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6章
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その日の夕方。風紀委員寮では緊急会議が行われた。風紀委員として、ではなく天神地祇として。
食堂のテーブルには委員たちが着席している。凪を1番上座に、そこからは入寮順。麓は蒼と向かい合わせで、凪から離れた位置に座った。
寮長はテーブルから少し離れた所で、椅子に腰かけて会議を傍観している。
「…俺としては手っ取り早く、天災地変に武力行使したい。もう学園には侵入されているんだ。それに向こうは戦力と言っても雑魚ばかり。俺たちの能力でさっさと片付くだろ」
「でしょうね。ただ…それは雑魚だけなんですけど。中堅や頭は舐めてかかると命の危険が。トップは言霊の持ち主だから」
言霊。それはいつの世も”天”の中でただ1人だけが授かれる能力。ただし簡単に扱えるものではないので、無闇に使った者には死が訪れるという。
「”天”へ今すぐ行くわけじゃねェ。準備したいことだってあるしな」
「準備?」
「あぁ。気持ちの整理、だな。このメンバーでこんな大きなことに直面したのは初めてだからな。覚悟を決めておいてほしい」
いつになく真剣な凪。風紀委員の顔つきは険しくなっていく。
その時、軽快なチャイムの音がした。それは風紀委員寮に取り付けられたもので、使われることはほとんどない。麓は初めて聴いた。
「こんな時間に誰スか」
「非常に気に入らねェけど…俺らの協力者だ。やっと来たのかよ、おせーな…」
焔に答える凪の顔は苦り切っている。”協力者”と言ったわりには迷惑そうに歪んでいた。そして玄関に向かって声を張り上げる。
「開いてるよ! 自分で開けろ!」
その声に呼応するように、扉が開けられる。凪と寮長以外は、一体誰が来るのかとじっと見守った。
外はすでに暗闇に包まれている。空を見上げれば、星がいくつも瞬いているだろう。
その闇の中に紛れて1人、姿を現した。闇の中に溶け込んでいたかのような。
「う、そだろ…?」
搾り出すような霞の声。かすれて聞き取りにくかったが、彼の登場を知らされていない者たち全員が同じことを考えている。
「残念ながら嘘じゃねェ。言っただろ、気に入らないヤツだって」
「でもだからって…なんで?」
「説明面倒だから聞くな。俺が血迷ったことにしとけ灰かぶり」
凪がケッと吐き捨てると、闇の中の人物は鼻で笑ってその風貌を現した。
「お気に召さなくて申し訳ございません。天神地祇のトップ殿」
「うるせー無駄口叩くな。特別に入寮を許可してやってんだ、おとなしく過ごせよ」
凪にそんなことを言ってのけられる者は少ない。その1人が。
「アッキー!?」
「そのふざけた呼び方はよせ」
彰は美眉を曲げた。
凪の天敵と言われ、彼の次に留年していると有名な彰。彼は麓の姿を見つけ、表情を和らげた。
「しばらくぶりだな、姫さん。元気にしてたか?」
「はい、変わりありません」
「は!? 彰って麓ちゃんのこと”姫さん”なんて呼んでんの!? テメッ、女嫌いってのはどこ行った?」
「さぁな」
キレて立ち上がった扇を彰は、滑らかに交わした。
頭から湯気が出て来そうな扇を、焔がなだめて座らせる。
「…で。ものすごーく不本意だが、コイツはしばらくこの寮で過ごすから。別に仲良くしろよとは言わねェ。存在ごと無視したっていい」
「ナギりんひどーい。でも僕はアッキーを歓迎するよ。ウェルカムトゥー風紀委員寮!」
「そりゃどうも」
これで会議は終わりかと思いきや、凪はまた口を開いた。
「”天”に乗り込む時のメンバーだが…」
凪は瞳をスッと細めた。この日1番の真面目な表情。だがその一部に苦悩が混ざっているような。言いづらそうでもあった。
「全員が全員、行くわけじゃねェ」
「なぜです? 全員戦闘特化でしょう」
「よく考えてみろ。この風紀委員…および天神地祇に入る時に、戦うのではなく守るためにって約束したヤツがいたことを…」
思いついた蒼が口を”あ”という形にして、ある1人に視線を向ける。それは風紀委員たちに広がり、全員の視線が1ヶ所に集まっていく。そこには風紀委員の中で紅一点の────。
「私?」
麓は自分のことを指さし、首を傾げた。凪が感心したようにアゴを持ち上げた。
「おめーら、人の言ったことよく覚えてんな」
「当たり前だ。麓ちゃんが言ったことだからな」
「懐かしいっスね。もう2年近く前になるのかー」
「ちょっと感慨深いよね。早かったような長かったような」
凪と麓以外が、彼女が来たばかりの頃をしみじみと思い出し、ノスタルジックに浸った。
「姫さんはそんなことを言っていたのか。なんで守るために、と思ったんだ?」
「それは────」
答えようとしたところで、蒼が意地悪く黒い笑みを浮かべた。…間違いない、これは凪のことをからかおうとしている。この2年で麓は蒼の行動パターンが分かったような気がする。
「僕と麓さんが散歩している時に天災地変の下っ端が襲ってきたこともありましたよね」
「そんなこともあったな、そういや」
凪は腕を組み、さして懐かしむような素振りを見せずに適当な相槌を打った。
「僕の空の箱庭が解除された時に、凪さんは颯爽と現れてこう言ってましたよね…」
蒼は意味ありげな笑みを濃くし、両肘をついて凪のことを見た。
「────”女1人守れないでどうするよ…”」
────沈黙が流れた。最初に吹き出したには彰だった。
「お前、そんなことを言うのか? に、似合わない…」
彰は下を向いて失笑し始めた。他のメンバーも、ポカーンとした顔で凪のことを見、爆笑し始めた。
爆笑の嵐の中、凪はうつむいて方を震わせていたが。ピークが過ぎようとしたところで噴火した。
「うっせーんだよてめーらはァ! っつーか肝心の話題にはいつになったら入れるんだよ!?」
「ごめんごめん。だってさ、あの凪がそんな…プククッ」
一応は笑いが収まりつつあるが、霞が再びニヤけだす。今度こそ、凪の額に青筋が浮かび上がった。
「黙ってろよ灰かぶり…いい加減、叩き斬ってミンチにするぞコラ…」
凄みを効かせた凪の手には、抜き身の刃が光っている。
命の危険を感じ、暴れ出しそうな凪を止める一行。
それを傍観している麓は1人、その時のことを思い出していた。
まだ男装していた頃。蒼と桜並木────そのときはまだ花を咲かせていなかったけど。天災地変に襲われ、ここで命を落とすのかと覚悟した。
どこからともなく凪が現れ、麓の肩を抱き寄せ、あぁ言ったのだ。
(私は最初から、誰かに守られてばかりいる)
麓はここにいる面々と比べ、非力な自分の手を見つめた。この手は傷を負った者を癒すためにある。他人を傷つけたことはない。
もしかしたら今この瞬間が、再び覚悟を決めるときなのかもしれない。
麓はその手をぎゅっと握り締め、久しぶりに凪に声をかけた。
「凪さん、私────」
「おめーはここに置いてく」
「…え?」
凪はもう、落ち着いていた。勇気を出して発した声は、他の誰でもない凪に遮られた。彼の言った意味が分からず、硬直した。
「今回はさっき言った通り、戦闘になる。自分で自分の身を守れなきゃいけねェ。俺らは目の前の敵でいっぱいになる。そんな中におめーがいると邪魔だ」
邪魔。分かっていたはずなのに、それはグサリと心に刺さった。凪の言葉が一振りの刃に具現化したように。
「…いくら天神地祇とは言っても、ケガはしてしまうでしょう。だから誰かが手当てをしないと…」
「いらん。ケガなんて唾つけときゃ治る。精霊の自然治癒力なめんな。それに言ったはずだ、おめーはもう能力使うな」
「使用禁止の理由を聞いてないのでお断りします」
珍しい麓の反抗。誰も水を差すようなことはせず、黙って見守っている。
凪はため息をついて頭をかいた。
「…もうとりあえず黙っておとなしく置いていかれてくれ。頭下げるから」
「頭なんて下げてないじゃないですか」
彼女の反抗に拍車が掛かってきている。自分でも、仮に委員長に向かってこんな口を聞くなんてマズいと分かっている。軽い下克上だろう。分かっているけど止まらなかった。
最近ずっと彼と話さなかった分、次から次へと口が動く。
凪は静かに目を伏せ、冷たく言い放った。
「…あぁ口だけだ。俺は誰にも頭を下げねェ」
凪は声や態度を荒げることはなかったが、瞳が細く細められている。聞き分けの悪くなった今の麓に、腹を立てていることは間違いない。
しばらく火花を散らせ合う2人。
先に視線をそらしたのは凪だった。舌打ちをして席を立った。全員に背を向け、ぼそりとつぶやく。
「────今日はここまで。寮長、そいつに部屋を案内してやってくれ。解散」
凪は薄着のまま玄関へ行き、外に出た。冬の強い風に押されたドアは、激しい音を立てて閉まった。
食堂のテーブルには委員たちが着席している。凪を1番上座に、そこからは入寮順。麓は蒼と向かい合わせで、凪から離れた位置に座った。
寮長はテーブルから少し離れた所で、椅子に腰かけて会議を傍観している。
「…俺としては手っ取り早く、天災地変に武力行使したい。もう学園には侵入されているんだ。それに向こうは戦力と言っても雑魚ばかり。俺たちの能力でさっさと片付くだろ」
「でしょうね。ただ…それは雑魚だけなんですけど。中堅や頭は舐めてかかると命の危険が。トップは言霊の持ち主だから」
言霊。それはいつの世も”天”の中でただ1人だけが授かれる能力。ただし簡単に扱えるものではないので、無闇に使った者には死が訪れるという。
「”天”へ今すぐ行くわけじゃねェ。準備したいことだってあるしな」
「準備?」
「あぁ。気持ちの整理、だな。このメンバーでこんな大きなことに直面したのは初めてだからな。覚悟を決めておいてほしい」
いつになく真剣な凪。風紀委員の顔つきは険しくなっていく。
その時、軽快なチャイムの音がした。それは風紀委員寮に取り付けられたもので、使われることはほとんどない。麓は初めて聴いた。
「こんな時間に誰スか」
「非常に気に入らねェけど…俺らの協力者だ。やっと来たのかよ、おせーな…」
焔に答える凪の顔は苦り切っている。”協力者”と言ったわりには迷惑そうに歪んでいた。そして玄関に向かって声を張り上げる。
「開いてるよ! 自分で開けろ!」
その声に呼応するように、扉が開けられる。凪と寮長以外は、一体誰が来るのかとじっと見守った。
外はすでに暗闇に包まれている。空を見上げれば、星がいくつも瞬いているだろう。
その闇の中に紛れて1人、姿を現した。闇の中に溶け込んでいたかのような。
「う、そだろ…?」
搾り出すような霞の声。かすれて聞き取りにくかったが、彼の登場を知らされていない者たち全員が同じことを考えている。
「残念ながら嘘じゃねェ。言っただろ、気に入らないヤツだって」
「でもだからって…なんで?」
「説明面倒だから聞くな。俺が血迷ったことにしとけ灰かぶり」
凪がケッと吐き捨てると、闇の中の人物は鼻で笑ってその風貌を現した。
「お気に召さなくて申し訳ございません。天神地祇のトップ殿」
「うるせー無駄口叩くな。特別に入寮を許可してやってんだ、おとなしく過ごせよ」
凪にそんなことを言ってのけられる者は少ない。その1人が。
「アッキー!?」
「そのふざけた呼び方はよせ」
彰は美眉を曲げた。
凪の天敵と言われ、彼の次に留年していると有名な彰。彼は麓の姿を見つけ、表情を和らげた。
「しばらくぶりだな、姫さん。元気にしてたか?」
「はい、変わりありません」
「は!? 彰って麓ちゃんのこと”姫さん”なんて呼んでんの!? テメッ、女嫌いってのはどこ行った?」
「さぁな」
キレて立ち上がった扇を彰は、滑らかに交わした。
頭から湯気が出て来そうな扇を、焔がなだめて座らせる。
「…で。ものすごーく不本意だが、コイツはしばらくこの寮で過ごすから。別に仲良くしろよとは言わねェ。存在ごと無視したっていい」
「ナギりんひどーい。でも僕はアッキーを歓迎するよ。ウェルカムトゥー風紀委員寮!」
「そりゃどうも」
これで会議は終わりかと思いきや、凪はまた口を開いた。
「”天”に乗り込む時のメンバーだが…」
凪は瞳をスッと細めた。この日1番の真面目な表情。だがその一部に苦悩が混ざっているような。言いづらそうでもあった。
「全員が全員、行くわけじゃねェ」
「なぜです? 全員戦闘特化でしょう」
「よく考えてみろ。この風紀委員…および天神地祇に入る時に、戦うのではなく守るためにって約束したヤツがいたことを…」
思いついた蒼が口を”あ”という形にして、ある1人に視線を向ける。それは風紀委員たちに広がり、全員の視線が1ヶ所に集まっていく。そこには風紀委員の中で紅一点の────。
「私?」
麓は自分のことを指さし、首を傾げた。凪が感心したようにアゴを持ち上げた。
「おめーら、人の言ったことよく覚えてんな」
「当たり前だ。麓ちゃんが言ったことだからな」
「懐かしいっスね。もう2年近く前になるのかー」
「ちょっと感慨深いよね。早かったような長かったような」
凪と麓以外が、彼女が来たばかりの頃をしみじみと思い出し、ノスタルジックに浸った。
「姫さんはそんなことを言っていたのか。なんで守るために、と思ったんだ?」
「それは────」
答えようとしたところで、蒼が意地悪く黒い笑みを浮かべた。…間違いない、これは凪のことをからかおうとしている。この2年で麓は蒼の行動パターンが分かったような気がする。
「僕と麓さんが散歩している時に天災地変の下っ端が襲ってきたこともありましたよね」
「そんなこともあったな、そういや」
凪は腕を組み、さして懐かしむような素振りを見せずに適当な相槌を打った。
「僕の空の箱庭が解除された時に、凪さんは颯爽と現れてこう言ってましたよね…」
蒼は意味ありげな笑みを濃くし、両肘をついて凪のことを見た。
「────”女1人守れないでどうするよ…”」
────沈黙が流れた。最初に吹き出したには彰だった。
「お前、そんなことを言うのか? に、似合わない…」
彰は下を向いて失笑し始めた。他のメンバーも、ポカーンとした顔で凪のことを見、爆笑し始めた。
爆笑の嵐の中、凪はうつむいて方を震わせていたが。ピークが過ぎようとしたところで噴火した。
「うっせーんだよてめーらはァ! っつーか肝心の話題にはいつになったら入れるんだよ!?」
「ごめんごめん。だってさ、あの凪がそんな…プククッ」
一応は笑いが収まりつつあるが、霞が再びニヤけだす。今度こそ、凪の額に青筋が浮かび上がった。
「黙ってろよ灰かぶり…いい加減、叩き斬ってミンチにするぞコラ…」
凄みを効かせた凪の手には、抜き身の刃が光っている。
命の危険を感じ、暴れ出しそうな凪を止める一行。
それを傍観している麓は1人、その時のことを思い出していた。
まだ男装していた頃。蒼と桜並木────そのときはまだ花を咲かせていなかったけど。天災地変に襲われ、ここで命を落とすのかと覚悟した。
どこからともなく凪が現れ、麓の肩を抱き寄せ、あぁ言ったのだ。
(私は最初から、誰かに守られてばかりいる)
麓はここにいる面々と比べ、非力な自分の手を見つめた。この手は傷を負った者を癒すためにある。他人を傷つけたことはない。
もしかしたら今この瞬間が、再び覚悟を決めるときなのかもしれない。
麓はその手をぎゅっと握り締め、久しぶりに凪に声をかけた。
「凪さん、私────」
「おめーはここに置いてく」
「…え?」
凪はもう、落ち着いていた。勇気を出して発した声は、他の誰でもない凪に遮られた。彼の言った意味が分からず、硬直した。
「今回はさっき言った通り、戦闘になる。自分で自分の身を守れなきゃいけねェ。俺らは目の前の敵でいっぱいになる。そんな中におめーがいると邪魔だ」
邪魔。分かっていたはずなのに、それはグサリと心に刺さった。凪の言葉が一振りの刃に具現化したように。
「…いくら天神地祇とは言っても、ケガはしてしまうでしょう。だから誰かが手当てをしないと…」
「いらん。ケガなんて唾つけときゃ治る。精霊の自然治癒力なめんな。それに言ったはずだ、おめーはもう能力使うな」
「使用禁止の理由を聞いてないのでお断りします」
珍しい麓の反抗。誰も水を差すようなことはせず、黙って見守っている。
凪はため息をついて頭をかいた。
「…もうとりあえず黙っておとなしく置いていかれてくれ。頭下げるから」
「頭なんて下げてないじゃないですか」
彼女の反抗に拍車が掛かってきている。自分でも、仮に委員長に向かってこんな口を聞くなんてマズいと分かっている。軽い下克上だろう。分かっているけど止まらなかった。
最近ずっと彼と話さなかった分、次から次へと口が動く。
凪は静かに目を伏せ、冷たく言い放った。
「…あぁ口だけだ。俺は誰にも頭を下げねェ」
凪は声や態度を荒げることはなかったが、瞳が細く細められている。聞き分けの悪くなった今の麓に、腹を立てていることは間違いない。
しばらく火花を散らせ合う2人。
先に視線をそらしたのは凪だった。舌打ちをして席を立った。全員に背を向け、ぼそりとつぶやく。
「────今日はここまで。寮長、そいつに部屋を案内してやってくれ。解散」
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