17 / 20
6章
2
しおりを挟む
凪が出て行って気まずい雰囲気の中、沈黙を打ち破ったのは寮長の声だった。
「で…では、彰…様。お部屋へご案内致しますわ。こちらへどうぞ」
「…あぁ」
食堂を出て行く2人だが、麓のことを心配そうに見ていた。彰は寮長に”頼む”と短く告げ、2人は階段を昇った。
食堂に残ったままのメンバーの中の1人、麓はむくれてテーブルをにらんでいる。その瞳は潤ってきて、そのうち泣き出してしまいそうにも見えた。
「ロクにゃん…大丈夫?」
「うん」
麓は光と目を合わせずほほえみもせず、うなずいただけ。膝の上で固く握り締めている拳は、わずかに震えていた。
「もしかして怒ってる…?」
「…ううん」
麓は椅子から立ち上がった。顔には”不満”の2文字が書かれており、険しい。
いつもだったら控えめなほほえみを浮かべているはずの口元も、固く引き結ばれていた。
「私はこれで、お先に失礼します。おやすみなさい」
麓は頑なな声でそう言うと、足早に階段を昇っていった。途中でガコンと音がしたのは、麓が階段にスリッパのつま先を引っかけたのかもしれない。
一同はガタッと腰を浮かしたが、顔を見合わせてやめた。
今の怒り気味な彼女をなだめられる自信はないから。
椅子に座り直してため息をつくと、霞は毛先をいじり始めた。
「あーあ…凪はなんであんな風に言ってしまうのかね…他にもっと、優しい言い方があるだろうに。ヤツらしいと言えばヤツらしいけどさ」
「凪な…アイツな…そういう嫌いがあるから、しょうがないっちゃしょうがないだろうけど…俺は麓ちゃんの味方だから許せねェバカ凪!」
扇は突然、テーブルをバシンと叩いた。
こんな中でも冷静に物を言えるのは蒼だった。
「凪さんの言い方が許せないのは同感です。でも皆さんは麓さんを、天災地変との戦場に連れていきたいと思いますか」
「…嫌だ」
「僕も。女の子ってのもあるしね…」
核心的な蒼の発言に考え込む焔と光。蒼は凪が消えた方向を見つめた。
「僕は…凪さんの言ったことは正しいと思います。本当は悔しいけど。でも、大事なことですよね。仮に麓さんも一緒に”天”に行ったとして…戦闘中はどうしますか? 彼女は戦うどころか武器や傷つけるものを持ったことがない。体力だって僕らに比べたら遥かに劣っています。言ってしまうと天災地変の下っ端に簡単に殺られるでしょうね」
「蒼…!」
「言い過ぎなのは分かっています。でもこれは、麓さんのためですから。彼女は自分自身を守れない。僕らは他の精霊より強いかもしれないけど、戦いながら彼女のことを守れますか」
「────それは」
「できないでしょう。そんな器用な真似は、凪さんや彰さんでも難しいはず。もちろん、僕にもできません」
蒼は正直に首を横に振った。
彼の話すことは説得力があるない以前に、心に静かに響いていく。全員が聞き入っていた。
「だから…麓さんにはここに残ってもらいましょう。今回は僕らの戦場です」
「そうだな。麓が素直に聞き届けてくれるかが心配だけど…」
「なんとかなるでしょ。ロクにゃんは元々、素直なコなんだから。今はナギりんのせいで意固地になっちゃってるだけだよ」
麓は自室で1人、ベッドの上でふて寝していた。表情は苦悩に満ちている。
意地を張って凪を怒らせてしまい、光たちに対しても不貞腐れた態度を取ってしまったことを後悔していた。
確かに始めは本気で自分も腹を立たせていた。軽く邪魔者扱いをされたことに、ショックを通り越して怒りが湧いてきて。
今は申し訳ない気持ちでいっぱいで。謝りたいけど謝りづらい。
(久しぶりに話したから、どうしたらいいか分かんない。前はどうしていたんだっけ…)
思い出そうとしたがそれはできなかった。ここまで凪と言い合った記憶はない。
(私って凪さんのこと、ほとんど知らないんだ…)
麓は仰向けになって天井を仰ぎ、おもむろに右手を伸ばした。
そこには凪の後ろ姿が描き出され、彼は先へ先へと言ってしまい背中が小さくなっていく。
どんなに腕を伸ばしても彼には追い付けない。隣を歩く時は歩調を合わせてくれるのに、先を歩く時はこちらのことなんて気にもしない。
でも、このままでいい気がした。凪はいつでもだれよりも最前線に立ち、導くように歩いていく。彼の隣を歩ける者は少ない。特に能力のタイプが違う麓は。
(戦闘系の能力がほしい。そしたら私は、天神地祇にふさわしい精霊だったかもしれない────)
麓はパタン、と腕を下ろして寝落ちてしまった。
「で…では、彰…様。お部屋へご案内致しますわ。こちらへどうぞ」
「…あぁ」
食堂を出て行く2人だが、麓のことを心配そうに見ていた。彰は寮長に”頼む”と短く告げ、2人は階段を昇った。
食堂に残ったままのメンバーの中の1人、麓はむくれてテーブルをにらんでいる。その瞳は潤ってきて、そのうち泣き出してしまいそうにも見えた。
「ロクにゃん…大丈夫?」
「うん」
麓は光と目を合わせずほほえみもせず、うなずいただけ。膝の上で固く握り締めている拳は、わずかに震えていた。
「もしかして怒ってる…?」
「…ううん」
麓は椅子から立ち上がった。顔には”不満”の2文字が書かれており、険しい。
いつもだったら控えめなほほえみを浮かべているはずの口元も、固く引き結ばれていた。
「私はこれで、お先に失礼します。おやすみなさい」
麓は頑なな声でそう言うと、足早に階段を昇っていった。途中でガコンと音がしたのは、麓が階段にスリッパのつま先を引っかけたのかもしれない。
一同はガタッと腰を浮かしたが、顔を見合わせてやめた。
今の怒り気味な彼女をなだめられる自信はないから。
椅子に座り直してため息をつくと、霞は毛先をいじり始めた。
「あーあ…凪はなんであんな風に言ってしまうのかね…他にもっと、優しい言い方があるだろうに。ヤツらしいと言えばヤツらしいけどさ」
「凪な…アイツな…そういう嫌いがあるから、しょうがないっちゃしょうがないだろうけど…俺は麓ちゃんの味方だから許せねェバカ凪!」
扇は突然、テーブルをバシンと叩いた。
こんな中でも冷静に物を言えるのは蒼だった。
「凪さんの言い方が許せないのは同感です。でも皆さんは麓さんを、天災地変との戦場に連れていきたいと思いますか」
「…嫌だ」
「僕も。女の子ってのもあるしね…」
核心的な蒼の発言に考え込む焔と光。蒼は凪が消えた方向を見つめた。
「僕は…凪さんの言ったことは正しいと思います。本当は悔しいけど。でも、大事なことですよね。仮に麓さんも一緒に”天”に行ったとして…戦闘中はどうしますか? 彼女は戦うどころか武器や傷つけるものを持ったことがない。体力だって僕らに比べたら遥かに劣っています。言ってしまうと天災地変の下っ端に簡単に殺られるでしょうね」
「蒼…!」
「言い過ぎなのは分かっています。でもこれは、麓さんのためですから。彼女は自分自身を守れない。僕らは他の精霊より強いかもしれないけど、戦いながら彼女のことを守れますか」
「────それは」
「できないでしょう。そんな器用な真似は、凪さんや彰さんでも難しいはず。もちろん、僕にもできません」
蒼は正直に首を横に振った。
彼の話すことは説得力があるない以前に、心に静かに響いていく。全員が聞き入っていた。
「だから…麓さんにはここに残ってもらいましょう。今回は僕らの戦場です」
「そうだな。麓が素直に聞き届けてくれるかが心配だけど…」
「なんとかなるでしょ。ロクにゃんは元々、素直なコなんだから。今はナギりんのせいで意固地になっちゃってるだけだよ」
麓は自室で1人、ベッドの上でふて寝していた。表情は苦悩に満ちている。
意地を張って凪を怒らせてしまい、光たちに対しても不貞腐れた態度を取ってしまったことを後悔していた。
確かに始めは本気で自分も腹を立たせていた。軽く邪魔者扱いをされたことに、ショックを通り越して怒りが湧いてきて。
今は申し訳ない気持ちでいっぱいで。謝りたいけど謝りづらい。
(久しぶりに話したから、どうしたらいいか分かんない。前はどうしていたんだっけ…)
思い出そうとしたがそれはできなかった。ここまで凪と言い合った記憶はない。
(私って凪さんのこと、ほとんど知らないんだ…)
麓は仰向けになって天井を仰ぎ、おもむろに右手を伸ばした。
そこには凪の後ろ姿が描き出され、彼は先へ先へと言ってしまい背中が小さくなっていく。
どんなに腕を伸ばしても彼には追い付けない。隣を歩く時は歩調を合わせてくれるのに、先を歩く時はこちらのことなんて気にもしない。
でも、このままでいい気がした。凪はいつでもだれよりも最前線に立ち、導くように歩いていく。彼の隣を歩ける者は少ない。特に能力のタイプが違う麓は。
(戦闘系の能力がほしい。そしたら私は、天神地祇にふさわしい精霊だったかもしれない────)
麓はパタン、と腕を下ろして寝落ちてしまった。
0
あなたにおすすめの小説
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました
cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。
そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。
双子の妹、澪に縁談を押し付ける。
両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。
「はじめまして」
そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。
なんてカッコイイ人なの……。
戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。
「澪、キミを探していたんだ」
「キミ以外はいらない」
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる