たとえこの恋が世界を滅ぼしても7(完結)

堂宮ツキ乃

文字の大きさ
1 / 18

しおりを挟む
「じゃあ行ってくるね」

 和馬かずまは姉の部屋に声を残し、制服の上からコートを羽織った。

 去年、両親が買ってくれたグレーのコート。張り切ってブランド品を買おうとした両親を姉と共に止めたのが懐かしい。

 そんな姉、夜叉やしゃのブラウンのコートはウォークインクローゼットに掛けられたまま。

 彼女がそれを羽織り、二人で登校する日が来るのは来年だろうか。

 一人になってしまった登校は思いのほか寂しい。





「あけおめー!」

「ことよろー!」

 通り過ぎたスクールバスから姉の友だちが下りてきた。彼女たちは和馬に向かって大きく手を振る。

「あけましておめでとう。今年もよろしくね。みーちゃん、彦ちゃん」

 和馬は二人を見下ろすとはにかんだ。しかし、二人は彼の背後をのぞきこんだりきょろきょろと見回している。

「あれ、やーちゃんは?」

「冬休みの宿題が終わってなくて先に行った?」

彦田ひこたじゃないんだから……」

 瑞恵みずえが呆れた様子でジト目になる。おそらく彦田はバスの中で瑞恵の宿題を写していたのだろう。長期休暇後の恒例行事だ。

 和馬は胸にチクン、とした痛みをおぼえながら眉を下げた。

「……あれから体調が悪くて。まだ登校できそうにないんだ」

「えー!? やーちゃんにも宿題移すの手伝っt……会えるの楽しみにしてたのに!?」

 心の声がこぼれていたが、彦田の眉はかつてないほど垂れ下がっていた。瑞恵も同じように肩を落としている。

「急に体調悪くなってたよね……」

「う、うん……」

 和馬は視線が高いのをいいことに目をそらす。背中に嫌な汗が伝うのを感じていた。










 冬休み前。12月に入った頃のこと。あれは夜叉が他校のイケメンとデートしているのを皆で尾行けた週明けだった。

 彦田と瑞恵はいつものように夜叉と昼食を囲んでいた。三人の机をくっつけ、夜叉のお弁当を覗き込む。

「今日も彩り豊かなお弁当よねー。和馬ってマジ主夫!」

 桜木さくらぎ家の料理担当、和馬が作るお弁当はいつも女子力が高い。ミニハンバーグ、から揚げも手作り。野菜も忘れない。ブロッコリーのソテーやピックに刺したミニトマトなど。白ご飯の上には星形にカットした海苔がのせてある。

 二人は時々、夜叉とお弁当のおかずを交換していた。

「やーちゃん! 彦田のデカしいたけほしくない!? からあげと交換してほしーなー」

「嫌いなもん押し付けるな! 家帰ってからワンちゃんに食べてもらいなよ」

「りゅうちゃん食べすぎだってドクターストップかかっちゃったよ」

 二人でやいのやいのと話しているが夜叉の反応がない。彦田は弁当箱を差し出しながら首をかしげた。

「やーちゃん?」

「交換じゃなくてそのまま持ってって……」

「え、ラッキー! じゃなくてどうしたの?」

「待って、やーちゃん顔色悪いよ?」

「なんか気持ち悪い……」

 夜叉は二人の間に弁当箱を差し出すと、そのまま突っ伏してしまった。それを放ってからあげをつまめるほど図太くない。彦田は席を立つと夜叉の背中に手を当てた。

「保健室行く?」

「昨日寒かったもんね……。疲れ出ちゃったかな」

 瑞恵も立ち上がると、夜叉はのろのろと椅子を引いた。

「ちょ……むり……トイレ……」

「わー! やーちゃん無理しないで! 一緒に行くから!」





 結局、夜叉は昼休み中トイレから出てこなかった。和馬に悪いから、と言われた二人は夜叉の弁当を平らげた。

 代わりに、夜叉がいつでも食べれるようにと購買でパンを買っておいた。

 昼休み後の授業は古典。担任でもある神崎かんざきが引き戸を引いた。

「せんせー! やーちゃんは……」

「桜木姉なら保健室だ。どうも体調が優れんらしい」

 やまめが問うと、神崎は教卓で出席簿を開いた。

「確かやーちゃんって親と離れて暮らしてるんですよね……」

「そう。だからしばらく寝かせとく」

「和馬を一緒に帰せば?」

「和馬は和馬だ。お世話係にさせるわけにはいかねぇ」

 彼は空気を一変させるよう、手をパンと叩いた。

「桜木姉が気になるのは分かるが……もうすぐ二学期の期末テストだ。頼むから赤点は出さないでくれ」

「それは先生の作るテスト次第です!」

「小学生でも分かるヤツにしてください!」

「枕草子を暗唱できたら50点ほしい!」

「おめーらは自分で頑張るつもりはねーのか! つかなんだよ、暗唱できたら加点って、勉強しろ」

 神崎は出席簿を勢いよく閉じた。





 阿修羅あしゅらは五限目が終わると保健室へすっ飛んでいった。他の誰にも追いつかれない速さで。

「やー様……!」

 保健室の前で急ブレーキをかけると、珊瑚色のツインテールが空中で動きをとめた。ように先客には見えただろう。

 髪をまとめた白いリボンを整え、先客に向かって頭を下げた。

「あ、あーちゃん。お見舞いに来てくれたの?」

 和馬だ。彼はベッドサイドの椅子の上で肩を丸めていた。

 姉が心配で様子を見に来たのだろう。夜叉の手を両手で包み込んでいる。

 ベッドの上の夜叉は青白い顔色で眉を寄せていた。時々うなっては身じろぎをする。

「和馬さん……。やー様は……」

「うん、急にトイレに閉じこもったんだってね……。俺の弁当のせいかと思ったけど、どうやら違うみたいだね」

「えぇ。昼休み前に急に顔色が悪くなりました。その時に保健室へ連れ出したかったのですが、聞き入れてくださらなくて。昼休みは用事があっておそばにいられなかったのです……」

 戯人族ぎじんぞくと連絡を取り合っていたせいだ。ある二人が帰ってきたことで、戯人族ぎじんぞくではちょっとした騒ぎが起きている。

「そっか。さくらのこと、いつも見てくれてありがとね」

「いえ、当然のことです」

「どうしちゃったんだろうね……。昨日帰ってきてからちょっと変だったんだ。朝来あさき君が送り届けてくれたんだけど、それからずっと。妙にぼーっとしちゃってさ」

 影内かげうち朝来。その名前に阿修羅の耳がピクッと痙攣する。

「一緒にいたのですか……?」

「そうみたい。すっごく遅くに帰ってきたよ。何をしてたのか聞いても目すら合わせてくれなかった。あの二人、いい感じだと思ってたけどケンカしちゃったのかもしれないね」

 そうであったらどれだけいいことか。朝来のことを見つめる夜叉の瞳は、見ていられないほど甘くとろける時がある。

 その瞳に阿修羅が嫉妬の炎を燃え滾らせているなんて、微塵も知らないだろう。

(これも伝えておくか……。一応……)

 阿修羅は自分と同じ髪色を持った、薄着の女のことを思い出していた。

 その後、和馬たちの両親が迎えに来て夜叉は早退した。次の日以降も起き上がれないほどの吐き気がある、とのことで欠席が続いた。










「冬休み中に病院行った?」

「あ、まぁ……」

「おい弟! お姉ちゃんのことだろ!」

 和馬は両サイドを女子に挟まれて校舎に向かっていた。周りの男子から羨望の眼差しを向けられているが、手放しで喜べる状況ではない。

 夜叉の詳細はまだ話せない。たとえ彼女の親友である二人でも。

 家で過ごす姉の姿を思い出しながら鼻をかいた。

「皆さん、おはようございます」

「あ。あーちゃ……あーちゃん!?」

 新しい声の登場に三人で振り向く。

 声の主は珊瑚色の短髪を揺らして頭を上げた。

「髪切っちゃったの!?」

「はい」

 冬休み前の彼女は長い髪を耳の下でまとめていた。白いリボンをぴょこぴょこ揺らしながら歩くのがトレードマークだった。

「失恋したら切るものだと聞いたので」

「失恋!? 彼氏いたの!?」

「そんなことだと思ってください」

 えんじ色のコートの襟を寄せた彼女は、”早く教室へ行きましょう”と三人のことを急かした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私の作るおにぎりが、騎士団の士気を異常に上げています(犯人は副団長)

星乃和花
恋愛
おにぎりを配っただけで、騎士団の士気が異常値になりました。 団長は警戒、監察部は呪術検査、国まで動きかけるのに――副団長だけが平然と断言。 副団長「彼女のご飯は軍事物資です」 私「えっ重い」 胃袋で落ちた策略家副団長の“最適化溺愛”に巻き込まれ、気づけば専属補給係(=婚約)寸前!? ほのぼの爆笑&甘々の騎士団ラブコメです。 (月水金21:00更新ー本編16話+後日談6話)

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

冷遇妃ライフを満喫するはずが、皇帝陛下の溺愛ルートに捕まりました!?

由香
恋愛
冷遇妃として後宮の片隅で静かに暮らすはずだった翠鈴。 皇帝に呼ばれない日々は、むしろ自由で快適——そう思っていたのに。 ある夜、突然現れた皇帝に顎を掴まれ、深く口づけられる。 「誰が、お前を愛していないと言った」 守るための“冷遇”だったと明かされ、逃げ道を塞がれ、甘く囲われ、何度も唇を奪われて——。 これは冷遇妃のはずだった少女が、気づけば皇帝の唯一へと捕獲されてしまう甘く濃密な溺愛物語。

愛しいあなたは竜の番

さくたろう
恋愛
 前世で無惨に処刑された記憶を持つ少女フィオナは、今世では幼い頃から番である竜族の王に保護されて塔の中で大切に育てられていた。  16歳のある日、敵国の英雄ルイが塔を襲撃しにきたが、なんとフィオナは彼に一目惚れをしてしまう。フィオナを人質にするために外へと連れ出したルイも、次第に彼女に離れがたい想いを感じ始め徐々に惹かれていく。  竜人の番として育てられた少女が、竜を憎む青年と恋に落ちる物語。 ※小説家になろう様に公開したものを一部省略して投稿する予定です。 ※全58話、一気に更新します。ご了承ください。

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

女性が少ない世界に転生した控えめ伯爵令嬢、なぜか五人の婚約候補に選ばれて少しずつ恋を知っていきます

ノッポ
恋愛
女性が極端に少ない異世界に転生した私は、気づけば伯爵令嬢になっていた。 前世は日本で普通に生きていたせいか、貴族令嬢らしい強気な振る舞いがどうしても苦手。 社交界デビューを迎えても、「どうして私が選ばれるの?」と戸惑うばかりだった。 けれど今年デビューする高位令嬢はわずか三人。 家同士の思惑も重なり、騎士団長家の息子、宰相子息、魔術師団長の息子、幼なじみの侯爵子息、そして英雄騎士―― 五人の若きエリートとのお見合いが次々と始まってしまう。 遠慮がちで控えめな性格は、この世界では珍しく、気づけば少しずつ距離を縮めていく彼ら。 異世界での恋愛に戸惑う日々。けれど出会いを重ねるたびに、私は少しずつ変わっていく――。 女性希少世界で、自分の幸せを選べるようになるまでの逆ハーレム恋愛ファンタジー。

処理中です...