げ捨て、塩水の入ったコップを置いたウォークインクローゼットに向かう。
所詮しょせん、一人暮らしのワンルーム。
にしたクローゼットまで三十秒もかからない。

けれど、忘れられない。
その三十秒に満たない間に、ねばるようにからみついた視線の気配が、どうしても、どうしても。

――そこで美佳みかは目を覚まして、当時とはまた別のワンルームの天井を見上げて、ひっと喉の奥で小さく悲鳴を上げた。

気づいてしまったからだ。

――十年とうと、あの視線は振り切れていなかったのだと。
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