Eternal Dear 8

堂宮ツキ乃

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1章

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 小さな無人駅を降りた麓はスマホ片手に、知らない町に踏み出した。

 学園に来たばかりの頃には考えられなかった行動力だ。あれから自分は成長していると実感する。

 住宅街を進み、竹林に入って竹をかき分けるようにして歩いていく。

 冬でも他の木とは違い、青々と葉を茂らせている。その内、笹で手を切っていまいそうだが、幸いかすり傷で済んでいる。血が出てくるほどではないようだ。

 ようやく開けた場所に出た。そこには小ぢんまりとしたかわいらしい、竹で作り上げた家が建っている。雰囲気は庵のようだ。

 竹が並んで壁となっており、屋根にはびっしりと笹が葺かれている。雪がわずかに残っている。この頃は、雪の降る量が心なしか減っていた。

 窓だと思われる円形のぽっかりと穴があいている部分にはガラスがはめ込まれていた。その内側には障子張りの引き戸がある。

 麓は入口であろう竹の前に立ち、声を上げた。

「こんにちはー…?」

 声が返ってくる気配がない。今度は控えめにノックしてみた。空洞の中に音が響き、乾いた音がした。

 すると家の中から声がしたような気がし、麓はしながら家主が出てくるのを待った。

「はいはーい。今出ますよっと」

 わずかに距離があるようなくぐもった声が聞こえた。やはり竹の壁だと音の響が変わるのだろうか。

 そして開いたのは目の前の壁────ではなかった。

 麓がいる場所から、2,3歩ほどはなれた所が開け放たれ、緑髪のボブの女性が顔をのぞかせた。毛先がゆるく巻かれており、その色素は緑の髪色よりずっと濃い。グレーのセーター、黒のレギンスにホットパンツという、カジュアルな出で立ちだ。

 この人が────竹。

 麓は心の中で確認し、会釈をした。

「初めまして、花巻山の麓と申します。入口…そちらだったのですね」

「竹です。そう。初めて来た人は迷うよ。初見で当てられた人はいないかな。さ、どうぞ入って」

 竹に招き入れられ、麓は家の中へと入った。

 外観と同じく、中も和風の造りとなっている。

 麓の花巻山のツリーハウスと同じように、中は広々としていた。アマテラスが術をかけているのだ。

 部屋は全て和室で、麓はその一室に通された。彼女は座布団の上で正座をし、目の前のテーブルをじっと見つめた。

 すーっと障子が引かれ、盆に茶碗と木の受け皿、和菓子と黒文字と懐紙を載せた竹が現れた。

「お待たせしました。ここに来るまで寒かったでしょう」

「あ…いえ」

「そんな固くならないで。気を張らなくても大丈夫だから。自分の家みたく、楽にしていいんだよ」

 ビシッと正座をしている麓に竹は苦笑し、麓の前にお茶とお菓子を出した。

「ありがとうございます」

「いいえ。でも、若いコはやっぱり紅茶とケーキの方がよかったかしら」

「私はこっちの方がいいです。自宅でも寮でも、和風の物をそろえることが多いです」

「へー。100歳代の精霊の女の子にしては珍しいね」

 竹は麓の向かいに自分の分を置き、盆を畳の上に置いた。先に口を開いたのは彼女だった。

「────震のことを聞きたいんだよね」

「…はい!」

 突然本題が始まり、麓は居住まいを正した。

 伏し目がちの竹は正座を崩して足を横に流して、テーブルの上に腕を置いた。姿勢を楽にしたにも関わらず、彼女からは緊張が伝わってくる。

「まず話す前に、1つ聞いてもいい?」

「はい」

「じゃあ…君はどうして震のことを知りたいの?」

 麓はここへ来るまでのことを話した。

「…ただの興味だと思われるかもしれません。実は私は、あの学園に通うまで他の精霊と関わったことがありませんでした。花巻山から下りて下界に出たこともありませんでした。だからあの学園に入学してからたくさんの精霊とふれ合って、もっと知りたいと思ったんです」

 凪をはじめとする風紀委員の面々、彰、嵐などクラスメイトたち────。初めて出会った数多くの精霊。彼らはいい意味で、麓に影響を与えてくれた。

 特に凪は、今まで知らなかった特別な感情を教えてくれた。

 もし彼らと出会わなかったら、自分は永遠に山に籠った無知な精霊に成り果てていたかもしれない。

 だから麓は、大勢に精霊たちに感謝している。

 だが気持ちはそこで終わらなかった。

 つい熱くなって語っていたら、竹が表情をゆるめてクスリと笑った。

「麓さんはおとなしそうに見えて、好奇心も行動力もあるのね」

「ありがとうございます…」

 思いがけぬところで褒められたようで、麓は照れながら頭を下げた。

「風紀委員、か。じゃあ、凪さんとは近くにいるんだね」

 凪の話に変わり、挙動不審気味にうなずいてしまった。それをごまかすように竹から視線を外し、茶碗の墨絵をじっと見つめた。趣があるとか、らしくないことを考え始めている。

「好きなの? 委員長さんのこと」

「ふぇっ…! えっ…!?」

「好きなわけない、なんて顔じゃないわ。赤くなってる」

「嘘っ!?」

 頬を手に当てた麓を見て、竹はほほえんでテーブルに肘をついた。

「ホント。好きなのね」

「ううっ…」

 これ以上否定はできない。麓は誰かに嘘をつけるような器用ではないし、凪への想いを偽ることはできなかった。

「そうか。あの人は相変わらずモテるんだ…実は私も────遥か昔だったら君とライバルだったかもね」

「ライバル?」

「そう。好きだったの、あの人のこと。私は富川とみかわ支部で学園は違ったけど、とびきり美形な男子精霊の噂はすぐに流れてきたよ。仲間うちで見に行ったこともあるなぁ」

 竹の思わぬ告白に心臓をつかまれたような痛みを感じた。今は好きではないと、と遠回しに言っているのに心のどこかで熱くなってきた部分がある。これがヤキモチというヤツなのかもしれない。

 竹はそこで話を切ると再び、和菓子に黒文字を入れた。

「ごめんなさい、話がそれてしまって。学園を卒業して隠居状態だと、滅多に他の精霊とは会わないから話したくなってしまって」

「私は大丈夫です」

 麓が首を振ると、竹はありがとうとだけつぶやいた。

「じゃあ、本題に入ろうか。震は300年前に零に結晶化されたわ。その前までは、人間界で言う姉妹みたいな関係だった。歳はだいぶ離れているけど、ちょっとした出会いがあってね────」
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