Eternal Dear 8

堂宮ツキ乃

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1章

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 およそ300年前。時は江戸時代。

 それより以前から、きっとこの星が生まれてからずっと、地震というものは起きていた。

 その時に生まれたのが震────地震の女精霊。

 彼女は”天”の1人であり、その中でも年長者に入る。

 そんなある時、震は”天”の研究員たちが地震対策を考えていることを知った。

 地震は規模が多ければ大きいほど、被害も甚大なものになる。歴史に残ることさえある。

 しかし、精霊本人によってどうにかなるものではなかった。

 他にも台風や火山がそうだ。極めてコントロールが難しい自然災害だ。このどちらも精霊が生まれているが彼らが自らが生まれたものの力を抑えることができないでいた。

 雷もその1つかと思っていた震なのだが、どうやら違うらしいと知ったのはまだ最近のこと。

 真夏の夕立に雷を勢いよく鳴らしていた彼女に、話しかけたことがあるのだ。

────雷ちゃん。久しぶりにすごいのを鳴らしているのね。

────えぇ、まぁ。ちょっと腹立ったことがあるので。

────そうなの?

────聞いて下さいよ。凪ったら私が試しに着た振袖姿を見て何て言ったと思います? たった一言、似合わねェ、ですよ…お世辞でもいいからもっと気の利いたことは言えないのかあの野郎! いつか私の電撃刃でんげきじんで刺し殺すか真っ黒コゲにしてやっからな!!

 そしてドカーンと、再び雷太鼓が響く。彼女のたまった怒りはこうして、名前の通り雷として発散される。

 凪という精霊は、田舎の海の精霊だと小耳に挟んでいた。彼は美しく、力量も”天”に劣らない。震よりも歳下だが侮ることはできないのだと。

 さらに彼の面白い噂を聞いたことがある。ひそかに雷のことを慕っているらしい、と。

 雷は気が強くて男に負けない気力があるがその反面、姉御肌な優しい一面もある。

(きっと、彼は素直に言えないだけでしょうね。好きな人の見慣れない姿がとても綺麗だなんて)

 雷が凪のことをどう思っているのかは知らないが、彼女が受け入れるのなら結ばれてほしいと思う。

 しかしのちに雷が、とある精霊と運命的に巡り合うことになるのを震はまだ知らない。



 その頃、”天”の研究員たちは土地について調べ始めていた。

 どのような土地が地震に強く、弱いのか。

 研究員の1人が目につけたのは竹林だった。竹というのは地中に茎がある。地下茎と呼ばれるものだ。その茎は長く横に這い、そこからさらに別の茎がまっすぐに伸びる。そのため、茎同士ががっちりとつなぎ合って揺れに強くなる。ただし、浅く茎が張っているため、竹藪ごと地滑りすることもある。

「竹…ね」

「はい。もしかしたら今後、竹が大いに活用されるかもしれません。ただ、竹の地下茎は浅く茎が這っているので、竹藪ごと地滑りするという事例もあったようです。家の畳を突き抜ける、ということも。落ち葉もすごいですし。新鮮な筍が食べられるのは最高ですね」

「なるほど、研究の余地があるのね。ところで、竹の精霊っているのかしら?」

「えぇ、もちろん。全国各地の竹林に住んでいるようです。その中で1番若い女精霊が…えっとどこだっけ。あ、吉橋よしはしという地に住んでいます」

「よしはし…」

 震は彼に一言礼を言って、研究室を後にした。そして自室に向かいながら考えていた。

 彼の地へ行ってみよう、と。



 ”天”の精霊たちは”天”と人間界を自由に行き来できる。どの地に降りるかも、自由自在だ。

 しかし震は正直、ほとんど使ったことがない。

 なのにどうして今回は地上へ行こうと思ったのか。

 誰かに呼ばれている気がしたのだ。

 そこに行けば、地震の威力が少しでも抑えられるような。確信ではないが、期待にも似た考えが心の中で生まれていた。

 そして実際に吉橋の地へ降り、竹林に住む竹の精霊の元へ訪れた。



「あの時は本当に驚いた。まさか生まれたばかりの私のところに”天”の精霊が来るなんて、思いもしなかったから。あの人たちは高貴だしね」

「高貴…そうですよね。風紀委員にも1人いるんですけど、彼だけは他の精霊たちと雰囲気が違うんです」

「やっぱり? 私たち地上の精霊より格が上ってことね」



 震は竹と知り合ったその日から、気心の知れる仲となった。歳下で可愛くて、震の知らないことを知っている。竹から学んだことも多い。研究員たちにとって有益な情報も教えてくれた。”天”に招待し、研究室に入ってほしいと考えているくらい。

 だがその反面、震は竹が自分と違う存在であることを思い出しては、落ち込むようになった。

 震は地震の象徴として「壊す者」。

 竹は守る者、守りを支える者として期待されている。

 震はそう自嘲した。

 だが竹は、彼女にそんな風に思ってほしくなかった。自分の運命を受け入れ、自分のことをもっと大切にしてほしい。竹がもっと歳を重ねれば、強い土地を作り上げられるかもしれない。それができなくても、震の力をコントロールする手伝いをしたい。

 竹は震が地震の精霊であっても、彼女が温厚な性格であることを知っている。

 震は涙を流し、小さな声で竹の手を握った。

────私がどんなに起きな地震を起こしても、あなたが守って。その土地に住まう人々や暮らしを。私は誰も傷つけたくない。消えてほしくない。私にも大切な人ができたから、気持ちがよく分かるわ。

 遠き日の古い約束。どれだけ年月が経っても大切な思い出。小指を握り、抱きしめ合った時の震のぬくもりは今でも思い出せる。

────しかし震は突然、零に結晶化された。それ以来、地震の規模が年々強大になっていることを”天”は気づいている。零がいいように結晶を操っているのだろう。

 そう思うと腹ただしく、血が熱を帯びていくようだった。

 一方、進められていたはずの地震研究は半永久的に中断している。竹の元に”天”の使いがくることはない。震以外に”天”に人脈はないので、こちらから連絡を取ることもできない。

 ”天”側も不測の事態に、多くの研究が打ち止めされた。

 禍神の生まれ変わりが再び悪に染まり、精霊狩りを始めた────。

 次は自分が結晶化されるかもしれない。その前に、零の言霊で亡き者にされるかもしれない。

 そんな考えが”天”の間で広まり、地上の精霊には根も葉もない噂が瞬く間に広まった。

 そして有志で集まった精霊の舞踏軍が天災地変のアジトに攻め入ったのだが、ことごとく零に殺られる者が多かった。

 実はその中に凪たちや雫、雷もいたのだが、2人はその頃から尋常ではない強さを持っていた。これを機に精霊の間でも2人の名が広まっていった。

 零によって魂を失った精霊たちは数知れず。

 零は戦いの中でこう宣言し、休戦を申し出た。

────私は美しい者、能力が高い者にしか興味がない。

 女のような美しさでありながら、誰をも射るような瞳で。艶やかな闇の黒髪も、燃え盛るような赤い瞳も、誰をも威圧していた。

 後にささやかれたことだが、零はこの戦いの中で雷と雫を結晶化しようと目論んでいたらしい。
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