しにたがりコスプレイヤーと歌精霊

堂宮ツキ乃

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 自分の葬式を自分の目で見た幽霊はどれくらいいるのだろう。

 紗良はやたら照明が眩しい部屋の片隅で自分の写真を見つめていた。

 校長室でしか見ない大きさの額縁に収まった紗良は、はにかみ笑いを浮かべてパステルイエローのリボンに囲まれている。その下では紗良の”本体”が棺桶の中で眠っていた。

 葬儀場のスタッフは祭壇に供えられた花をがくでカットし、黒いお盆にのせて参列者に差し出していた。

 参列者は母親、妹、弟、紗良の高校からのオタク仲間でありレイヤー仲間。

(ししょー、バンヌ、かほちゃん……)

 彼らは不格好な黒をまとい、目元を赤く泣き腫らしていた。

 それぞれの手には紗良の歴代推しのイメージカラーに染まった花。

「紗良の最新推しカラーは顔のそばに入れてあげようかね」

「メイクポーチもオレンジにしていたもんなー」

「併せ、またやろうって早すぎクリスマスパーティーで話したばっかなのにさぁ……どうして……」

 かほはオレンジと黄色の花を紗良の首元にそっとのせると、棺桶に手をかけて肩を震わせた。その背中を制服姿の妹がさすって抱きしめる。彼女自身も涙で頬に筋を作りながら。

 妹は紗良と同じ高校を受験し、在学中に紗良の仲間と顔見知りになった。そこから連絡先を交換して葬儀のことを伝えたのだろう。

「……紗良」

 泣かないで。まだここにいる。仲間が流す涙がもったいない。彼らに向かって手を伸ばすと掴まれた方の手を引かれた。

 背中で様子を見守っていたのは金髪の美少女。首を振った彼女が瞳を開けると碧眼が現れる。

 彼女は時の女神、運命さだめと名乗った。

 ヨミ────死神の相棒で、中学生のような見た目だが紗良の想像以上に長く生きているらしい。





「みっつんとちゃんとお別れしてない……」

 死神の腕の中で紗良が目覚めた時の第一声。高いビルの屋上にいるらしく、目下に夜景がどこまでも広がっている。実家のアパートから見える田園風景とは正反対だ。

「どうして気づいてなかったの!?」

 後悔の海でさまよっていると運命さだめが素っ頓狂な声を上げた。

 白いワンピースに白いケープ。死神や光守とは正反対の色を持つ彼女はまるで天使。しかし、眉間にくっきりとシワを作りあげた表情は会社のお局様にそっくりだ。

「どうしてって、言われなかったから……」

 紗良が死神に再会した時には息を引き取っていたらしい。

 死神は紗良をその場に立たせると指を鳴らした。瞬間、アウターたちが燕尾服へと姿を変える。アウターはジャケットへ、マフラーはネクタイへ。彼は衿を正すと片目をとじた。

「私言いましたよね、お疲れ様でしたって」

「タイミング的に仕事納めのことかと」

「言葉足らず……まぁいいわ。私が視せる」

 運命さだめに手をとられると三人の前の空間が歪んだ。昔のテレビを彷彿とさせる砂嵐にまみれたトンネルが二人を飲み込む。

 まるで映像を使ったアトラクションのようだ。自分自身は動いていないはずなのに上下左右に揺れる感覚がある。

 油断すると映像酔いしそうで、その場にしゃがみこむと落ちていく感覚に陥った。

「わ。わあぁー!?!?」

「大丈夫、離すんじゃないわよ」

 独特の浮遊感に胃の中身がせり上がってくる。しかし霊体なので中身は出ないはず。紗良は目をぎゅっととじると運命さだめの手に力をこめた。

「……痛い」

 静かに怒られて目を開けると、そこは紗良の一人暮らしの自宅だった。実家よりも小さな空間だが紗良の楽園だ。光守やアニメのポスターを貼り放題、コスプレ衣装を製作途中で放置しても誰にも文句を言われない。

 2DKの寝室に紗良は寝転がっていた。

「あ、あれ? 私がもう一人?」

 紗良は自分の透き通った手と見比べた。布団でスマホをいじっている彼女は枕に肘をついている。自分の頭でできた影で画面が見にくいのか腕を投げ出した。

「あれは一昨日の夜のあんた。私は時間軸を自由に飛び回れる」

「だから時の女神さんなんだ……。クロノスの娘さん? 奥さん?」

「ギリシャ神話とは関係ないわよ、オタクさん」

 オタク知識をひけらかしたと思われたようだ。運命さだめの表情がやや和らいだ。

 初めて見る優しい表情に紗良は大げさなほど照れてみせた。たじたじしていると彼女に布団のそばへ引っ張られた。

「年明けの約束。覚えていない?」

 彼女にならってスマホをのぞきこむと、一昨日の自分はメッセージアプリに文字を打ち込んでいるらしい。相手は母親。おやすみのスタンプを送ると写真の加工アプリを開いた。

『26日にご飯食べに行こう。妹たちはバイトだから二人で……』

「忘れてた……!」

 よく考えたらスマホの存在すら忘れていた。

 母親に年末年始の予定を聞かれ、初めての仕事納めのお祝いとして外食に誘われたのだ。

 子どもの時と違って母親との食事は拷問ではない。昔は「黙って食べる奴があるか」と小言を言われ、話題作りにいそしんだものだ。手に話のネタを書いて食卓にのぞんだこともある。

「あなたは寝ながら亡くなったのよ。時間になっても約束の店に来ない、連絡がつかないあなたを心配に思って合鍵を使った……」

 そうして再び運命さだめに手を引かれ、自分の葬式を目の当たりにした。

「だからヨミさんがそばにいたの?」

 葬儀会場の明かりがやけに強く感じられ、紗良は手をかざした。

「そう。冥界に行くまで死神が付き添うの。天使が代わりを務めることもあるわね」

「あの……その間、私は寒いとか風に吹かれる感覚があったんだけど……実際に死んだ自覚が生まれたのもみっつんに会ってからなんですが」

「あぁ、それは脳内補正よ。自分が死んだことに気づいてない幽霊の話、聞いたことない?」

 ブーツに雪がまとわりついたのも、風に吹かれて髪の毛が舞う感覚を覚えたことも錯覚。光守が紗良を守ろうとして抱きしめてくれた時に感じた高い体温も。

 あの時のときめきがよみがえって心臓が高鳴る。血液が沸騰して紗良の本体が棺桶の中で身を起こしてしまうのではと心配するくらいに。

「さらぁ……なんで私より先に……!」

「母さん……」

 その時、心臓を貫くような悲痛な声が会場にこだました。

 紗良の母親だった。自身の両親を送り出した時には極めて冷静に喪主を務めていたのに。

 アーチを描いた棺桶の蓋が近づくと、母親は泣くというより吠えるように棺桶のそばで膝をついた。はらはらとこぼれた雫が床に水たまりをつくる。制服姿の弟は肩に手をかけながら袖で鼻を拭った。

 その姿に心臓がある辺りがちくちくと痛み出す。

 優しい母の姿を見たのは父親が一緒だった幼い頃と高校を卒業してから。それ以外は虐げられ、心はくしゃくしゃに丸めた紙のようにボロボロ。二度とまっさらには戻ることはない。

 その原因となった母親がここまで取り乱すなんて想像もしなかった。彼女に可愛がられた妹と弟が紗良のために流す涙があるなんて知らなかった。

 紗良は空いた手で拳を作り、運命さだめの華奢な手を傷つけないように必死に力をコントロールした。

運命さだめさん、ヨミさん。早く連れて行ってください」

「いいの? 家族に二度と……」

「いいんです!」

 声が裏返りそうになったがこらえた。光守に褒められた声なだけある、と今なら自信が持てる。

(どうして……どうしてどうしてどうして!)

 これ以上ここにいたら心がおかしくなる。

 家族を恨んでいるか、と聞かれたら分からない。しかし、今は彼らと同じ理由の涙を流せない。歯を食いしばると鼻がツンと痛くなった。

「私は……地獄行きですか」

 紗良は振り返ると死神の顔を見上げた。

「私も家族を大切にしなかった。妹と弟の面倒を見たことがありません。母親に何かされたら殻に閉じこもって死ぬことしか考えませんでした。こんな魂、二度とこの世へ戻ってこないように業火に閉じ込めてください」

 穏やかな彼の表情を見ていると頬がぬれた。死神と呼ぶにはあまりに顔がよすぎて優しさにあふれている人。死んだ紗良を遊びに連れ出してくれた楽しい人。

 彼はいつしかやったように紗良の頭に手を置き、頬に手を添えた。

「……では、まいりましょうか」

 彼は運命さだめと目を合わせるとうなずき、電子の砂嵐を生み出した。紗良のことを横抱きにするとためらいなくトンネルへ飛び込む。手が空いた運命さだめも続いた。

「さよなら、皆……」

 最後にレイヤー仲間を目に焼き付ける。紗良が初めて楽しく生きる時間を与えてくれた恩人たち。出来たら見守りたいが、紗良が向かうのは空ではない。

「紗良さん。しばしおやすみなさい」

「うん……なんか急に眠気が……」

 子どものように目をこすると体がズン、と下へ引っ張られた。どうしようもなく疲れた日に布団へ飛び込んだ時と同じ感覚。これで永遠の眠りにつくのだろう。

 次に目覚めるとしたら業火の灼熱に耐えられなくなった時か。

「お疲れ様でした。これで一区切りですね」

 薄れゆく意識の中、死神の優しく麗しい声が耳にこびりついた。「あんた、女を送り出す時はいつもこうよね」という運命さだめの呆れ声も。
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