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1章
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”天”である震のベールが剥がされていく中で、茶碗の中身は冷めていった。
部屋は暖房が効いているのにも関わらず、零という名前を聞くだけで麓の指先は冷えていく。
「お茶、淹れなおしてくるね。冬だとすぐ冷めちゃう」
「ありがとうございます」
竹は受け皿ごとお盆に載せ、障子を開けた。
しばらくして戻ってきた彼女は、再び麓の前にお茶を置いた。
「私ね、震が結晶化された所を見ていないの。知ったのもだいぶ後。実はその数日前にケンカして、もう二度と関わらないとか言い合っちゃって…」
言い合い。麓もナギと言い合って以来、まともに言葉を交わしていないので、竹の気持ちが分かる気がした。二度と関わらない、とまで言い切ったということは真面目な口喧嘩なのだろう。いつしかの夜の、麓と凪のような。
「ケンカって…」
「あー…ホンットに下らないんだけど…。話しても笑わないでね?」
「…? はい」
「そのケンカしたのが春だったのね。その頃って筍が何本も生えてくるの。それを収穫して毎年筍ご飯にして、残りの筍は震が持ち帰るのが通例なんだけど…」
竹の苦笑に苦味が増していく。筍の繊維が歯茎に引っかかったような。麓は勧められた和菓子を食べながら彼女の話に耳をかたむけていた。
「その年は筍ご飯のことで揉めたのよ。具に油あげと鶏肉、どっちがいいかって。私は断然油あげなんだけど、震がキジを町で食べて大層気に入っちゃったみたいで。そっちがいいって言い張ったのよ…」
「食べ物のこと、ですが…」
思ったより呆気ない理由で、麓が苦笑する番になった。シリアスな展開になるかと構えていたが、肩の力が一気に抜けた。
「…でも、あの時私が素直に鶏肉にしようって賛成してたら、下らない理由で仲違いなんてしなかった。そしたら震はいつも通りここに遊びに来て、零から身を守ることができたかもしれない…」
初めて見た竹の悲哀に満ちた顔。後悔さえ悔やんでいる、と言いたげな。
「震は私にとって友人であり、姉でもあるわ。あの人の結晶を取り戻して復活させて、まずは鶏肉の筍ご飯を振舞って…それから、地震の力を抑える方法を共に考えたい」
今日竹と話して、これで麓は3人の結晶化された精霊たちの話を知った。
竹林の中を、来た時と同じ場所を通って無人駅へ向かう。その間に竹の話を思い出していた。
誰もが友人が結晶化されてショックを受け、一時期は悲しみに暮れながらも今は、結晶を取り戻したいと決心している。
(私も…強くなりたい。凪さんと話せなくてくよくよしている自分なんて────)
「痛っ」
その時、竹の細い枝で指を引っかいてしまった。見ると、左の薬指の付け根が切れていた。しかし出血までには至っていない。麓は気に留めず、そのまま先へ進んだ。
一方、竹の家には第二の訪問者がいた。
麓がここを出てほぼ直後のこと。
竹の家の戸の前────麓には分からなかった入口を一目で当て、その前に立っている。
訪問者は茜色のツインテールに亜麻色の瞳を持った少女。ドレス風に仕立てられた和服をきている。腰元から裾に向かってふんわりと膨らみがあり、きらびやかな装飾が施されている。それは見る者を圧倒するような、金色の太陽の刺繍。
今日では珍しい和服姿の少女は、興味本位でこの竹林に入った人間の子どもではない。
やがて戸が開き、数年ぶりに顔を合わせる精霊が少し驚いた顔をして、恭ほほえんだ。
「お久ぶりです」
竹は自分より小柄で顔立ちが幼い少女に向かって恭しく頭を下げた。
見た目は幼女の彼女は、かわいらしい大きな瞳からは考えられないほど、竹よりも大人らしい声で笑ってみせた。
「元気じゃったか? 変わりなさそうじゃの」
「えぇ、おかげさまで。お忙しい中ご訪問頂きありがとうございます。アマテラス様」
「うむ。かまわん」
アマテラス────全知全能、全精霊の長であり、八百万学園の理事長でもある、上に立つ者はいない太陽の女神。
彼女は基本、”天”で各学園からの報告を読んだり、学園にまだ通っていない精霊や卒業した精霊の元を訪問している。
精霊と学園は星の数ほど存在する。だからアマテラスは誰よりも忙しい。
ちなみに彼女のように幼い姿は本人のみ。
年齢はとうの昔に忘れてしまった。その分、誰よりも遥かに長く時を過ごしている。
「このようなところで立ち話もなんですから、中へどうぞ。今日はおいしい和菓子もありますよ」
「おいしい和菓子っ!?」
アマテラスはその響きに耳をピクッと反応させ、目を輝かせた。彼女は甘党で、特に菓子類には目がない。
だが彼女は顔を引き締め、釣られそうになったのを咳払いでごまかした。
「んー…すまぬ。今日は長居できんのじゃ。この後、訪ねる場所もあるしの」
「そうですか…和菓子は次の機会に、ですね」
「その時はぜひ頼むぞ」
「もちろんです。ちなみにどこの精霊さんに会いに行かれるのですか?」
「今回はいつもと違うて学園へ行くのじゃ────おぬしは富川支部だったかの?」
「はい。わぁ…学園生活が懐かしいですね」
「たまには母校を訪ねてみるとよい。教師たちは皆、ぬしがいた頃と顔ぶれはほとんど変わっておらん」
「ぜひ今度、訪ねてみます」
アマテラスは竹と軽く世間話をし、彼女の家を後にした。
部屋は暖房が効いているのにも関わらず、零という名前を聞くだけで麓の指先は冷えていく。
「お茶、淹れなおしてくるね。冬だとすぐ冷めちゃう」
「ありがとうございます」
竹は受け皿ごとお盆に載せ、障子を開けた。
しばらくして戻ってきた彼女は、再び麓の前にお茶を置いた。
「私ね、震が結晶化された所を見ていないの。知ったのもだいぶ後。実はその数日前にケンカして、もう二度と関わらないとか言い合っちゃって…」
言い合い。麓もナギと言い合って以来、まともに言葉を交わしていないので、竹の気持ちが分かる気がした。二度と関わらない、とまで言い切ったということは真面目な口喧嘩なのだろう。いつしかの夜の、麓と凪のような。
「ケンカって…」
「あー…ホンットに下らないんだけど…。話しても笑わないでね?」
「…? はい」
「そのケンカしたのが春だったのね。その頃って筍が何本も生えてくるの。それを収穫して毎年筍ご飯にして、残りの筍は震が持ち帰るのが通例なんだけど…」
竹の苦笑に苦味が増していく。筍の繊維が歯茎に引っかかったような。麓は勧められた和菓子を食べながら彼女の話に耳をかたむけていた。
「その年は筍ご飯のことで揉めたのよ。具に油あげと鶏肉、どっちがいいかって。私は断然油あげなんだけど、震がキジを町で食べて大層気に入っちゃったみたいで。そっちがいいって言い張ったのよ…」
「食べ物のこと、ですが…」
思ったより呆気ない理由で、麓が苦笑する番になった。シリアスな展開になるかと構えていたが、肩の力が一気に抜けた。
「…でも、あの時私が素直に鶏肉にしようって賛成してたら、下らない理由で仲違いなんてしなかった。そしたら震はいつも通りここに遊びに来て、零から身を守ることができたかもしれない…」
初めて見た竹の悲哀に満ちた顔。後悔さえ悔やんでいる、と言いたげな。
「震は私にとって友人であり、姉でもあるわ。あの人の結晶を取り戻して復活させて、まずは鶏肉の筍ご飯を振舞って…それから、地震の力を抑える方法を共に考えたい」
今日竹と話して、これで麓は3人の結晶化された精霊たちの話を知った。
竹林の中を、来た時と同じ場所を通って無人駅へ向かう。その間に竹の話を思い出していた。
誰もが友人が結晶化されてショックを受け、一時期は悲しみに暮れながらも今は、結晶を取り戻したいと決心している。
(私も…強くなりたい。凪さんと話せなくてくよくよしている自分なんて────)
「痛っ」
その時、竹の細い枝で指を引っかいてしまった。見ると、左の薬指の付け根が切れていた。しかし出血までには至っていない。麓は気に留めず、そのまま先へ進んだ。
一方、竹の家には第二の訪問者がいた。
麓がここを出てほぼ直後のこと。
竹の家の戸の前────麓には分からなかった入口を一目で当て、その前に立っている。
訪問者は茜色のツインテールに亜麻色の瞳を持った少女。ドレス風に仕立てられた和服をきている。腰元から裾に向かってふんわりと膨らみがあり、きらびやかな装飾が施されている。それは見る者を圧倒するような、金色の太陽の刺繍。
今日では珍しい和服姿の少女は、興味本位でこの竹林に入った人間の子どもではない。
やがて戸が開き、数年ぶりに顔を合わせる精霊が少し驚いた顔をして、恭ほほえんだ。
「お久ぶりです」
竹は自分より小柄で顔立ちが幼い少女に向かって恭しく頭を下げた。
見た目は幼女の彼女は、かわいらしい大きな瞳からは考えられないほど、竹よりも大人らしい声で笑ってみせた。
「元気じゃったか? 変わりなさそうじゃの」
「えぇ、おかげさまで。お忙しい中ご訪問頂きありがとうございます。アマテラス様」
「うむ。かまわん」
アマテラス────全知全能、全精霊の長であり、八百万学園の理事長でもある、上に立つ者はいない太陽の女神。
彼女は基本、”天”で各学園からの報告を読んだり、学園にまだ通っていない精霊や卒業した精霊の元を訪問している。
精霊と学園は星の数ほど存在する。だからアマテラスは誰よりも忙しい。
ちなみに彼女のように幼い姿は本人のみ。
年齢はとうの昔に忘れてしまった。その分、誰よりも遥かに長く時を過ごしている。
「このようなところで立ち話もなんですから、中へどうぞ。今日はおいしい和菓子もありますよ」
「おいしい和菓子っ!?」
アマテラスはその響きに耳をピクッと反応させ、目を輝かせた。彼女は甘党で、特に菓子類には目がない。
だが彼女は顔を引き締め、釣られそうになったのを咳払いでごまかした。
「んー…すまぬ。今日は長居できんのじゃ。この後、訪ねる場所もあるしの」
「そうですか…和菓子は次の機会に、ですね」
「その時はぜひ頼むぞ」
「もちろんです。ちなみにどこの精霊さんに会いに行かれるのですか?」
「今回はいつもと違うて学園へ行くのじゃ────おぬしは富川支部だったかの?」
「はい。わぁ…学園生活が懐かしいですね」
「たまには母校を訪ねてみるとよい。教師たちは皆、ぬしがいた頃と顔ぶれはほとんど変わっておらん」
「ぜひ今度、訪ねてみます」
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