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1章
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銀色に輝く真っ白な髪はよく絹に例えられる。長いきれいな髪をなびかせながら彼女は、番組収録が終わったスタジオから楽屋に向かっていた。そばには白のミディアムヘアでシンプルなスーツを着た女性がスケジュール帳をめくっている。
「今日はこれでおしまい。お疲れ様、美百合」
「ありがと」
マネージャーである隣の彼女に小さくほほえみかけて再び前を向いた。
今をときめく若手シンガーソングライターとは彼女のこと。数多くの芸能人を見慣れているはずの番組関係者が、美百合とすれ違う度に視線を奪われたように見とれていた。
「お昼ご飯は何を食べようか? そこのモールのレストランに寄ってく?」
「それよりも行きたい場所があるでしょ」
「え。どこ?」
「ここの最上階のレストラン」
「うん行きたい」
「じゃあそうしましょ。相田光守が最近、食事をして写真を上げて人気らしいわね」
激しくうなずくマネージャー────摩睺羅伽は、スーツのポケットからスマホを取り出して美百合に見せつけた。
「そうなのこれ! サラダのドレッシングとかオムライスのデミグラスソースが独特でおいしいんだって。料理のメインの食材を添え役がどれほど引き立てているかで勝負してるお店だそうよ」
「そんなことだろうとは思っていたわ。私もたくさん歌ってお腹が空いたわ」
「じゃあちょっと早いけどランチにしますかー」
楽屋に戻って美百合は着替えてメイクを落とし、摩睺羅伽に軽くメイクを施してもらっているとドアをノックする音がした。
「誰だろ…どうぞー?」
「やぁやぁお疲れ様美百合ちゃん。今日もよかったよ~」
「ありがとうございます」
番組のプロデューサーだ。眼鏡で小太りの半袖ポロシャツを着た中年の男は、マネージャーには目もくれず美百合に近づいた。
「君の歌声は唯一無二だといつも思うよ。ねね、誰がトレーナーなんだい? いい加減教えてくれたっていいだろ? 最近の若手は君みたいになりたいのが多くてよく聞かれるんだよ~」
「そんなものはいないわ。全て私の実力だもの」
「まぁそう言わずにさ~。この後食事しながら君の素性について聞かせてもらいたいものだね。全てが謎に包まれた君だ、それを知ったら君のことを生かした番組作りができる────」
そう言いながらプロデューサーは段々といやらしく垂れ下がっていく目で、美百合のことを品定めするように頭のてっぺんから爪先までなめるように見下ろしていった。
鏡をまっすぐ見つめてほほえんでいるのだか無表情でいる美百合に手を伸ばすと、摩睺羅伽はムダ毛だらけの日に焼けた手を睨み付けて払いのけた。すると男は顔を真っ赤にして震えあがり、彼女に向かって怒鳴りつけた。
「何をする! 失礼だとは思わんか!」
「…あっ、申し訳ございません。蚊が飛んでいたもので。ウチの大事な美百合が蚊に刺されて肌を傷つけられたらたまったもんじゃありませんから。どうも大変失礼致しました」
それまで何も話さなかった摩睺羅伽はアルコールのティッシュを取り出して手をゴシゴシと拭き、近くのゴミ箱に投げ捨てた。
慇懃無礼にも見て取れる様子だが、静かに怒りの炎をゆらめかせるマネージャーに男は慄いたらしい。それも無理はない。彼女は美百合の前に立ちはだかって腕を組み、わずかにアゴを持ち上げていた。金色の瞳は刃にも見える鈍い光を放ち、今にも視線で男を突き刺そうとしているようだ。
マネージャーというよりシークレットサービスのような雰囲気をまとい始めた摩睺羅伽。そんな彼女の肩に手を置き、美百合は男に向かってわずかな角度だけ頭を下げた。
「せっかくのお誘いですけど彼女ともう約束してますの。予約時間も近づいてるから早く行かなきゃ」
「そ、そうか…それは悪かったね…またよろしく頼むよ…」
男は貼り付けた笑みを浮かべ汗を拭くふりをしながら慌てて部屋を出て行った。
肩の力を抜いた摩睺羅伽は低く息を吐き、ケッと小石を蹴るまねをした。
「あのセクハラプロデューサー野郎…番組に出させるからって地下アイドル食いしてるってもっぱら噂のクズが…」
「その噂とやらも真実の究明をしなきゃいけないわね────それよりもお腹が空いたわ」
摩睺羅伽の視線で守られた美百合はマイペースにつぶやき、"姫がお望みならば"と摩睺羅伽は美百合へのメイクを再開させた。
「今日はこれでおしまい。お疲れ様、美百合」
「ありがと」
マネージャーである隣の彼女に小さくほほえみかけて再び前を向いた。
今をときめく若手シンガーソングライターとは彼女のこと。数多くの芸能人を見慣れているはずの番組関係者が、美百合とすれ違う度に視線を奪われたように見とれていた。
「お昼ご飯は何を食べようか? そこのモールのレストランに寄ってく?」
「それよりも行きたい場所があるでしょ」
「え。どこ?」
「ここの最上階のレストラン」
「うん行きたい」
「じゃあそうしましょ。相田光守が最近、食事をして写真を上げて人気らしいわね」
激しくうなずくマネージャー────摩睺羅伽は、スーツのポケットからスマホを取り出して美百合に見せつけた。
「そうなのこれ! サラダのドレッシングとかオムライスのデミグラスソースが独特でおいしいんだって。料理のメインの食材を添え役がどれほど引き立てているかで勝負してるお店だそうよ」
「そんなことだろうとは思っていたわ。私もたくさん歌ってお腹が空いたわ」
「じゃあちょっと早いけどランチにしますかー」
楽屋に戻って美百合は着替えてメイクを落とし、摩睺羅伽に軽くメイクを施してもらっているとドアをノックする音がした。
「誰だろ…どうぞー?」
「やぁやぁお疲れ様美百合ちゃん。今日もよかったよ~」
「ありがとうございます」
番組のプロデューサーだ。眼鏡で小太りの半袖ポロシャツを着た中年の男は、マネージャーには目もくれず美百合に近づいた。
「君の歌声は唯一無二だといつも思うよ。ねね、誰がトレーナーなんだい? いい加減教えてくれたっていいだろ? 最近の若手は君みたいになりたいのが多くてよく聞かれるんだよ~」
「そんなものはいないわ。全て私の実力だもの」
「まぁそう言わずにさ~。この後食事しながら君の素性について聞かせてもらいたいものだね。全てが謎に包まれた君だ、それを知ったら君のことを生かした番組作りができる────」
そう言いながらプロデューサーは段々といやらしく垂れ下がっていく目で、美百合のことを品定めするように頭のてっぺんから爪先までなめるように見下ろしていった。
鏡をまっすぐ見つめてほほえんでいるのだか無表情でいる美百合に手を伸ばすと、摩睺羅伽はムダ毛だらけの日に焼けた手を睨み付けて払いのけた。すると男は顔を真っ赤にして震えあがり、彼女に向かって怒鳴りつけた。
「何をする! 失礼だとは思わんか!」
「…あっ、申し訳ございません。蚊が飛んでいたもので。ウチの大事な美百合が蚊に刺されて肌を傷つけられたらたまったもんじゃありませんから。どうも大変失礼致しました」
それまで何も話さなかった摩睺羅伽はアルコールのティッシュを取り出して手をゴシゴシと拭き、近くのゴミ箱に投げ捨てた。
慇懃無礼にも見て取れる様子だが、静かに怒りの炎をゆらめかせるマネージャーに男は慄いたらしい。それも無理はない。彼女は美百合の前に立ちはだかって腕を組み、わずかにアゴを持ち上げていた。金色の瞳は刃にも見える鈍い光を放ち、今にも視線で男を突き刺そうとしているようだ。
マネージャーというよりシークレットサービスのような雰囲気をまとい始めた摩睺羅伽。そんな彼女の肩に手を置き、美百合は男に向かってわずかな角度だけ頭を下げた。
「せっかくのお誘いですけど彼女ともう約束してますの。予約時間も近づいてるから早く行かなきゃ」
「そ、そうか…それは悪かったね…またよろしく頼むよ…」
男は貼り付けた笑みを浮かべ汗を拭くふりをしながら慌てて部屋を出て行った。
肩の力を抜いた摩睺羅伽は低く息を吐き、ケッと小石を蹴るまねをした。
「あのセクハラプロデューサー野郎…番組に出させるからって地下アイドル食いしてるってもっぱら噂のクズが…」
「その噂とやらも真実の究明をしなきゃいけないわね────それよりもお腹が空いたわ」
摩睺羅伽の視線で守られた美百合はマイペースにつぶやき、"姫がお望みならば"と摩睺羅伽は美百合へのメイクを再開させた。
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