ガルデニアの残り香

板久咲絢芽

文字の大きさ
21 / 44
回想 3 行く末と目的

6

しおりを挟む
「タルタロスにおいて、タンタロスは沼のそばの木につながれている。
 沼の水はタンタロスのすぐ喉元まで満ちるが、タンタロスが乾きをいやそうとすると引いてしまう。
 つながれている木には実がなっているが、タンタロスがえを満たそうと手を伸ばすと、手の届かない位置に吹き上げられてしまう。
 不死身となったタンタロスは目の前にそれを満たせるものがありながら、永遠にえてかわき続ける」
「んぐ……なんか、それは彷徨さまよえるユダヤ人よりエグくない?」
「みぃちゃんもやっぱりそう思う?」

彷徨さまよえるユダヤ人もなかなかにエグい、と思ったが、目の前に水も果実もあるのに、それを手に取れないタンタロスの方がたぶん上を行く。
そして、それと同時になんとなく、私はおにいちゃんの目的が理解できたような気がしたのだ。

「うん。だって、苦しいのが、ずっと、何をしても終わらないんだよね」
「……」

私の言葉を聞いて、おにいちゃんは黙ってしまった。
私にはおにいちゃんがどれだけ長く生きてきたとか、その間に何があったかとか、そんな事は全然わからなかったけれど、ただその一欠ひとかけを言葉の上ではなんとなく理解できたのだ。
今となっては、おにいちゃんが黙った理由なんて確認すらできないけれど、もしかすると、私のそれが声に出ていたのかもしれない。

「…………人間にとっては」

私の口に突っ込んだカップケーキのもう一欠ひとかけもてあそびながら、おにいちゃんはそう口を開いた。
おにいちゃんにしては珍しく、考え考え言葉をいでいた。

「死は確実にして、平等に不意におとなうもので、そして何より逃れられないものだ。
 死を定める運命の女神を、曲げられぬ不可避ふかひの者、すなわちアトロポスと呼ぶ程には」

アトロポスは私も知っていた。
ギリシャ神話の最高神ゼウスすらあらがえぬという、三柱の運命の女神たち、モイライの一柱。
糸をつむぐクロートー、それを測るラケシス、そしてその糸を断ち切るアトロポス。
彼女たちがそうしてす糸一本が、その人の人生を表すという。
でも、おにいちゃんはもう糸が切れているはずなのに、まだ続いているのだ。

「……おにいちゃんはさ、ほんとにもう覚えてないの?」
「こうなる前のこと?」
「うん」

おにいちゃんは、ずっと手にしていたままだったカップケーキの半分を、自分の口に放り込んだ。

「……」
「いや、たぶん、もう何度も何度も思い出そうとしてるのはわかるけ、ど……」

おにいちゃんの横顔を見て、私は黙るしかなかった。
おにいちゃんは、それまで一度も見たことが無いような顔をしていた。
私の視線に気がついたおにいちゃんは、反射的にそのままこっちを見て、そしていつものように穏やかな苦笑を浮かべた。
けれども、こっちを見たその一瞬。そこに見えた表情は、いでいるというにはあまりに何もなく、うつろなその奥に内側から赤々あかあかと光と熱がづるような、熾火おきびがぽつりと灯っているように見えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...