Eternal Dear7

堂宮ツキ乃

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5章

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 蒼は自室で1人、写真立てに長いこと見入っていた。

 もう100年以上前に撮影したものだ。写っているのは3人。自分と凪と…。

 3人とも和服をまとい、凪だけは着方がだらしない。

 思えばあの時から凪のことが気に食わなかった。口の利き方は悪いし、すぐ武力行使に移すし。バカ強くて彼に敵う者は少ない。

 それはこれからも変わらないだろう。自分はずっと、凪のことは気に食わないまま。

 風紀委員に紅一点の麓が入ったことで、凪はほんの少しだけ柔らかくなった気がする。あの人でもこんな表情をするんだな、と感心してしまうほど。

 それなのにまた凪は、麓と出会う前に戻ってしまった。らしくない、物思いにふける無感情な表情。

 大切なものを失い、もう取り返しのつかなくなった絶望的な瞳。あの時・・・ほど深く落ちていないが、似ている。

 あの時・・・は蒼だって同じくらい悲しかったし悔しかった。だが、落ち込んでいた年月は凪より短い。

 蒼はため息をついて写真の中央、蒼と凪の腕を引き寄せているのことを見た。

 気が強いが優しく、面倒見がよくて美しかった。

 姉のようでよく、蒼のことを気にかけてくれた。”天”として恥ずかしくない精霊に、と教育を施されていた自分に”たまには息抜きが必要”、”相手の本質を見抜かないで避けるようなヤツになるな”と、他の者とは違う教えを授けてくれた。

 彼女は凪に対しては厳しく接していた。凪に粗相があればしょっちゅう竹刀を振り回していた。

 彼女・・がいなかったら凪の素行は今よりひどく、手のつけようがない乱暴な精霊になっていたかもしれない。

 そう考えると凪は女性に影響を受けることが多い。彼女・・然り、寮長然り、麓然り。

 この寮の中で蒼は、寮長と1番気が合う。凪のことをからかう時なんて特に息がぴったりだ。

 その中でどこからか、おもしろい以外に感情が湧き上がってくる。

 懐かしい、と。

 それは彼女・・がいた時と同じだった。

 凪が照れ隠しで、赤くなった顔をそらすのを見ては2人でからかいまくっては楽しんでいた。

 再び誰かとそんなことができて嬉しかった。蒼にとって寮長は、初めて関わる人間でもある。

(なんでだろ…あの人・・・と同じことを思うとか。2人は似ているのかな)

 2人の顔を重ね合わせようとしたところで、1階から寮長が呼びかける声がした。夕食の準備ができたらしい。

 考え事はどこかに消えてしまい、そういえばというように空腹を感じた。

 1階の食堂には寮長と麓の料理がある。2人の料理は冷めない内に食したい。

 蒼は写真立てを戻し、部屋を出た。

 その写真の記憶の底に沈められた思いたちが再び、交錯することになるとは蒼はまだ知らない。



「ごちそうさまでした」

 麓は1人、片した皿の前で手を合わせた。

 いつもより早く支度ができたので、彼女は先に食べることにしたのだ。

 そんな彼女の元に寮長がお盆を持って、食器を下げ始めた。

「すみません」

「よいのですよ────それより、本当にいいのですか?」

「いいんです…最近、凪さんの近くに居づらいので。食堂ではあの人が隣だから」

「たしかにお2人はほとんどお話されなくなりましたね。何かあったのですか?」

「…分かんないです」

 麓は困った顔でうつむいた。

「クリスマスに買い出しに行った帰りからおかしくって。いつもの凪さんではなくなってしまったんです」

 本当は心あたりがあるけど、寮長に話してしまっていいのか迷った。もう気持ちは切り替わったはずなのに、さっき扇と話していた時の思いが再び湧き上がってきた。

「本当にその時、何もなかったのですか? 私は麓様が他人に深いな思いをさせるとは思いません。あの男があんな風になって長いですわ。必ず別のきっかけがあったはずです。何か他にありませんでしたか?」

「きっかけ…」

 あの日以来、無意識にクリスマスのことを思い出さないようにしていた。悲しみが湧き上がってくるから。

 買い出しに行ってご飯を食べた。ウィンドーショッピングをした。予約したフライドチキンやケーキを受け取った。おやつを食べ、いざ帰ろうとした時────。

「あ」

「思い出しました?」

「卒業した先輩に会いました。凪さんと同じクラスになったことがある、という人です。子どもが好きだから教師になりたいそうです。この前お話した方です」

「覚えていますわ。なるほど…」

 また寮長の瞳が一瞬、揺れた。

「寮長さん?」

「どうぞ、続けて下さいませ」

「…? はい。その先輩の意気込みを聞いていく内に凪さんの表情が暗くなっていきました。でも、その話のどこに思い悩むのか…」

 そこで寮長が、明るい口調でからからと笑った。

「麓様。賢いあなた様にしては珍しく、読みが甘くていらっしゃいますわよ」

「読みが甘い?」

「つまりですね、凪様は自分の留年を恥じたのですよ」

「あ。あ~…」

 納得していいのやら悪いのやら。前者だったら凪に怒られるのだろうか。

「ヤツにとっては意外と大ダメージだったのでしょう。これまでになかったのではないでしょうか。卒業した後輩に会うということが」

 寮長は笑いを抑えているようだが、口角がピクピクと上がりそうになっている。



 麓は2階へ続く階段を昇った。

 寮長はあぁ言ってくれたものの、簡単に以前のようには戻れない。

 寮長の話したことが1つの真実でも、彼があんな風になってしまった本当の理由を知っているから。

 そして凪がいつもの調子に戻るのも、相当な時間がかかるだろう。

 部屋に入ろうとすると、光が現れた。

「ロックにゃ~ん。ご飯できたぁ?」

「うん。もうすぐ寮長さんが呼んでくれるよ」

「そうなんだ。じゃっ、一緒に行こうよ」

 光の誘いに麓は申し訳なさげに謝った。

「ごめんね。私、今食べてきたんだ」

「そっか。宿題が終わりそうにない感じ? 今日の理科と歴史の宿題、多かったもんね」

「…そんなところ。光君は終わったの?」

「もちろん! 答え写したからさ」

 光は得意げに親指をグッと突き出し、歯を見せて笑った。

「じゃあロクにゃん。宿題ファイト! 僕は食堂に行こうかな」

 軽くスキップしながら去っていく光を見送った麓は、何もツッコめなかったと苦笑して部屋に入った。



 ガチャン。

 光は麓が自室に消えたことを音で確認し、シュタタタッと彼の自室に戻った。

 そして、ついにこの日が来た────と企みのある笑みを浮かべた。

 クローゼットの扉を勢いよく開け、ダンボール箱を取り出した。

「よしっ。やってみるか…」

 光は表情を引き締め、箱のガムテープをはがし始めた。
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