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1章
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地上。
学園では”天”の精霊たちが続々と帰還し、校内は寂しくなっていた。
特に身近な精霊が何人もいなくなってしまった嵐たちの心は、大きな穴がぽっかりと空いたようだった。
まずは担任である霞、同級生で風紀委員の光。2人は天災地変のアジトに向かったと聞いた。
それから露。彼女は故郷である”天”から帰還命令が出された。
そしてもう1人が麓。留守番を命じられた彼女がいなくなったのは想定外だった。
風紀委員長の凪から”天”へは連れて行けないと言われたと聞いていた。
彼女は今、激戦区である天災地変のアジトにいるのだという。トップである零にさらわれた、と。これは風紀委員寮の寮長が教えてくれた。寮にたった1人でいる彼女は気丈に振舞っていた。強い人間の女性なんだろうと嵐は思った。
麓が連れ去られた事件はもちろん学園中に広まり、零がここを自由に出入りしていたことも発覚した。
そのせいで一時、学園内は混乱に包まれて妙な噂が飛び交ったが、それはアマテラスによって鎮められた。
彼女は麓がいなくなった日にここへ駆けつけ、風紀委員寮に滞在している。いつも全国を飛び回っている彼女が一ヶ所に留まっているのは珍しい。
「皆大丈夫かな…」
嵐は窓の外を眺めながらぼやいた。
今日もよく冷える。教室にはエアコンが完備されているとはいえ、外の雪景色を見ていると身震いしてしまう。
「大丈夫だとええけど…特に麓が心配や」
「だよねー…。風紀委員の紅一点がさらわれるって、御伽噺ぽくはあるんだけど」
「は? 何アホなことをぼやいとんねん」
「だってよくあることない? 綺麗な人がさらわれてさーどうしようってなって、そこへ颯爽と現れる王子様…」
「ンなこと実在するわけないやろがい」
嵐のメルヘンチックな妄想を一蹴した蔓はため息をつく。
地上に残った組は比較的、のほほんとしている。天災地変からの被害と言えば大雪と寒さ。アマテラスが全校集会で話していた。
「つーかさ、王子様って誰がなるん? 光か? 麓には恋愛的な意味で見られてなかったみたいやけど」
「…」
「考えてへんやん」
蔓は頬杖をつくと嵐を半眼で見た。彼女は頭をかいて照れ笑いを浮かべる。
彼女の笑みは、いつものメンバーがそろっている時よりも控えめなものだった。
平日の昼下がり。久しぶりに太陽が顔をのぞかせ、雪が陽光を反射して輝いている。
寮の中にも光が射し込み、いつもより明るく温かい。
今は2人しかいない風紀委員寮でも寮長はいつも通り、掃除や洗濯などの家事をこなしている。
1階の食堂に掃除機をかけ終わると、次は階段を…と一度プラグを抜いた。
そこへ2階から下りてくる人物がいた。
「ふあ~あ~…。お前さん、昼間からよく働くの。こんなに心地よい昼間は睡魔に襲われるものじゃろうに」
アマテラスだ。いつもの和服ドレスではなく、菫色の小袖に灰色の打掛をまとっている。彼女は腕を伸ばしながらあくびをした。ここにいる間は仕事をしつつも、好きに過ごしている。
「いつもの仕事ですから。埃っぽいのは厳禁ですわ」
「…麓か」
「えぇ。ハウスダストを引き起こしてしまいましたから…ね。それももう、1年以上経とうとしていますわ」
「そうか…本当に早いモンじゃのう」
アマテラスは遠い目になり、食堂の椅子に腰かけた。
「…のう、寮長。お前さんは天神地祇についていって戦おうとは思わなかったのか?」
寮長は真顔でアマテラスのことを見ていたが、やがて目を伏せた。
「えぇ、思いませんでした。私めが”天”へ行ってもお役に立てることはございませんから。ただの非力な人間ですしね」
「…そう卑下せんでも」
「いえ。これは当然ですわ。寮長たる者、あのお方たちの留守を守らなければいけません」
「そうか。それもそうじゃの。お前さんは成長したの…」
「いきなりどうなさったのですか?」
「いや、な。昔だったら思い立ったが吉日、なんてすぐに行動に移すじゃじゃ馬だったじゃろ。今では冷静に物事を判断できるようになって…そう思うと感無量じゃな…」
よよと泣き伏すフリをするアマテラスに、寮長は苦笑いの上にほのかな怒りを重ねた。
「まぁ。アマテラス様…。そんなことおっしゃらないでくださいませ。今にも頭に血が昇って血管が爆発しそうですわ…?」
「ブチギレていると申せ!」
アマテラスはさっきとは違う意味の涙を目の端にため、勢いよく顔を上げた。寮長相手だと彼女は泣く目に遭うことが多い。
それだけ寮長の覇気はすさまじい。アマテラスを震え上がらせるくらいに。
さっきまで瞳孔を開いていた寮長は、いつもの茶色の瞳に戻っていた。
「もうっ。せめて活発な少女とお呼び下さい」
「いやいやおぬしはそんなかわいらしいモンじゃなかったわい。誰よりも負けん気で、男顔負けの腕力を誇っていたじゃろうが。…まぁ、そのじゃじゃ馬も好きな男の前では人が変わったようになるがの。まるで飼いならされた猫のようじゃったわい」
「もーアマテラス様ったら! 恥ずかしいのでそのようなことはおやめくださいまし!」
「ぐげっ! 剛力でわしの背中を叩くでない!」
照れたように頬を染めた寮長は、アマテラスも認める怪力で彼女の背中をバシバシと打った。少女VS大人の女では勝ち目がない。
「ぐぎゃー! 背骨が砕けるぅー!」
しばらくは悶絶しているしかないアマテラスだった。やがて開放され、テーブルの上に伸びていた。
寮長は掃除機を持ち上げて2階に上がり、掃除を再開した。
(────でも、麓様を連れ戻しに行きたいとは思っておりましたが…ここはおとなしく待ちましょう。非力な人間よりも、剛力な精霊の方がお似合いですわ。魔王にさらわれた姫を助けられるのは、王子様と決まっています)
彼女はプラグをコンセントにつなぎ、ほほえんだ。
学園では”天”の精霊たちが続々と帰還し、校内は寂しくなっていた。
特に身近な精霊が何人もいなくなってしまった嵐たちの心は、大きな穴がぽっかりと空いたようだった。
まずは担任である霞、同級生で風紀委員の光。2人は天災地変のアジトに向かったと聞いた。
それから露。彼女は故郷である”天”から帰還命令が出された。
そしてもう1人が麓。留守番を命じられた彼女がいなくなったのは想定外だった。
風紀委員長の凪から”天”へは連れて行けないと言われたと聞いていた。
彼女は今、激戦区である天災地変のアジトにいるのだという。トップである零にさらわれた、と。これは風紀委員寮の寮長が教えてくれた。寮にたった1人でいる彼女は気丈に振舞っていた。強い人間の女性なんだろうと嵐は思った。
麓が連れ去られた事件はもちろん学園中に広まり、零がここを自由に出入りしていたことも発覚した。
そのせいで一時、学園内は混乱に包まれて妙な噂が飛び交ったが、それはアマテラスによって鎮められた。
彼女は麓がいなくなった日にここへ駆けつけ、風紀委員寮に滞在している。いつも全国を飛び回っている彼女が一ヶ所に留まっているのは珍しい。
「皆大丈夫かな…」
嵐は窓の外を眺めながらぼやいた。
今日もよく冷える。教室にはエアコンが完備されているとはいえ、外の雪景色を見ていると身震いしてしまう。
「大丈夫だとええけど…特に麓が心配や」
「だよねー…。風紀委員の紅一点がさらわれるって、御伽噺ぽくはあるんだけど」
「は? 何アホなことをぼやいとんねん」
「だってよくあることない? 綺麗な人がさらわれてさーどうしようってなって、そこへ颯爽と現れる王子様…」
「ンなこと実在するわけないやろがい」
嵐のメルヘンチックな妄想を一蹴した蔓はため息をつく。
地上に残った組は比較的、のほほんとしている。天災地変からの被害と言えば大雪と寒さ。アマテラスが全校集会で話していた。
「つーかさ、王子様って誰がなるん? 光か? 麓には恋愛的な意味で見られてなかったみたいやけど」
「…」
「考えてへんやん」
蔓は頬杖をつくと嵐を半眼で見た。彼女は頭をかいて照れ笑いを浮かべる。
彼女の笑みは、いつものメンバーがそろっている時よりも控えめなものだった。
平日の昼下がり。久しぶりに太陽が顔をのぞかせ、雪が陽光を反射して輝いている。
寮の中にも光が射し込み、いつもより明るく温かい。
今は2人しかいない風紀委員寮でも寮長はいつも通り、掃除や洗濯などの家事をこなしている。
1階の食堂に掃除機をかけ終わると、次は階段を…と一度プラグを抜いた。
そこへ2階から下りてくる人物がいた。
「ふあ~あ~…。お前さん、昼間からよく働くの。こんなに心地よい昼間は睡魔に襲われるものじゃろうに」
アマテラスだ。いつもの和服ドレスではなく、菫色の小袖に灰色の打掛をまとっている。彼女は腕を伸ばしながらあくびをした。ここにいる間は仕事をしつつも、好きに過ごしている。
「いつもの仕事ですから。埃っぽいのは厳禁ですわ」
「…麓か」
「えぇ。ハウスダストを引き起こしてしまいましたから…ね。それももう、1年以上経とうとしていますわ」
「そうか…本当に早いモンじゃのう」
アマテラスは遠い目になり、食堂の椅子に腰かけた。
「…のう、寮長。お前さんは天神地祇についていって戦おうとは思わなかったのか?」
寮長は真顔でアマテラスのことを見ていたが、やがて目を伏せた。
「えぇ、思いませんでした。私めが”天”へ行ってもお役に立てることはございませんから。ただの非力な人間ですしね」
「…そう卑下せんでも」
「いえ。これは当然ですわ。寮長たる者、あのお方たちの留守を守らなければいけません」
「そうか。それもそうじゃの。お前さんは成長したの…」
「いきなりどうなさったのですか?」
「いや、な。昔だったら思い立ったが吉日、なんてすぐに行動に移すじゃじゃ馬だったじゃろ。今では冷静に物事を判断できるようになって…そう思うと感無量じゃな…」
よよと泣き伏すフリをするアマテラスに、寮長は苦笑いの上にほのかな怒りを重ねた。
「まぁ。アマテラス様…。そんなことおっしゃらないでくださいませ。今にも頭に血が昇って血管が爆発しそうですわ…?」
「ブチギレていると申せ!」
アマテラスはさっきとは違う意味の涙を目の端にため、勢いよく顔を上げた。寮長相手だと彼女は泣く目に遭うことが多い。
それだけ寮長の覇気はすさまじい。アマテラスを震え上がらせるくらいに。
さっきまで瞳孔を開いていた寮長は、いつもの茶色の瞳に戻っていた。
「もうっ。せめて活発な少女とお呼び下さい」
「いやいやおぬしはそんなかわいらしいモンじゃなかったわい。誰よりも負けん気で、男顔負けの腕力を誇っていたじゃろうが。…まぁ、そのじゃじゃ馬も好きな男の前では人が変わったようになるがの。まるで飼いならされた猫のようじゃったわい」
「もーアマテラス様ったら! 恥ずかしいのでそのようなことはおやめくださいまし!」
「ぐげっ! 剛力でわしの背中を叩くでない!」
照れたように頬を染めた寮長は、アマテラスも認める怪力で彼女の背中をバシバシと打った。少女VS大人の女では勝ち目がない。
「ぐぎゃー! 背骨が砕けるぅー!」
しばらくは悶絶しているしかないアマテラスだった。やがて開放され、テーブルの上に伸びていた。
寮長は掃除機を持ち上げて2階に上がり、掃除を再開した。
(────でも、麓様を連れ戻しに行きたいとは思っておりましたが…ここはおとなしく待ちましょう。非力な人間よりも、剛力な精霊の方がお似合いですわ。魔王にさらわれた姫を助けられるのは、王子様と決まっています)
彼女はプラグをコンセントにつなぎ、ほほえんだ。
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