たとえこの恋が世界を滅ぼしても4

堂宮ツキ乃

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2章

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 早瀬昴はやせすばるはバンドマンであり、路上ライブを行えば多くの女子に囲まれるそこそこ名の知れた高校生である。

 彼は授業後にバンドメンバーで集まってスタジオで練習することもあるが、この日は違った。

「いらっしゃい。ゆっくりしていってね」

「ありがとうございます!」

 この日は昴の自宅に集まった。3人は中学からの同級生で今は学校が違うが、高校生になった今でもよく会っているので昴の家族とは親交がある。昴の部屋に3人分の麦茶とお菓子が載ったトレーを置いていった彼の母親に、増田ますだとCKはそれぞれ頭を下げた。

 ドアが静かに閉まると、増田は先ほどと打って変わって険しい表情に変わった。

「今朝も連絡したけどこれはどういうことなん? ファンと個人的に連絡を取るのはご法度だって決めてただろ。お前が中心になって」

「本当に悪かった…」

 しゅんとして平謝りする昴に、増田は呆れたようなため息をついてそっぽを向いた。彼はTw〇tterを開き、自分たちのバンドの公式アカウントの止まらない通知を見て眉間のシワをつまんだ。

「どうすんだよこれ…大炎上じゃねーか。お前が軽はずみにファンと個人的に会うから…。昨日から誹謗中傷の返信が止まらん。裏切られたとかグッズは全部捨てたとか、ファンなんかやめるって人も多い。俺たちの活動はファンあってこそのものだぞ? これからどうすんだよ!」

 声を荒げた増田はスマホを握り締め、いつもより小さく見える昴をにらみつけた。いつもチャラチャラヘラヘラしている男だが、ここまで落ち込んでいるのは初めて見た。

 よく女の子に口説き文句まがいのことをささやくがその相手は不特定多数。彼のその性質をファンは知っているので今まで炎上することはなかった。

 増田は公式アカウントの最新ツイートに連なった数多くの返信を改めて眺めた。もう応援するつもりはない、ブロックしますさようなら、ファンと付き合わないって言ってたくせに、以外にも人前では声に出せないような刃を仕向けてくる返信が多い。中には今までのグッズを引きちぎったりゴミ箱へ投げ入れる動画をわざわざ撮影して送ってくる人もいた。

「早く謝罪文を出したいから今日は急遽集まることにした。なんなら謝罪動画を撮ってもいい。…どちみちしばらくはファンの前には出れんな。ファンが集まるかも分からないし」

 増田が力なくうなだれると、それまで無言だったCKが静かに口を開いた。彼は怒るでもなく焦るでもなく、表情を動かさずに腕を組んだ。

「昴。お前が理由なく女子と2人っきりで会うとは思えない。何があった?」

「────実は、彼女には新曲のモデルになってもらおうと思って取材していたんだ。夏の富橋とみはし公園のライブの時に頼んだ。…2人に相談なく会いに行った俺が悪かった、ごめん」

 未だあぐらをかいてうつむく昴に、CKは”あの時の…”と心当たりがあるようにわずかだが眉を上げた。

「やっぱり。あの盗撮写真の女子には見覚えがあったんだ」

「なんだCK。知り合いか?」

「いいや、ファンとの交流タイムで昴が固まった時に話していたのがこの女子だった」

「言われてみれば確かにそうだな…」

 増田の怒りが薄れてきたのをCKは感じ取ると、昴の肩に手を置いた。

「この女子も今はもしかしたら、最悪特定されて俺たちよりひどい目に遭ってるかもしれない。俺たちはファンを守らなきゃいけない。どうする、リーダー」

「謝罪も大事だけど早く誤解を解かないと…」

 昴の声がハリを取り戻してきた。暗く沈みかけていた瞳に焦りが生まれ、上げた顔は何かを決意したようにキリッと凛々しくなった。

「俺、奈々ななちゃんに会ってくる!」

「はぁ!? 誰だよそれ…って例の女子!?」

「まずは彼女の安全を確かめたい。2人は適当に帰ってて!」

「連絡先知ってんなら普通にここで…ダメだ、もう行っちまいやがった」

 部屋を飛び出た昴を止めようとしたが彼の足の速さにはかなわない。増田は頭をかいてその場に座り直した。

「バカだな…なんでこういう時にポンコツになるんだよ…」

「恋だな」

「は?」

 先ほどまでぎすぎすした雰囲気だったのに増田は拍子抜けして頬を引くつかせた。相変わらず態度も表情も変えないCKは麦茶を片手に目を閉じる。

「曲をつくる熱意に浮かされているのさ、恋みたいに」

「CKって時々昴より詩人だよな…」
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