怪異から論理の糸を縒る

板久咲絢芽

文字の大きさ
231 / 266
昔話2 弘の話

ποτνια θηρων 7

しおりを挟む
「あ」

繋げられそうと頭の片隅がささやく。
浮かんだ図像は何も、マイナー過ぎるものでもない。

「違う、近いけど、違う。八番目と入れ替えられた十一番目、タロットカードの大アルカナ、力または剛毅ごうき! そっちの方が近い!」
「た、タロット? いえ、聖人が出てきたのも驚きでしたけど」

ちらりとひろはロビンの方を見て言った。
しかし、ロビンはロビンでそれを気にせずに、なるほど、とつぶやいている。

Strengthの絵の獅子Lionは本能だっけ」
「うん、本能を意味する獅子ししを己の力を意味する無限をかんした素手すでの乙女が制御する、それがタロットの八番目または十一番目の力の図像の一般的解釈だ」

で、と言ってからロビンと共に視線をひろに注げば、向けられた本人はびくっと身体を固くする。

「本能を察知する犬神いぬがみと本能を表す獅子ししを対応させようというところだけど……」
「くくりとしては野獣beast?」

ロビンのその言葉に、また口が勝手に、あ、とだけこぼした。

「センセイ?」
「……野獣、獣の女主人ポトニア・テーローン! これなら地母神に繋がる!」
「ぽと?」

物が落ちた時の擬音語みたいな声を上げるひろを前に、一度大きく息を吸う。

「ポトニア・テーローン、これ自体は古代ギリシャ語で、テーローンは獣、ポトニアは印欧祖語いんおうそごあたりまでさかのぼっての主人を意味する語の女性形。つまり、獣の女主人って訳になる。ポトニアという語の影響は古代ギリシャでは他にもあって、大地母神デーメーテールの娘の名、女主人を意味するデスポイナのポイナの部分もそれ。デスポイナだけで一神格と考えられる場合と、デーメーテールの娘にして冥界の女神ペルセポネーの別名とされることもある」

さっきのれ流しとは違い、意識的にひろの目を見つめて僕は続けた。

「ポトニア・テーローンは狭義では月と狩りと森の処女神アルテミスの別名だ。彼女は森と狩りを権能としてべる、つまり狩人かりゅうど獲物えものである獣を与えるかいなかを握っていた。一方で、処女神であるにもかかわらず、彼女は本来的には地母神に紐づく存在だ。それはエフェソスの神殿にあったと言われる豊穣祈願で大量の牛の睾丸こうがんささげられたアルテミス像や、生まれてすぐに双子の片割れの太陽神アポロンを生むレートーに対して、出産の女神エイレイテュイアの代わりに産婆としての対応をしたという逸話から読み解ける」
「きょ、狭義ですか?」
「うん。広義には地母神の系列の女神で、図像として描かれる場合に獣を従える女神全般を指す。メソポタミアのイナンナあるいは同系譜のイシュタルは獅子ししを従えるとされるし、古代ギリシャ周りのキュベレーもまた獅子ししを従える地母神だ。ヒンドゥー教のシヴァのデーヴィーの一人、あるいはパールヴァティーの別側面と言われるドゥルガーも獅子ししや虎に騎乗するとされる。イナンナとイシュタル、キュベレーでは不可分だが、ドゥルガーに加え、森という異界をべるアルテミス、イシュタル系統から派生したと考えられるアプロディーテーへの『ホメーロス風讃歌』での狼などの獣とたわむれる記述、犬を従えるメソポタミアの病と治癒の神ニンティヌガやグラ、冥界の神として獣を従えるヘカテーやヘルまで考慮して考えれば、つまるところ、地母神としては恐るべき母テリブル・マザーの面にこの獣の女主人ポトニア・テーローンという属性は紐づきやすい」

とりあえず知ってもらわねば、ひろ自身の認識を曲げねば変質はできない。
いや、僕とロビンだけで十分なのかもしれないけど、万全をしたいところだし。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/12/6:『とんねるあんこう』の章を追加。2025/12/13の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/5:『ひとのえ』の章を追加。2025/12/12の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/4:『こうしゅうといれ』の章を追加。2025/12/11の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/3:『かがみのむこう』の章を追加。2025/12/10の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/2:『へびくび』の章を追加。2025/12/9の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/1:『はえ』の章を追加。2025/12/8の朝4時頃より公開開始予定。 2025/11/30:『かべにかおあり』の章を追加。2025/12/7の朝8時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...