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昔話2 弘の話
断章 鷹視と狼歩の語らい 1
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弘はただ呆然としていた。
噂は聞いていた。
いや、アレはイヤでも聞く。
界隈の異端児。
その異端児呼ばわりの所以は、彼自身のその受け入れがたい理論にのみ依るわけではない。
葛城というあの家そのものが、界隈の中ではそもそも際物なのだ。
正も否も簡単にはくだせないこの界隈で、あの家は余りに両極端に過ぎる。
端的に言えば、その祀る神に愛されたかどうかで変わる、というところだ。
それで、独自理論を引っ提げた上に本物だと噂されるのだから、弘からすれば、正味な話、異端の三乗みたいなもんである。そこまできたら最早バケモンでは、という気もしなくはない。
今回、殺されかけた後、それを助けてくれた兄が相手を病院送りにしたため、仕方なく建前上どこぞの寺に謹慎させたという話とともに、父が件の異端児を呼ぶと聞いて、弘はああ、藁にも縋るとはこれなのだろう、と思った。
父と兄から、人並みに愛されている自覚はあったけれど、どちらかといえば保守的な派閥に属す父に、そこまでさせてしまったというのは少し後ろめたかった。
その一方で諦めかけながら期待していた自分もいた。
だから、正直、葛城紀美という存在と相対して、拍子抜けをしなかったと言えば、嘘になる。
父より二回りはいかない程度年下、とは聞いていたが、それにしたって一部の世の女性が嫉妬しそうな色素の薄さに、単なる童顔故とも思えぬ見た目の若々しさである。
そんな見た目で、からからとどこか呑気によく笑い、柔らかな声で軽やかに語る姿はなんというか、少しズレているのだ。
かと思えば、時折鋭い眼光を覗かせるし、むしろ思考と知識においては、少なくとも弘から見れば、キレ者以外に評しようがないとは感じる。
けれど、それも何かどこか、ズレている。
それもどこか不穏に感じる程度には致命的に。
だが、むしろ、その致命的なズレ故に葛城紀美という人間が成り立っているようにも思えるのだから不思議だ。
断層のような人間、というのも意味がわからないが、だからといって変にスレてるわけでもなく、どう見たってその言動は――知識方面が豊富過ぎてズレてるとしても、善人のそれである。
ともかく、そんな人間のおかげで助かったのだ、という掴み難くも確かな実感が弘にはあった。
ノイズのような犬の呻き声は真っ先に彼の手で――まあ事実としては言葉で、だが――沈黙させられていた。
それでも胸の奥に、敵意にも似た警戒が張り巡らされていたのが、嘘のように消えている。
全ての物事への一挙手一投足に張り詰めていたものが瓦解して、それでもその時を待っているのがわかるし、過敏になっていた感覚は研ぎ澄まされている程度に落ち着いている。
これを自在に操れ、というのがあの男の言いたいつまるところなのだろうが、果たして、そう、うまくいくのだろうか。
そう思って、弘は嘆息をついた。
不安でない、と言えば、それは完全なる嘘だ。
むしろ、今後については、不安しかない、と言った方がよっぽど正直なところである。
消えてない以上、一時的にやり過ごしただけにしか感じられないのだ。
だから、いっそ、いっそ、諦めてくれれば良かったし、自分が諦めれば良かった。
だって、もし、万が一、また、そうなったら――
「死ぬ気?」
転がり落ちる思考の行方を、先回りする言葉で塞いだのは、ロビンだった。
噂は聞いていた。
いや、アレはイヤでも聞く。
界隈の異端児。
その異端児呼ばわりの所以は、彼自身のその受け入れがたい理論にのみ依るわけではない。
葛城というあの家そのものが、界隈の中ではそもそも際物なのだ。
正も否も簡単にはくだせないこの界隈で、あの家は余りに両極端に過ぎる。
端的に言えば、その祀る神に愛されたかどうかで変わる、というところだ。
それで、独自理論を引っ提げた上に本物だと噂されるのだから、弘からすれば、正味な話、異端の三乗みたいなもんである。そこまできたら最早バケモンでは、という気もしなくはない。
今回、殺されかけた後、それを助けてくれた兄が相手を病院送りにしたため、仕方なく建前上どこぞの寺に謹慎させたという話とともに、父が件の異端児を呼ぶと聞いて、弘はああ、藁にも縋るとはこれなのだろう、と思った。
父と兄から、人並みに愛されている自覚はあったけれど、どちらかといえば保守的な派閥に属す父に、そこまでさせてしまったというのは少し後ろめたかった。
その一方で諦めかけながら期待していた自分もいた。
だから、正直、葛城紀美という存在と相対して、拍子抜けをしなかったと言えば、嘘になる。
父より二回りはいかない程度年下、とは聞いていたが、それにしたって一部の世の女性が嫉妬しそうな色素の薄さに、単なる童顔故とも思えぬ見た目の若々しさである。
そんな見た目で、からからとどこか呑気によく笑い、柔らかな声で軽やかに語る姿はなんというか、少しズレているのだ。
かと思えば、時折鋭い眼光を覗かせるし、むしろ思考と知識においては、少なくとも弘から見れば、キレ者以外に評しようがないとは感じる。
けれど、それも何かどこか、ズレている。
それもどこか不穏に感じる程度には致命的に。
だが、むしろ、その致命的なズレ故に葛城紀美という人間が成り立っているようにも思えるのだから不思議だ。
断層のような人間、というのも意味がわからないが、だからといって変にスレてるわけでもなく、どう見たってその言動は――知識方面が豊富過ぎてズレてるとしても、善人のそれである。
ともかく、そんな人間のおかげで助かったのだ、という掴み難くも確かな実感が弘にはあった。
ノイズのような犬の呻き声は真っ先に彼の手で――まあ事実としては言葉で、だが――沈黙させられていた。
それでも胸の奥に、敵意にも似た警戒が張り巡らされていたのが、嘘のように消えている。
全ての物事への一挙手一投足に張り詰めていたものが瓦解して、それでもその時を待っているのがわかるし、過敏になっていた感覚は研ぎ澄まされている程度に落ち着いている。
これを自在に操れ、というのがあの男の言いたいつまるところなのだろうが、果たして、そう、うまくいくのだろうか。
そう思って、弘は嘆息をついた。
不安でない、と言えば、それは完全なる嘘だ。
むしろ、今後については、不安しかない、と言った方がよっぽど正直なところである。
消えてない以上、一時的にやり過ごしただけにしか感じられないのだ。
だから、いっそ、いっそ、諦めてくれれば良かったし、自分が諦めれば良かった。
だって、もし、万が一、また、そうなったら――
「死ぬ気?」
転がり落ちる思考の行方を、先回りする言葉で塞いだのは、ロビンだった。
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