2 / 20
1章
2
しおりを挟む
新学期が始まってから早3週間。
冬期休暇は夏季休暇のように長くなく、ざっと2週間ほど。だから休み癖はついていない。
麓は小さくあくびをした口を手で覆い、ため息をついた。
廊下を霞と歩きながら、外の景色を見やった。
そこは葉がない木が生えただけの雰囲気が広がっている────と言いたいところだが。
「大雪なんて珍しいね」
「えぇ。真っ白ですね」
一面、雪に覆われ、雪国と見間違えそうな銀世界が広がっている。
ここ富橋は、雪がちらつくことはあってもずっしりと積もることは滅多にない。それは麓も霞も経験で知っていた。
「これは毎日雪合戦し放題じゃん。変だなぁ…」
「本当ですよね…あ」
「どうかした? 何か思い出したことでも」
「いえ、大したことではないのですが。天気って精霊が操っているじゃないですか。だったらこのおかしな大雪も意図的に降らしているのでは────」
「意図的に、ねぇ…。これは予報を無視しただけのかわいい悪戯じゃなさそうだ」
霞があごに手を当てた瞬間、麓は自分の体がフラリと揺れた気がした。
(あれ…めまいかな?)
頭に片手を当てた時だった。今度は確かな揺れを感じ、左右の窓と教室の引き戸からガタガタという音が響いた。
「麓ちゃん!」
先を歩いていたはずの霞が振り向き、抱きすくめた。その表情はいつものふざけたものではない。シリアス成分が含まれた、緊張感が走るものだった。
麓は声を上げることができずに両目をぎゅっと閉じた。覚えているのは近すぎて高く感じる霞の体温。自分のめまいでなく揺れている地面。そして体全体で守られている安心感。
「麓ちゃん?」
おずおずと声を掛けられ、心配そうにこちらを見つめる霞がいた。いつの間にか廊下の隅で2人そろって、座り込んでしまっていた。どうやら霞は麓を守ろうとしてくれたらしい。
「ありがとうございます。けっこう揺れましたね」
「あぁ。びっくりしたー…」
霞は麓の手を取って立たせ、息を吐いた。
「いきなりごめん、大げさなことしちゃったよ」
霞はいつものように頬をゆるめ、窓の外に目をやった。その瞳が映すのは、灰色の雲に覆われた空。
「おかしい…嫌な感じがする…」
今日の彼はいつもと一味違った。ふざけてないどころか、真面目につぶやいた。
いつもは麓に関することではおちゃらけている霞が、あんな態度を取ったせいだろうか。あの後は日中に二度も、小さい地震が起きた。
1人で寝ている間に揺れたら怖い。ということで麓は夕食後に寮長に、同じ部屋で寝てもいいかと頼んだ。
「もちろんよいですよ。確かに怖いですもの」
彼女は皿を運びながらうなずいた。近くで扇が真面目な顔をして麓の手を取った。
「寮長の部屋じゃなくて俺の部屋に来ないか?」
すぐ隣で焔が扇の腕を引く。
「何言ってんですかあんたは。すぐそうやってキケンなことを言って」
「何お母さんみたいなことを言ってんだよ。それに”キケン”とかカタカナ変換しているヤツの方がアブナいこと考えてんだろ」
扇が蔑んだ視線を投げると、焔は髪色のように顔を真っ赤にさせて首をブンブンと振った。
「あるか! 俺はあんたじゃないんですよ!」
「どーだか…」
「扇さんには言われたくない!」
焔は必死に抗議。手を握られたままの麓は、困惑気味に固まっていた。
「ったく…俺と麓ちゃんの逢瀬の約束を邪魔すんじゃないよ赤髪が。じゃっ、今から行こっか」
「私、”はい”なんて言ってないんですけど…!」
「いいや、心の中で言ったでしょ」
「おい、扇」
そこで響いた、低く落ち着いた声。それはずっと黙っていた凪の声だった。
その一言だけでも、麓の胸はっ切なく締め付けられる。実際にそうなったわけではないのに、苦しみを取り除こうとして胸元に手を当てた。
「嫌がってんだからやめとけよ」
凪はそれだけ言うと立ち上がり、2階へ続く階段を上った。
しばしの沈黙の後、霞がぽつりとつぶやく。
「…それだけ?」
「変ですね。あの人がたったのあれだけしか注意しないなんて。いつもだったら”教師と生徒の境界線をわきまえろやセクハラ教師!”…とか言うのに」
「ごめんね、麓ちゃん。半分は冗談だよ」
あまり安心できない言葉だが、扇は手を開放した。麓は凪が消えた方向を悲し気な表情で見つめていた。
凪は以前にも増して口数が少なくなったように思う。麓自身、彼と口を聞くことが随分減った。
冬期休暇は夏季休暇のように長くなく、ざっと2週間ほど。だから休み癖はついていない。
麓は小さくあくびをした口を手で覆い、ため息をついた。
廊下を霞と歩きながら、外の景色を見やった。
そこは葉がない木が生えただけの雰囲気が広がっている────と言いたいところだが。
「大雪なんて珍しいね」
「えぇ。真っ白ですね」
一面、雪に覆われ、雪国と見間違えそうな銀世界が広がっている。
ここ富橋は、雪がちらつくことはあってもずっしりと積もることは滅多にない。それは麓も霞も経験で知っていた。
「これは毎日雪合戦し放題じゃん。変だなぁ…」
「本当ですよね…あ」
「どうかした? 何か思い出したことでも」
「いえ、大したことではないのですが。天気って精霊が操っているじゃないですか。だったらこのおかしな大雪も意図的に降らしているのでは────」
「意図的に、ねぇ…。これは予報を無視しただけのかわいい悪戯じゃなさそうだ」
霞があごに手を当てた瞬間、麓は自分の体がフラリと揺れた気がした。
(あれ…めまいかな?)
頭に片手を当てた時だった。今度は確かな揺れを感じ、左右の窓と教室の引き戸からガタガタという音が響いた。
「麓ちゃん!」
先を歩いていたはずの霞が振り向き、抱きすくめた。その表情はいつものふざけたものではない。シリアス成分が含まれた、緊張感が走るものだった。
麓は声を上げることができずに両目をぎゅっと閉じた。覚えているのは近すぎて高く感じる霞の体温。自分のめまいでなく揺れている地面。そして体全体で守られている安心感。
「麓ちゃん?」
おずおずと声を掛けられ、心配そうにこちらを見つめる霞がいた。いつの間にか廊下の隅で2人そろって、座り込んでしまっていた。どうやら霞は麓を守ろうとしてくれたらしい。
「ありがとうございます。けっこう揺れましたね」
「あぁ。びっくりしたー…」
霞は麓の手を取って立たせ、息を吐いた。
「いきなりごめん、大げさなことしちゃったよ」
霞はいつものように頬をゆるめ、窓の外に目をやった。その瞳が映すのは、灰色の雲に覆われた空。
「おかしい…嫌な感じがする…」
今日の彼はいつもと一味違った。ふざけてないどころか、真面目につぶやいた。
いつもは麓に関することではおちゃらけている霞が、あんな態度を取ったせいだろうか。あの後は日中に二度も、小さい地震が起きた。
1人で寝ている間に揺れたら怖い。ということで麓は夕食後に寮長に、同じ部屋で寝てもいいかと頼んだ。
「もちろんよいですよ。確かに怖いですもの」
彼女は皿を運びながらうなずいた。近くで扇が真面目な顔をして麓の手を取った。
「寮長の部屋じゃなくて俺の部屋に来ないか?」
すぐ隣で焔が扇の腕を引く。
「何言ってんですかあんたは。すぐそうやってキケンなことを言って」
「何お母さんみたいなことを言ってんだよ。それに”キケン”とかカタカナ変換しているヤツの方がアブナいこと考えてんだろ」
扇が蔑んだ視線を投げると、焔は髪色のように顔を真っ赤にさせて首をブンブンと振った。
「あるか! 俺はあんたじゃないんですよ!」
「どーだか…」
「扇さんには言われたくない!」
焔は必死に抗議。手を握られたままの麓は、困惑気味に固まっていた。
「ったく…俺と麓ちゃんの逢瀬の約束を邪魔すんじゃないよ赤髪が。じゃっ、今から行こっか」
「私、”はい”なんて言ってないんですけど…!」
「いいや、心の中で言ったでしょ」
「おい、扇」
そこで響いた、低く落ち着いた声。それはずっと黙っていた凪の声だった。
その一言だけでも、麓の胸はっ切なく締め付けられる。実際にそうなったわけではないのに、苦しみを取り除こうとして胸元に手を当てた。
「嫌がってんだからやめとけよ」
凪はそれだけ言うと立ち上がり、2階へ続く階段を上った。
しばしの沈黙の後、霞がぽつりとつぶやく。
「…それだけ?」
「変ですね。あの人がたったのあれだけしか注意しないなんて。いつもだったら”教師と生徒の境界線をわきまえろやセクハラ教師!”…とか言うのに」
「ごめんね、麓ちゃん。半分は冗談だよ」
あまり安心できない言葉だが、扇は手を開放した。麓は凪が消えた方向を悲し気な表情で見つめていた。
凪は以前にも増して口数が少なくなったように思う。麓自身、彼と口を聞くことが随分減った。
0
あなたにおすすめの小説
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました
cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。
そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。
双子の妹、澪に縁談を押し付ける。
両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。
「はじめまして」
そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。
なんてカッコイイ人なの……。
戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。
「澪、キミを探していたんだ」
「キミ以外はいらない」
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる