たとえこの恋が世界を滅ぼしても2

堂宮ツキ乃

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5章

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 ライブも曲目を全て終えると、バンドメンバーのSNSの紹介や定期的にこうして路上ライブを行っていることを話してお開きとなった。

「それじゃあ今日は! ちょうどピックを替えようと思っているので投げるわ!」

「ピック…?」

 赤い雫のような形をしたものを昴がかかげて夜叉は目を細めた。

「ギターを弾く時に使うんだよ」

「えっ。爪で弾いてると思ってた…」

「爪えぐれるから!」

 鹿島と話している間に女子の歓声が復活し、こっちに投げてと言わんばかりに両腕を上げてブンブンと横に振っている。夜叉はこれは新〇劇で見たような景色だな…とアメちゃんが飛び交う場違いなことを考えていた。

「やーちゃんはもらいに行かなくていいの?」

「いいよ、私は別に…ここはやっぱり長いことファンやってる人がもらわないと…って、お?」

 瑞恵と顔を見合わせている間に視界に小さな赤いものが飛び込んできて反射的に両手で叩いてしまった。

 2人して夜叉の手元をのぞきこむとそれは昴が先ほど掲げていたギターピックだった。遠慮して遠い位置にいたがよくこんなところまで飛ばせたものだ。夜叉が顔を上げると昴はギターを抱えてウインクをしていた。それには悲鳴に近い黄色い声が上がり夜叉は羨望の眼差しを多く向けられた。

「え~…、なんかもらっちゃったね…」

「今日の記念ってことでいいんじゃね?」

「そういうことにしておくか」

 今度こそライブはお開きとなり、それぞれのメンバーの元に女子が並んでサインを求めた。当然昴にも行列ができたが先頭の女子中学生に一声かけて夜叉たちの元へ歩いてきた。

「皆、今日は来てくれてありがとね。たくさん連れ立って来てくれて嬉しいよ」

「いいんだよ。それにしても早瀬君かっこよかったな。芸能人みたいだった」

「いつか本当に芸能界に飛び込めたらいいんだけどね」

 タオルで汗を拭う昴の表情はリラックスしたものに変わっていた。夜叉のことを見ると、彼女が手にしているギターピックにニヤリと笑んだ。

「どこまで飛ばせるかな、ってガチで投げたら思ったより飛んだ。やーちゃん、原田さんと話していたでしょ。俺のことも見てほしいな~、なんt」

 昴の唐突な言葉のアプローチに彦瀬たちはひそかに湧いたが、阿修羅が夜叉の前に腕を伸ばし守るように立ちはだかった。

 阿修羅にはバレーボールを顔面に強打されるという、今思い出しても痛い思いでがあるので昴は不自然な笑顔のまま固まって”冗談だよ”と苦し紛れに発した。阿修羅の夜叉への過保護ぶりは学校の外でも健在だと誰もが実感した。

「と、ところで今日はこれからどうするの?」

「このあとはカラオケに行こうかな~、て。早瀬君も一緒に行く?」

「ごめん、この後は新曲の打ち合わせがあるからまた今度!」

 昴たちが話している間に夜叉と阿修羅は輪から出て、昴のサイン&お話したい列を前から後ろへ流れるように眺めていた。その列の中には同じ高校の顔だけ知っている人や中学生時代の顔見知りが混ざっていた。

「長いね。早瀬ってやっぱりモテるんだね」

「皆さんとても熱心なことで」

 最後尾に達してそろそろ和馬たちの元に戻ろうかと思ったら、最後尾の女子中学生がパスケースをカバンから落とした。気づいた夜叉は拾い上げて彼女に渡した。

「ねぇ、これ…」

 彼女は気づかなかったようで、サインに応じ始めた昴の列が進んだのでそれに続いた。夜叉はパスケースの中に定期のICカードを見つけ、”メグロナナ”と書かれているのに気が付いた。一緒に昴と撮ったのであろう自撮り写真も入っている。

 サイン以外にも写真も撮ってあげてるんだ、いやこんなに不躾に他人の物を眺めているのは失礼だと夜叉は今度こそ呼び止めてそれを渡した。

「え! ありがとうございます…助かりました」

 小さくて可愛いが声が小さくて少し暗いかな、と思ってしまった。それでもちゃんとお礼を言えるのはえらい。夜叉は昴のギターピックを彼女に差し出した。

「あのさ、よかったらこれあげるよ。こういうのは本当に好きな人が持つべきだから」

「いいんですか…?」

 夜叉にギターピックを手の平に乗せてもらうと彼女は顔を輝かせて夜叉のことを見つめた。弱々しく見えたが好きなことにはまっすぐで情熱的になるんだろう。夜叉はうなずき、”急に話しかけてごめんね”とだけ話して阿修羅と和馬の元へ戻った。
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