Eternal Dear4

堂宮ツキ乃

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3章

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 凪は梨音のことを見送ってから麓に一言、行くぞと声をかけた。まさか海まで歩いて行くのか────。確か出発前にここから1時間以上かかると言っていた。

 そんな麓の心情は知らずに凪は再びツカツカと歩き、白いワゴン車の窓ガラスをコツコツと手の甲で叩いた。

 中には先ほどの壮年の男がうたた寝をしていた。が、凪のノック音に気がついてガバッと起き、彼の存在に気づくと驚いた顔でわなわなと指差した。

「幽霊見たような顔してんなハゲ。ちょいと送ってくれ。どーせおめーん家の隣だしよ」

 男性は窓を開けて凪と麓のことをまじまじと見つめた。

「凪! 来るのは聞いてたけどなんでここに?」

「世間知らずの山入り娘を市電に乗せたから。…それよりハゲ面積広くなった?」

「それよりじゃねェ! 人のデリケートな部分指摘すんな! 永遠の若さがあって抜け毛の悩みが無ェからって…。こんなの差別だ差別!」

「るっせーよ海斗かいと。いいからはよ車に乗せろや」

 梨音の祖父だという海斗の口調は凪にそっくりだった。



 海斗の運転する車内で麓はきょろきょろと景色を眺めていた。

 本当に田舎だ────というのが第一の感想。青々とした田んぼと畑が続き、人通りが少ない。時々見かけるのは自転車に乗った小学生やお年寄りたち。

 今は窓を締め切ってエアコンを効かせているためわからないが、車外に出たらきっと潮の香りがするだろう。

 海斗の一族────沖田家は海が近いということで、それに関係する商売を代々営んでいる。ちなみに海斗は寿司屋。先代は漁業を営む者が多かったらしい。伝統はささやかに受け継がれていた。

 毎朝、新鮮な魚介類を市場で競ってきて捌き、握る。

 ぶっちゃけると店は穴場で近隣住民ですらほとんど存在を知らない。

 だが不思議なことに、波崎へ観光に来た変わり者が不意に見つけることが多く、リピーターがひそかにいた。

「ま、いつから始めていようが多くの人に知られていようが関係ねェ。たった1人でも通ってくれる人がいるなら万々歳だ」

「お寿司屋さんですか…。かっこいいですね」

「ありがとよお嬢ちゃん。よかったら滞在中に来るといい。…ところで凪」

「ん?」

 凪は頬杖をついてボーッと外を眺めていたが、ミラー越しに海斗のことを見た。

 赤信号で止まり、海斗もミラー越しに凪のことを見てニヤけ面で小指を立てた。

「もしかして────コレか?」

 凪は海斗のことを真顔で見ていたが、フッと笑って目を閉じた。

「ざーんねん、ちげーよ。っつーかよォ、梨音もそんなこと言ってたぜ。孫と同じこと言ってんな」

「はは、血は争えんってヤツだ」

「あのー…。それなんですか?」

 麓が戸惑いがちに海斗と同じように小指を立てると、凪は再び窓の外を見てはぐらかした。

「ガキは知らなくてもいいことだ」

「またそれ…」

「俺からしたらガキなんだよ」

「お嬢ちゃん、そのサインは"彼女"って意味だ」

「おいおい言うなよ! 俺が黙ってた意味…」

「いいじゃねェか。いい勉強だろ」

「何のだよ」

 凪が呆れると海斗はケラケラと笑った。

 車は再び走り出した。



 車から降りると予想通りだった。

 かぐわしい潮の香りを胸いっぱいに吸いこむ。胸が満たされた気分になった。

 目の前には青空の色素をそのまま写し取ったような、どこまでも続く広く大きな海。

 果てしない、というのはこのことだろう。

(ついに…来たんだ…)

 心なしか感動で震え、涙が出そうになった。それもそのはず。

 海ってどういう所なんだろう。どれほど大きいんだろう。海を題材にした小説を読む度に憧れが募っていたから。

 海は午後の太陽の光を反射し、水面がキラキラと輝いていた。まるでその下に真珠や金銀の財宝が散らばっているように。

「お嬢ちゃん、ひょっとして海は初めてか?」

「はい。今まで写真でしか見たことないです」

 車を降りていつの間にか隣に来た海斗が、腰に手を当てて笑った。

「そーかそーか。前波には何もないってか海しかねェけど。ここにいる間、存分にこの景色を楽しんで行きな」

「はい!」

 海斗は軽く片手を上げてその場を離れ、入れ代わりのように寮長が来た────と思ったら、凪が突然怒鳴った。

「て…てんめぇぇぇ! 人がどんだけ連絡したと思ってんだァ! 一体何してやがった!?」

 ビクっとして麓が振り向くと、そこには寮長が野菜がたくさん入った紙袋を抱えて立っていた。

「申し訳ございません凪様、麓様。実は私、スマホの電源を切ったままでした…」

「電源つけっぱにしておけバカ! こっちは途方に暮れかけたってのに。コイツだって…アレ?」

 凪が隣の少女に話を振ろうとしたら、いつの間に消えたのか姿がない。

「麓様…?」

「あ。おい、アレ」

 ここから階段で下りると波打ち際に着く。満潮時にはこの階段の3、4段辺りまで海水が上がってきて砂浜も覆い尽くされる。

 今はその満潮時に差し掛かっており、階段の2段目でチャプンと海水が跳ねた。

 見下ろすと、その一段目に麓はいた。

 トングサンダルを脱いでお行儀よく5段目に置いてあり、波が行ったり来たりするのを珍しそうに眺めて足首まで浸かった。

 彼女は楽しそうに笑っていた。初めての海にふれて。

 その姿を見ているとなんだか穏やかな気分になった。

 凪は決まり悪そうに後頭部をかき、スラックスのポケットに手を入れた。

「なんか…怒鳴ってごめん。どうにかなったからブチ切れることじゃねェよな」

「いえ、私こそ申し訳ございませんでした。ちゃんと連絡を返せなくて」

「いや。その様子だとすぐに買い出しに行ったんだろ。大所帯だからしゃーねェよ」

 2人は麓の無邪気な姿を見守った。

 潮の香りをたっぷりと含んだ涼しい風が2人の間を通った。
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