Eternal Dear7

堂宮ツキ乃

文字の大きさ
上 下
15 / 20
5章

しおりを挟む
 昼休みが終わり、5限目の授業に突入した午後。

 本館の屋上には不届きものが1人。

 昨晩、後輩の変装に惑わされて疲れさせられた凪だ。

 あの後、霞が扇と同じ愚を起こした。それはそれでアホらしくておもしろかった。

(そーいや久しぶりに騒いだかもしんねェな…)

 凪はパーカーのポケットに手を突っ込んで壁にもたれかけていた。頭の中は、昨日の夕飯前の出来事。

 まさか光にあんな特技があると思わなかった。変装に声帯模写。確かに他の男性陣に比べたら可愛らしい顔立ちなので、女子の服をまとっても違和感はないだろう。声は凪より高いとは言え、あそこまで麓にそっくりになれるとは。

 麓。思い浮かぶのは悲し気に目を伏せたかげりのある表情。

 光にあんなものを見せられたせいか、実は麓のことばかり考えるようになっている。

 光や他の者たちが言っていた通り、凪は麓と話さなくなった。と言うかそれ以前に、自分の口数もだいぶ減ったことを自覚している。

 麓とは話さない、と言うより話せなくなっていた。遠い過去の出来事を思い出してしまい、心臓がつかまれるようで。

(別段、アイツ・・・と似ているわけじゃねェのに…何だかなぁ)

 彼女には申し訳ないが、今はどうしても以前のように接することができない。

 光のは演技だろうが、麓本人はどうなのだろう。

────私のこと、嫌いになったんですか…?

 言ったのは光だが声は麓だったからか、罪悪感が胸中に広がる。彼女が笑っているところも最近は見ていない。

(嫌いになんかなってねェ。ただ、また同じことが起きたら…)

 凪は目を伏せ、思いため息を吐いた。

「よぉ。委員長さん」

 急に呼ばれた声。我に返った凪は、その忌々しい声に苛立ちながらメンチを切った。

あの時・・・と同じ顔をしている。暗い顔をするな、お前らしくない」

「だったら失せろ」

 目の前に立つのは凪の天敵、彰。

 ここにいるということは彼もまたサボりなのだろう。ニヒルな笑みを浮かべている。

 凪は舌打ちをするとそっぽを向いた。

「こちとらおめーの顔なんか見たかねェんだ」

「俺だってそうだ」

「不服だがお前に話がある」

「あん?」

 凪はガラ悪く彰のことを見据える。彰はため息まじりに不敵な笑みを浮かべた。

「…その前に。お前がそんな顔をしている理由でも聞いておこうか」

「てめーに話す義理なんざねェ」

「あっそう。じゃあ当ててやろうか」

「勝手に言ってろ」

「ふーん…」

 彰はつまらなさそうにしたが、すぐにからかうような口調であごをさすった。

「もしかしてあれか。俺がお前ンとこのお姫様に話しかけるのが、アイツ・・・に話しかけるのと同じように見えたか」

 途端に凪は盛大に舌打ちをし、海竜剣を召喚して抜刀した。と同時に彰は3歩程跳び退き、後方に広げた両腕を体の前でクロスさせた。

 不自然に軽く拳を握った彼の両手に拳銃が現れる。これこそが彼の持つ武器化身、”暗黒銃あんこくじゅう”と言う名の二丁拳銃。

 凪は予告なく切っ先を突きつけた。だが彰も負けておらず、刀を避けて引き金を引いた。

 続けざまに乾いた音が屋上で響き、銃口から銃弾が発射される。

 凪は避けて退くどころか彰に向かっていき、刃で銃弾を斬りつける。彼の尋常ではない視力と反射神経でしばらくは斬撃アクションが続いた。

 進撃していく凪と後退していく彰。彰は撃つのをやめて、立ち止まった。

 好機ととらえた凪は海竜剣を振りかざした。狙うは彰の首元。まともにくらわせられたら、精霊でもただでは済まない。

 海竜剣を振り下ろすのと同時に彰は、飛び掛かってくる凪の眉間に銃口を向けた。口角を上げて唇を薄く開く。

 凪は顔をしかめて顔を傾けた。彰も刃から逃れようと身を退いた。

 パァン────。

 今までで一番、盛大な乾いた音がした。棒で板を思い切り叩きつけたような、鋭い音。

 2人の片頬に擦り傷と切り傷ができた。それぞれの傷口から血が流れだす。

「いってェじゃねェかコノヤロー…」

 凪はパーカーの袖をまくると、腕で乱暴に血を拭った。

 彼の黄金色の瞳は好戦的にギラついている。瞳孔は開かれ、彰のことを睨みつけている。

「…フン。その顔は久しぶりに見たな」

 彰は飄々と返し、親指で血を拭った。

 凪のかすり傷は、彰の放った弾丸がかすめたもの。

 彰のかすり傷は、凪のの刃が当たったもの。

 それぞれの武器化身はすでに、ブレスレットになって手首に収まっている。もう殺る気は失せたような雰囲気になっていた。

「…で、用はなんだ」

 凪はその場にドカッと座り込み、不貞腐れた声を放った。

「…が」

「あ?」

 凪が片眉を上げると、彰はハッキリとした声で話した。その顔にはもう、笑みらしい笑みは浮かんでいない。

「────天災地変が動き出している。そのうち、ここに来るかもしれない」

 背中に悪寒が走り、手が震えた。

「天災地変…って言ったな?」

「あぁ。これが無ければお前になんか話しかけない」

「だろうな。てかなんでおめーがそんなことを知っている?」

「この前見たんだよ。天災地変の1人が学園の敷地に入ったのを」

「は…ッ!?」

 そんなことはありえない。凪は目を見開き、開いた口が塞がらなくなった。

「ここには理事長が結界を張っている。天災地変なんて特に立ち入られないだろ」

「どうもアイツらはそんなにヤワじゃないらしい。結界の中に踏み入る…というか、破るだけの力がある」

「マジかよ…大問題だぞ」

「偶然発見したんだ。こんなの、初めて見た」

「零…か?」

「いいや、ここの生徒だったヤツだ。お前に退学処分を受けたオレンジの頭の女」

「アイツ…!」

 思い出すのは1年以上前の、非常に癪に障った出来事が思い出された。

 麓に嫌がらせを続けて精神的に追い詰め、トラウマを刻みアレルギーまで発症させた女。

 オレンジの髪の、つり目の気の強そうなたちばなの精霊。

「あのクソアマ、天災地変に入ってたのか!?」

「らしいな。だが入ってからまだそんなに立ってないだろう。明らかに新米くさかった」

 零に魂を売った、立花。あの時の腹立たしさがよみがえってくる。凪は皮膚に爪が食い込みそうなほど、力強く拳を握った。

 零に立花。凪にとってはどちらも、聞けば忌々しくなる名前だ。

「────で、どうする」

 凪とは反対に落ち着いている彰は彼に問いかけた。だがその顔は、もうすでに答えを分かっているようだ。

「決まってんだろ。あのバカ共が本格的に動く前に潰してやる。すぐにでも”天”に行ってやるよ…」

 彰はフッと笑んだ。いつもの嘲笑ではない。

「そう言うだろうと思っていた。じゃあ────」

 彰の言葉は凪にとって不服な内容だったが、苦渋の決断をした。

 やがて5時限目の終わりを告げるチャイムが響いた。

 その余韻を聞き届けてから2人は、どちらからともなく屋上の出口へ向かった。

 凪の頭はすでに、天災地変のことでいっぱいになっている。

(行ってやるよ…当たり前だ。アイツ・・・も、他の精霊も取り戻すチャンスだから)

 脳裏には100年以上会っていない────会えなくなった彼女の姿が描かれていた。今までにないくらい色鮮やかに鮮明に、細部に至るまでを。
しおりを挟む

処理中です...