Eternal Dear 8

堂宮ツキ乃

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最終話

答えられない愛

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 学園では麓が謎の失踪を遂げ、大騒ぎになっていた。

 残された麓のバッグを見つけたのは用務員のおじさん。学園内の戸締りを確認していた時のことだ。

 麓は風紀委員寮の紅一点で、かつて立花の嫌がらせで教職員の間で有名になった。何より、真面目であるし勉学において優秀だから。

 用務員のおじさんもその1人で、普段の強面を心配そうにして寮長の元へやってきた。

 ”麓さん、早く見つかるといいですね”と言いながら。

 麓のバッグを受け取った寮長はついに1人になってしまった。

 いつかこういう日が来るのは分かっている。だが、こんな形は望んでいない。

 生徒である麓たちが学び舎を旅立ち、それに伴って扇と霞が教師寮に移る。それが寮長の理想だ。

(どうしようか…)

 食堂のテーブルで1人、肘をついて座った寮長は、夕飯の準備を中断した。

 麓が行方不明になったのが分かってすぐに、アマテラスに連絡を取った。

 いつもは返事が遅いアマテラスだが、内容が内容だからすぐに返信が来た。今すぐ行く、と。

(麓様。あなた様の無事を祈りますわ。きっと大丈夫だと…)



 2人は食堂のテーブルに着いた。手元には寮長が淹れた玉露茶。

「アマテラス様、麓様は一体…」

「落ち着け、麓なら心配いらん」

「どこにいらっしゃるのですか?」

「────天災地変のアジトじゃ。零が連れ去ったらしい」

「そんなっ…あンの男…」

 想像もしなかった犯人に、寮長は歯ぎしりをした。搾り出すような声に対して瞳は炎を灯している。今にも爆発しそうだ。

 アマテラスはその表情が過去の寮長・・・・・と面影が重なり、少しだけほっとした。

 魂を抜かれたかと思っていたのだ。唯一残った麓が失踪して。でも、覇気が健在なら安心だ。やはり寮長はこうでないと。

「ところでアマテラス様。なぜ麓様のことは心配ないのですか? 零は麓様を気に入っているとのことでしたが…人質として危険な目に遭われないでしょうか?」

「ヤツは美しい物が好きじゃ。自ら宝物を傷つけるようなことはしない。丁重に扱うじゃろう」

「へぇ…美しいもの…。相変わらずなのですね。何はともあれ、麓様をさらったのは許せませんわ!」

「それはもちろん。早い所、凪たちが何とかしてくれるといいんじゃが」

 アマテラスは誰よりも聖気が強いため、天災地変のアジトに近づくことができない。

 禍神には容易に手を下せたのに、零とは相性が悪い。

 だから彼女は、天神地祇の活躍を祈るのみ。



 初めて来たアジトは、麓にとって恐ろしい場所でしかない。

 目覚めた時には見知らぬ部屋にいて、戸惑い半分と得体の知れない恐怖半分だった。

 豪華絢爛な内装の部屋は、寮の麓の部屋よりも広い。

 壁際にの開け放たれたクローゼットにはきらびやかな和服、鏡台には美しいかんざしやアクセサリーが置かれている。

 麓はそれらを避けるように、部屋の片隅でうずくまって目を伏せていた。彼女の制服はこの部屋に馴染まない。浮いていた。

 コンコンとノックの音がしたが、返事をするべきか否か迷った。何も言えないまま、ドアが開いた。

「麓殿。目が覚めたか」

 零だ。後ろ手でドアを閉めて麓に歩み寄る。

 もう、零が近づいても寒気を感じない。

 彼をおそれて逃げる気力も無くなり、麓は微動だにしない。気絶させられ、ここに来るまでに生気を奪われたんじゃないかと思った。

 零はスッと麓の目で跪き、彼女の顔をのぞきこんだ。

「どうだ? この部屋は。そなたのために用意させたものだ。美しいだろう」

 麓がフイッと顔を背けると、零は仕方なさそうにほほえんで立ち上がった。

「麓殿も見てみるがいい。そなたは和風のものが好きらしいな。この部屋に置いてあるものは呉服屋に勤めていた者に選ばせたのだ。どれも一級品だ。気に入ったものがあれば身に着けるとよい」

 零が淡い桜色をした着物に紺色の袴を持ってくると、麓は首を振って拒絶した。

「何も、気に入らぬか…?」

 残念そうな声で聞かれ、麓はかすれた小さな声で答えた。

「私には似合いません。こんな派手なもの」

 彼女は立ち上がり、フラフラとした足取りで部屋の出口に向かった。

「凪さんたちはここにいるんでしょう? どこですか?」

「いや、今はおらんよ。”天”だ。ヤツらは常にここにいて戦っているわけではない」

「私、あの人たちを探しに行きます」

 ここと”天”がつながっているというのは蒼に聞いたことがある。知らない土地…否、”天”を歩くというのは初めてだが、きっとなんとかなるだろう。

 和服を持って突っ立ったままの零の前を通りすぎ、部屋を出て行こうとした────

 その時、後ろから包まれた。振り向こうとしてもできない。

 麓は零に、後ろから抱きしめられていた。足元には、さっきまで彼が持っていた和服が落ちている。

「行かないでくれ…」

 か細い彼の声。耳元で響いた。

 麓は目を見開き、身体を固くした。

 彼はうつむいているのか、黒髪が麓の右肩にこぼれている。思いも寄らぬ相手に抱きしめられ、麓の中で勝手に胸が高鳴った。

 温かさが感じられない零の身体。それは彼が雪の精霊だからなのか。

 不意に麓は、いつしか凪に抱きしめられた時のことを思い出した。体温が高い彼。今はここにいない。もしかしたら久しぶりに会えるかもって、実は期待してたのに。

 零の憂いで沈んだ声、凪たちがいないという期待外れ。

 ここで何をしていけばいい。そしてどうやって逃げ出そうか。

 目的を見失ってしまった麓は、零の腕の中で何もできなくなってしまった。
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