Eternal Dear7

堂宮ツキ乃

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4章

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 地上とかけはなれた天界。

 ”天”の集まる場所からさらに離れた所に、この組織の者・・・・・・しか立ち入ることが許されない宮殿があった。

 ここは天災地変のアジト。

 色が白と黒の組み合わせの、荘厳な造りの建物。

 この宮殿の最深部には開けた場所がある。そこにある玉座に、彼は佇んでいた。

「おかえり、擬」

「零様。ただいま戻りました」

 立花は玉座からきっちり10歩離れた床で跪いた。

 麗しい声に迎えられて気持ちが舞い上がりそうになるが、ろくな収穫がないので申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

「それで…。久しぶりの母校はどうだった」

「申し訳ございません。そのことなのですが実は────」

 立花は頭を下げたまま、素直に謝ることにした。

 すると急に、零がクスクスと笑い出した。

 その笑う理由が分からず、立花に呆気に取られて顔を上げた。零は上品袖元に口を当て、肩を震わせている。

「あの、零様?」

 パッと見、美女が忍び笑いをしているのかと間違えそうな絵ヅラだ。それだけ零は麗しく品格が備わっている。

 ひとしきり笑ってから零は袖を下げた。

「いや、すまない。そなたが質問をはき違えるとは思わなんだ。私が聞いたのは任務のことではない。学園に久しぶりに行ってみてどうだったのかを聞いたのだ。はやとちりするとは…すまぬ、どうしても笑いが」

 そう言って彼はまた笑い始める。そんなにツボることか。立花は気恥ずかしくなったことを悟られないよう、再び顔を伏せた。

「すみませんでした…」

「よいよい、気にするな。私が勝手に笑っているだけだから。で。どうだったのだ?」

「ん…そうですね。正直あまりいい気はしませんでした」

「そうか」

 ようやく笑いを抑えた零は落ち着き、フーと息を吐いた。

 しばしの沈黙。それに耐えきれず、立花は自分から口を開いた。

「零様。さっき申し上げたことなのですが…あの小娘に近づくことはできませんでした。申し訳ございません」

「────ふむ。何かあったのか」

「あの学園のもう1人の問題児、街の精霊である彰の邪魔が入りました。ちなみにあの男はどうやら、厄介な能力を持っているようです」

 ふと、気温が氷点下まで下がった気がして顔を上げると、零の瞳が妖しく輝いていた。白く滑らかな手が乗った肘置きが、白の細かなキラキラとした粒子に包まれ始めた。

 零は感情的になったり我を失うと無意識に、ふれている物を凍らせてしまう。彼は肘置きから手を離し、口の中でぶつぶつとつぶやくと人差し指で肘置きをつついた。瞬間、氷になりかけていた肘置きが元の状態に戻った。氷の粒は空気中に舞い、肉眼では見えなくなった。

 彼はなんでも凍らせることができ、且つそれを解除することもできる。

 そして最近の富橋の大雪を降らせているのは零だ。天気予報を無視して気温を例年にないほど急激に下げている。しかし気まぐれな彼のことだ。その内飽きたらやめるだろう。

「ところで…彰殿の厄介な能力と言うのは、相手の心を読む、というものではないか?」

「は…はい! ご存知なのですね」

「ご存知…まぁ、そんなところだ」

 零は忌々し気に視線をそらす。赤い瞳が怒りを宿したように見えた。

「…単独では初めての任務なのだ。それに今回のは私の個人的なお願いのようなものだったのだから、気にせずともよい。厄介なことを頼んですまなかった。もう下がってよいぞ」

「失礼します」

 立花はスッと立ち上がって一礼し、広間を出た。

 自室に戻る間、誰ともすれ違わない廊下に足音が響く。ヒールのロングブーツのせいだ。

(叱られなくてよかった…それでも、零様がお怒りになっているとこは見たことないわね。それだけおだやかな御方、ということかしら)

 立花は真っ先にホッとした。怒られる、ということは学生時代から慣れていない。元々真面目な態度で学生生活を送っていたので、怒られることはほぼなかった。しかし、退学の直前に軽いトラウマを植え付けられている。

 その時のことを思い出し、身震いをした。未だに忘れられないらしい。

(凪s…あの男は相変わらず、鬼のようなんでしょうね)

 天神地祇のトップ、凪のよって厳しく統率された組織。中にはクセ者もいるようだが。

 それに比べて天災地変は自由で快適。いくつか掟があるが、ごく普通のことなので難なく従える。”縛り付けられている”という感覚は皆無だ。

(そのうち、天神地祇は私たちが壊滅させる。結束なんて形だけのものでしょう)

 自室にたどり着いた立花。不敵に満足気に笑むと、部屋の中へ消えた。



「────さて。どうしたらよいものか」

 立花の後ろ姿を見送った零は1人、そうつぶやいた。誰に言うでもなく、ごく自然に。独り言は癖なのでは、とよく自分で思っていた。

(彰殿。貴様とはもう二度と、関わることはないと思っていた。だがどうやらそれは────)

 零は頬杖をつき、長めのまつ毛を伏せた。女のように美しい横顔は、物憂げにかげっている。

 彼はかつて、彰に会って心を読まれたことがあるが、実はそれだけではない。

 零と彰には接点が全くなかったが、初めて対面した日に零は彰の大切なものを強奪した。

 彰は取り返しようのない大切なものを奪い返そうとしなかった。零に恨みがましい視線を向けることもなかった。

 ただただ、静かに零のことを見据えていた。それでもその瞳は冷たく、視線と言う名の矢を向けているようだった。

 そして言葉の刃を突き刺す。

────己の愚行はいつか必ず返ってくる。それまではせいぜい、中二くさい言葉でも吐き続けてろ。いくら強い力を手に入れても所詮は他人のもの。偉大な力を持つ武器なんてお飾りでしかねぇ。

 彼は薄い唇をゆがめた。

────強い精霊かもしんねぇけど、お前が全ての精霊統べることなんて叶うわけない。

 自分の思っていたことを見抜かれている。零はすぐに悟った。

 心の中を読めるなんてこと、常人ではできない。ごくたまに人間の中にいるらしいが。

「直感は外れていなかったのだな────どうやらただの留年男ではないらしい。…厄介な精霊が増えたものだ。強大な力を持つ者だけではない。万物の傷を治せるものまで現れた」

 強大な力を持つ者────多くは”天”だが、地上で生まれた精霊の中にも目立つ者がいる。

 万物の傷を治す者────全く新しい存在だ。形にはならないが何よりも温かい。

 その唯一の保持者が花巻山の麓という娘。”花巻山の花”と称されているらしい。

 実際に本人に会ってみると、それは確かだった。

 目立つタイプではないが楚々とした美しさがあり、純粋で穏やかな性格をしていた。

 初めて会った雨の日。傘を持たない自分を気遣ってくれた。

 野に咲く一輪の花のようにほほえむ姿。

 突然ふれられて戸惑い、その手の冷たさに凍えて怯える姿。

 会って話した回数は少ないが、零は確実に麓に惹かれていた。彼女の様々な姿を見るたびに愛おしく思う。

 始めは目にした瞬間に取って結晶にしてしまうかなどと考えていたが、それはすぐに消えた。どうせならそばに置いて愛でたい。

「厄介な能力だ…麓殿も。最近の若い精霊は…」

 麓の振り返る姿。その笑顔が自分にだけ向けられたら。

 花が綻んだような、太陽が雲間から顔をのぞかせたような、やわらかな控えめな笑顔。

 それを思い出すだけで自分の頬もゆるむ。

(この私が彼女に影響されているというのか? …まさかな。私はもう、黒く染まってしまった。もう戻れないところまで…。今さら真っ白にはなれない。今は…真っ黒に染めていく側だ)

 零は苦笑しながらかぶりを振った。

(天神地祇のトップ…凪。もうじき貴様と再び、顔を合わせることになる。長物を振り回すだけの荒くれ者────貴様はあの頃と変わっていないのだろうな。…あの女・・・への想いも)

 零は妖しい艶笑を浮かべた。
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