桜嵐~古今東西人外異聞録~

堂宮ツキ乃

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男装神主と口裂け女

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 山の向こうでは夕日が沈みかけている。夕方になって空気が一層冷えた。

 七宝村の山の木々は青々としているものが多い。矢羽根村ではほとんどの木が赤や黄、橙に染まっていたのに。

 なだらかな山の斜面に沿い、空飛ぶ牛車の影が流れていく。

「常緑樹、と言うんだよ。どの季節でも葉が青いままなんだ」

 真緑の表面を指さすサスケに菊光が答えた。菊光はそばに刀をたてかけ、羽織の袖に腕をしまっている。

「へー! 不死の植物みたいっスね!」

「ん? そうだな……」

 サスケの独特な表現に、菊光は曖昧にほほえんだ。

 山の麓から離れ、開けた場所に子どもたちが遊んでいるのが見えた。秋のひんやりとした空気をものともせず、裾が短い着物で駆け回っている。

 彼らは毬のようなものを追いかけたり蹴ったりして遊んでいるようだ。頬が上気しており、かなり夢中になっているらしい。

 その周りには木で作られた家がいくつも建てられていた。濃い茶色の家、白木の家。今までの村では見たことがない造りだ。

 小紅は牛車の縁に肘をつき、村を見渡していた。

「可愛いお家だね」

「洒落てるなー」

「お前らも将来建てたらいいだろ」

「へぇっ!?」

 小紅が高い声を上げて肘を滑らせたが、征司が腕を掴んで席に座らせた。

「ありがと……」

「小紅、一足先には行かせねーぞ。村には」

「嫁にも、ってか?」

「京弥……!」

「着きますよ」

 小紅が京弥の腕を叩こうとしたら、泰親の声で動きを止めた。

 牛車は滑らかに地上に降り立ち、牛が一声鳴いた。その声に気づいたのか、遊んでいた子どもたちが毬を放り出した。

「うわー! なんだこれ!?」

「牛が飛んできた!」

「この人髪なっが!」

 少年少女関係なく興奮しているようだ。目を輝かせ、牛車や神牛や泰親を囲んでいる。彼らの声が届いたのか、家からは彼らの親と思しき若者が出てきた。

「おー。七宝村の子どもたちは元気だな!」

「お兄ちゃんたちはどこから来たの?」

「神様の使いみたい……」

 屋形から下りた征司たちもたちまち囲まれた。征司は駆け寄ってきた子どもの頭をなでたり、手を合わせている。

「俺たちは矢羽根村から来たんだ。この村の神主殿に呼ばれたんだけど……。神社はどこだ?」

「村の中心地にあるよ。この道を行けばすぐだよ」

 赤ん坊を抱えた女が答えた。彼女の足元には小さな少女が巻き付いている。親子らしい。

「それでは私はこれで。また迎えに来ます」

「ありがとな、泰親。せーめーさんによろしく」

 泰親は神牛の手綱を握った。征司が手を振ると、彼はうなずいてあっという間に飛び立ってしまった。子どもたちが屋形に乗り込もうとしたのはサスケが止めた。抱え下ろした子どもにぽこすか叩かれながら。

「ダメっスよ! 危ないっス!」

「お前だってさっき乗ってただろー!」

「子どもにはまだ早いっス!」

「お前も小さいじゃん!

「何をー!?」

 逆上したサスケは菊光が止め、一行はその場を後にした。





 神社までの道は子どもたちが着いてきた。神社まで案内する、とのことらしい。その割には一行のことを忘れた様子できゃーきゃー走り回っている。

 道中、いくつかの家の前を通った。にぎやかな声につられたのか、時折住人が顔をのぞかせた。彼らは年若く、鹿子村とは反対に若者や子どもが多い。

 彼らに会釈したり挨拶をしている内に鳥居が見えてきた。

 周りには田んぼや畑が広がっている。稲刈りをしたばかりなのか、稲の束を物干し竿に掛けている。畑には葉物が整列して植えられている。

 何が植わっているのか観察しようとしたら、子どもたちが声を上げた。

「ここだよ!」

 子どもたちは新しい遊び場を見つけたように騒がしく鳥居をくぐった。征司たちはその後に続いたが、子どもたちは鳥居の前で丁寧に礼をした。

「ユズカ様ー!」

「こんちわー!」

「お、いらっしゃい」

 子どもたちが駆けて行った先には、深緑色の袴をつけた者がいた。境内で雑草むしりをしていたのか、そばには草が積まれた竹籠がある。

 神主は橙色の長い髪を後ろでまとめ、子どもたちの頭を順番になでている。かなりの長身のようで、子どもと接するために腰を折っていた。

「お客さんだよ! 五人もいる」

「お客さん……? 五人……?」

 子どもたちが口々に説明しようとしたので、征司は神主に近寄った。

「こんにちはー。せーめーさんの使いで来ましたぁ~」

 振り向いた神主は端正な顔立ちで征司のことを見下ろした。近づいて分かったが、一行で一番の長身である京弥よりも身長が高い。

「君たちが忠之殿の?」

「はい。お手伝いに参りました!」

 一行で挨拶をすると神主はほほえんだ。橙色の前髪を払い、目を細める。

「ありがとう、助かるよ。今年は建て替えるから人手が欲しかったんだ」

「かっこいい……」

「小紅?」

 征司の怪訝な様子に構わず、小紅は手を組んだ。その頬は名前のように染まっている。

「神主様、すごくかっこいいですね……!」

「そ、そうか?」

 神主は苦笑いをしているが、小紅の目の輝きは増すばかり。

 神主の恥ずかしそうに前髪をいじる指は意外にも華奢だ。瞳は袴と同じ濃い緑で、細長い木の実を横に向けたような綺麗な形をしている。

「小紅が初対面の男の人に心を開くなんて珍しいな……」

「そうっスね!」

 一行にまじまじと見つめられ、居心地が悪くなったらしい。神主は後ろ手で頭をかいた。視線は地面に落ちている。

「あー……。実を言うと私は女なんだ」

「え? 女の人!?」

 言われてよく見れば、端正な顔立ちの中に女性らしい柔らかさがある。袖からのぞく腕は白く、爪も綺麗な形をしている。

「そうか……。どうりで声が麗しいわけだ」

 女と分かった瞬間に京弥の目つきが変わった。征司と小紅を横に押しやると、神主の手を取った。

「俺は京弥、17歳です。神社の建て直しということだが……全力でやらせていただくよ」

「私はユズカだ。よろしく頼む」

 神主────ユズカは、京弥の手をぎこちなく握り返した。

「この子が何やら物申したいようだぞ」

 菊光はそんな二人の間に割り入った。両腕で少女を抱えながら。

 その少女は京弥の腕をぺちっと叩いた。

「ユズカ様は手をケガしてるの」

「そうなのか?」

「大したことはない」

 京弥が手を優しく見つめていると、ユズカはその手から逃れた。菊光から少女を抱き上げると、目線を合わせてほほえんだ。

「心配してくれてありがとう。この通り、もう抱っこできるぞ?」

「やったー!」

 少女を高い高いして喜ばせ、ユズカは一行のことを見渡した。

「そちらにも異性装の者がいるのだな」

「ん? 京弥は女みてぇだけどれっきとした男ですよ」

 征司が京弥の肩に手を置いた。京弥は肩をすくめて見せた。

「あぁ、彼ではなく……」

「オレも男っス。よく間違えられるっス」

「そうか。こんなに可愛くてはな」

「ユズカ殿に言われると照れるっスね……」

 手持ち無沙汰になったらしい菊光は背を向けている。境内で遊ぶ子どもたちを眺めているようだ。

 ユズカは少女を下ろすと”そろそろお帰り。晩御飯が待ってるだろう”と背を押した。

 一目散に駆けていった少女の背中を見送ると、ユズカは背筋を伸ばした。

「ここで話すのもなんだし、社務所の方へおいで」
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