たとえこの恋が世界を滅ぼしても7(完結)

堂宮ツキ乃

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「じゃあ行ってくるね」

 和馬かずまは姉の部屋に声を残し、制服の上からコートを羽織った。

 去年、両親が買ってくれたグレーのコート。張り切ってブランド品を買おうとした両親を姉と共に止めたのが懐かしい。

 そんな姉、夜叉やしゃのブラウンのコートはウォークインクローゼットに掛けられたまま。

 彼女がそれを羽織り、二人で登校する日が来るのは来年だろうか。

 一人になってしまった登校は思いのほか寂しい。





「あけおめー!」

「ことよろー!」

 通り過ぎたスクールバスから姉の友だちが下りてきた。彼女たちは和馬に向かって大きく手を振る。

「あけましておめでとう。今年もよろしくね。みーちゃん、彦ちゃん」

 和馬は二人を見下ろすとはにかんだ。しかし、二人は彼の背後をのぞきこんだりきょろきょろと見回している。

「あれ、やーちゃんは?」

「冬休みの宿題が終わってなくて先に行った?」

彦田ひこたじゃないんだから……」

 瑞恵みずえが呆れた様子でジト目になる。おそらく彦田はバスの中で瑞恵の宿題を写していたのだろう。長期休暇後の恒例行事だ。

 和馬は胸にチクン、とした痛みをおぼえながら眉を下げた。

「……あれから体調が悪くて。まだ登校できそうにないんだ」

「えー!? やーちゃんにも宿題移すの手伝っt……会えるの楽しみにしてたのに!?」

 心の声がこぼれていたが、彦田の眉はかつてないほど垂れ下がっていた。瑞恵も同じように肩を落としている。

「急に体調悪くなってたよね……」

「う、うん……」

 和馬は視線が高いのをいいことに目をそらす。背中に嫌な汗が伝うのを感じていた。










 冬休み前。12月に入った頃のこと。あれは夜叉が他校のイケメンとデートしているのを皆で尾行けた週明けだった。

 彦田と瑞恵はいつものように夜叉と昼食を囲んでいた。三人の机をくっつけ、夜叉のお弁当を覗き込む。

「今日も彩り豊かなお弁当よねー。和馬ってマジ主夫!」

 桜木さくらぎ家の料理担当、和馬が作るお弁当はいつも女子力が高い。ミニハンバーグ、から揚げも手作り。野菜も忘れない。ブロッコリーのソテーやピックに刺したミニトマトなど。白ご飯の上には星形にカットした海苔がのせてある。

 二人は時々、夜叉とお弁当のおかずを交換していた。

「やーちゃん! 彦田のデカしいたけほしくない!? からあげと交換してほしーなー」

「嫌いなもん押し付けるな! 家帰ってからワンちゃんに食べてもらいなよ」

「りゅうちゃん食べすぎだってドクターストップかかっちゃったよ」

 二人でやいのやいのと話しているが夜叉の反応がない。彦田は弁当箱を差し出しながら首をかしげた。

「やーちゃん?」

「交換じゃなくてそのまま持ってって……」

「え、ラッキー! じゃなくてどうしたの?」

「待って、やーちゃん顔色悪いよ?」

「なんか気持ち悪い……」

 夜叉は二人の間に弁当箱を差し出すと、そのまま突っ伏してしまった。それを放ってからあげをつまめるほど図太くない。彦田は席を立つと夜叉の背中に手を当てた。

「保健室行く?」

「昨日寒かったもんね……。疲れ出ちゃったかな」

 瑞恵も立ち上がると、夜叉はのろのろと椅子を引いた。

「ちょ……むり……トイレ……」

「わー! やーちゃん無理しないで! 一緒に行くから!」





 結局、夜叉は昼休み中トイレから出てこなかった。和馬に悪いから、と言われた二人は夜叉の弁当を平らげた。

 代わりに、夜叉がいつでも食べれるようにと購買でパンを買っておいた。

 昼休み後の授業は古典。担任でもある神崎かんざきが引き戸を引いた。

「せんせー! やーちゃんは……」

「桜木姉なら保健室だ。どうも体調が優れんらしい」

 やまめが問うと、神崎は教卓で出席簿を開いた。

「確かやーちゃんって親と離れて暮らしてるんですよね……」

「そう。だからしばらく寝かせとく」

「和馬を一緒に帰せば?」

「和馬は和馬だ。お世話係にさせるわけにはいかねぇ」

 彼は空気を一変させるよう、手をパンと叩いた。

「桜木姉が気になるのは分かるが……もうすぐ二学期の期末テストだ。頼むから赤点は出さないでくれ」

「それは先生の作るテスト次第です!」

「小学生でも分かるヤツにしてください!」

「枕草子を暗唱できたら50点ほしい!」

「おめーらは自分で頑張るつもりはねーのか! つかなんだよ、暗唱できたら加点って、勉強しろ」

 神崎は出席簿を勢いよく閉じた。





 阿修羅あしゅらは五限目が終わると保健室へすっ飛んでいった。他の誰にも追いつかれない速さで。

「やー様……!」

 保健室の前で急ブレーキをかけると、珊瑚色のツインテールが空中で動きをとめた。ように先客には見えただろう。

 髪をまとめた白いリボンを整え、先客に向かって頭を下げた。

「あ、あーちゃん。お見舞いに来てくれたの?」

 和馬だ。彼はベッドサイドの椅子の上で肩を丸めていた。

 姉が心配で様子を見に来たのだろう。夜叉の手を両手で包み込んでいる。

 ベッドの上の夜叉は青白い顔色で眉を寄せていた。時々うなっては身じろぎをする。

「和馬さん……。やー様は……」

「うん、急にトイレに閉じこもったんだってね……。俺の弁当のせいかと思ったけど、どうやら違うみたいだね」

「えぇ。昼休み前に急に顔色が悪くなりました。その時に保健室へ連れ出したかったのですが、聞き入れてくださらなくて。昼休みは用事があっておそばにいられなかったのです……」

 戯人族ぎじんぞくと連絡を取り合っていたせいだ。ある二人が帰ってきたことで、戯人族ぎじんぞくではちょっとした騒ぎが起きている。

「そっか。さくらのこと、いつも見てくれてありがとね」

「いえ、当然のことです」

「どうしちゃったんだろうね……。昨日帰ってきてからちょっと変だったんだ。朝来あさき君が送り届けてくれたんだけど、それからずっと。妙にぼーっとしちゃってさ」

 影内かげうち朝来。その名前に阿修羅の耳がピクッと痙攣する。

「一緒にいたのですか……?」

「そうみたい。すっごく遅くに帰ってきたよ。何をしてたのか聞いても目すら合わせてくれなかった。あの二人、いい感じだと思ってたけどケンカしちゃったのかもしれないね」

 そうであったらどれだけいいことか。朝来のことを見つめる夜叉の瞳は、見ていられないほど甘くとろける時がある。

 その瞳に阿修羅が嫉妬の炎を燃え滾らせているなんて、微塵も知らないだろう。

(これも伝えておくか……。一応……)

 阿修羅は自分と同じ髪色を持った、薄着の女のことを思い出していた。

 その後、和馬たちの両親が迎えに来て夜叉は早退した。次の日以降も起き上がれないほどの吐き気がある、とのことで欠席が続いた。










「冬休み中に病院行った?」

「あ、まぁ……」

「おい弟! お姉ちゃんのことだろ!」

 和馬は両サイドを女子に挟まれて校舎に向かっていた。周りの男子から羨望の眼差しを向けられているが、手放しで喜べる状況ではない。

 夜叉の詳細はまだ話せない。たとえ彼女の親友である二人でも。

 家で過ごす姉の姿を思い出しながら鼻をかいた。

「皆さん、おはようございます」

「あ。あーちゃ……あーちゃん!?」

 新しい声の登場に三人で振り向く。

 声の主は珊瑚色の短髪を揺らして頭を上げた。

「髪切っちゃったの!?」

「はい」

 冬休み前の彼女は長い髪を耳の下でまとめていた。白いリボンをぴょこぴょこ揺らしながら歩くのがトレードマークだった。

「失恋したら切るものだと聞いたので」

「失恋!? 彼氏いたの!?」

「そんなことだと思ってください」

 えんじ色のコートの襟を寄せた彼女は、”早く教室へ行きましょう”と三人のことを急かした。
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