Eternal Dear7

堂宮ツキ乃

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4章

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 帰りのホームルームが終わると、生徒たちはまばらに帰り始める。

 ある者は連れ立って、ある者は部活へ。

 その中に当然、麓もいるわけで。彼女はバッグに教科書やノートをしまっていた。今日あった授業の中で復習が必要な教科や、明日予習が必要な教科など。

 先に帰る支度ができた嵐は、麓の席の横に来た。

「麓ー。帰ろー」

「うん。ちょっと待ってて」

 光は霞についていった。職員室で勉強をしているのだろう。光は文系が苦手で、霞によく熱心に教わりに行っている。



 寮に戻ってきた麓は、自室で宿題をしていた。

 教科書の問いをノートに書き写し、それを解いていく。しかし途中で手をとめ、ため息をついた。

 早めに帰ってきて取り組んでいたのに、大して進んでいない。よっぽど集中できていないのだろう。

(こんなんじゃダメなのに。考え事してたらいけない…)

 気を取り直して再びシャーペンを手に取ると、ドアをノックする音が聴こえた。

 返事をするとドアが開き、扇が顔をのぞかせた。

「麓ちゃんやっほー。遊びに来たよ」

「扇さん」

 実は心の中でひそかに、ドアの向こうにいるのが凪であることを期待していた。しかし、そんなことは口が裂けても言えない。

 がっかり気味なのを隠し、微笑で上書きした。

「そうだよ。君の様子が気になってね」

「様子?」

「宿題やってるかなーって。ま、しっかり者の麓ちゃんならやってると思ってたよ」

 扇は気づかなかったようで、いつも通りの笑顔で麓の近くへ寄った。

 片手は机の上におき、開かれた教科書とを見下ろした。

「ふーん…理科?」

「はい。今は化学をやっています。────その前に…」

「ん?」

「私の部屋には入らないって、凪さんがおっしゃっていましたよね…?」

 思い出すのはここに来て初めての定期テストのこと。教師である扇と霞が自ら、麓に勉強の手ほどきをすると申し出たが、凪により麓の部屋に入ることは禁止となった。この、よからぬことを考えている2人だけは。

 扇はそんなこともあったっけ、というような顔をしてすぐにへらっと笑った。

「別によくねー? 最近の凪はそういうこと言わなくなったしさ。もう諦めたんじゃない? コイツら何言っても聞かねーからもう知らね。的な」

 最近の凪。その言葉だけで、重ね乗せた上辺だけの笑顔は剥がれ落ちてしまう。頬が強張ってきたのが自分でも分かる。咄嗟に顔をわずかに伏せたからか、扇は妙な間を空けて話し始めた。

「前の不愛想とは明らかに違う市ね。話しかけてもおとなし過ぎるというか。元の口数もそんなに多くはないけどさ。何があったか知らないけどああいう態度は失礼! 仮面をかぶってでも何でもないように答えろや…」

 それは凪に向けているのだろうが、麓自身にも響いてくる。扇は叱っているようだが、表情は寂しそうだった。

 ”最近の凪”だけじゃなく、”最近の麓”も妙だとよく言われる。

 自分の気分で周りへの態度は変えないべきだ。余計な心配と迷惑をかけてしまう。…というのを、今この瞬間に学んだ。

「そうですよね。気を付けなきゃダメですよね」

 麓がうんうんとうなずいた拍子に、頬に熱いものが伝わった。

 それがなんなのか悟る前に、扇の手がそれを拭い去っていた。

「なんで麓ちゃんが泣くの?」

 彼にそう優しく声をかけられると、一度流れ出した涙は次々とこぼれ落ちていく。

 今まで全てを自分の中に溜め込んでいた分が、涙となって心からあふれ出していくようだ。

「何も…ありません。ごめんなさい」

「なんで謝るの? 君は何もしてないじゃない」

「でも…」

 そこから言葉は続けられなかった。嗚咽が邪魔をしたわけじゃない。全て話すことをためらってしまった。

 扇は麓が突然泣き出したことに詮索しなかった。ただ黙って彼女のそばにいた。

 彼は麓の泣き止んだのを見届けると頭をそっとなで、彼女の目線と合わせるようにかがんだ。

「何かあったら、いつでも相談して。君が話せる時まで俺は待ってる。俺は…君の味方だから」

 麓の耳元にこそばゆい感覚を残し、扇は彼女の頬にふれた。たった今、甘くささやいた唇で。そっと優しく、軽く甘いリップ音を立てて。

 何をされたのか理解できずに真っ赤な目で硬直した麓を残して、扇は部屋のドアを後ろ手で閉めた。



 さっきのは一体。

────俺は…君の味方だから。

 優しく気遣う言葉、大切な物にそっとふれるような唇。扇のそれら全てを、麓は生々しく覚えている。

(お気遣い、ありがとうございます。私もあなたみたいになりたい。誰かを包み込めるくらいの優しさを持つ者に)

 扇のおかげで久しぶりに気が晴れた気がする。かすかにだけど、心からの笑みが浮かべられる。

「寮長さんのお手伝い、しないとね」

 夕方の日課である夕飯の準備の手伝い。麓は自分に気合を入れる意味で声を発した。

 料理をしていればもっと気が軽くなる。

 ピシャリと両手で両頬を叩くと、麓は机の上を片付け始めた。宿題は夕飯の後にでもしよう。きっとその方が集中できる。
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