しにたがりコスプレイヤーと歌精霊

堂宮ツキ乃

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 相田光守には霊感がある。家族も知らない性質だ。

 13歳でトウキョウへ遊びに行った時にスカウトされ、14歳でアイドルグループとしてデビュー。しかし時代はアイドル戦国合戦。男女問わず様々なグループに埋もれてしまい、歌って踊る以外の仕事に専念するようになった。

 そうすれば自ずとソロでの活動がメインとなり、それぞれ才能が開花。自分たちが真に輝ける場所を見つけたと同時に解散を決めた。

 その中で光守は様々な人と関わる内に人ならざるモノがみえるようになった。

 霊は当たり前、地方へロケに行けば妖怪に出くわすこともある。死神、悪魔、天使はレア。精霊はそこら中にいくらでも。

 創作の源は彼らだが、取り憑かれたり姿が見えることを悟られたくなくて口に出したことはない。

 そんな自分が霊体を普通の人間と間違えたのは初めてだった。 

「そっか。私死んじゃったんだ……」

 目の前の少女は現実を受け入れたというのに涙一つこぼさない。ようやく願いが叶った、とほほえんでいるようにすら見える。

 儚いほほえみと同じくらい透き通った体越しに見える駅前では、街灯がイルミネーションをまとって煌々と輝いていた。

 二人を照らす街灯は光守の影しか作らない。

「でなきゃ自由にあちこちへ行くなんてできない……。みっつんに見つけてもらうこともありえないですよね……」

 彼女は雪国から天下の台所へ移動したという。しかし、移動中の記憶はないらしい。ヨミと名乗る男に顔を向けたら「魔法です」と人差し指を唇へ運んだ。





 ヨミが「用事ができちゃいました」と駅の方角へ消えて数分。

 人通りが少なくなった芝生広場から見える建物にはカフェや飲食店、スーパー銭湯の看板が目に飛び込む。広場を見下ろすように設置された階段は舞台の座席のようにカーブしている。その片隅で紗良は光守と並んで同じ景色を眺めていた。

「秋のトウキョウ来てくれたの? どうだった?」

「正直言うと不穏で怖かったんですけど……みっつんの悪魔がコミカルで、出てくるたびにホッとしました。しかもすっごくかっこよくて本当に黒が似合います」

 推しとほぼゼロ距離になる日が来るとは思わなかった。目を合わせて話して笑って。心臓が爆発しそうなフェーズを越え、紗良の心は風のない海のように穏やかだ。

 紗良の推し語りに耳を傾ける様は余念がないクリエイター。友だちと話すように語彙力がない感想を口にするわけにはいかないのでメロい、という単語は封印した。

「僕も冷静に考えると凄惨なシーンが多かったって反省している……。けど、人間ってあそこまで残酷になれるって描きたかった。……悲しい思いをさせてしまったのはごめんね」

「いえっ、演出って分かってますから!」

 眉を落とした彼に紗良は手と首を振った。

『悪魔の約束』が一部で炎上したのは知っている。絶賛される影で観客のトラウマを引き起こすのではないか、と批判する声もあったのだ。

 紗良自身も実家にいた頃の記憶が呼び起され、耳鳴りとめまいが止まらなくなった瞬間がある。しかし、その傷を癒してくれたのもあのミュージカルだ。

 批判の声も分かる。しかし、上演を中止にするのは違うと思う。推しだから庇っていると後ろ指をさされるだろうが、光守から表現の自由を奪わないでほしい。

「……『翼は雪にとける』は、ミュージカルのために書き下ろした曲ですよね? すごく好きです」

「そうそう。天使の曲は作ったことがないから」

 話を変えると彼はコートの襟をかき寄せてポケットに手を突っ込んだ。肩を上げると白い息を吐き、空に向かって口を開いた。

『この身は今日から君のために

 この雪は君から離れない証……』

「えっ……!?」

 紗良は目を見開いて口元を手で覆った。こういうところではオタクを隠せない。

 光守が歌い出した劇中歌。人間に恋した天使が翼に永遠の別れを告げる儀式めいた曲だ。

 翼を持った白いスーツの男が舞台の中心に立ち、雷と同時に翼を折られる。羽が宙を舞う中で歌う様子は、罰なのに幸せのはじまりを思わせる不思議な曲。紗良は観劇後にサントラをダウンロードして何度も聞いた。

『黒い翼は君だけのために

 黒に染まって二人 堕ちていこう……』

 気づけば紗良も一緒に歌っていた。プロとはハーモニーにならない素人の歌声だが光守はほほえみ、小さく拍手をした。

 サビが終わると「驚いた」と光守は高揚した声で喉を示した。

「僕が頑張ってる高音、するっと出るね」

「本当ですか?」

「うん。僕の曲、相当歌ってるよね? 声真似とは違う、僕の曲にすごくなじんでくる……。僕が女の子だったらこんな感じで歌うんだろうな」

「違う声だけど同じ型にぴったりハマるようだ」と褒められた紗良は「えへ……」と小さく笑った。人生で一番聴いて歌ってきたのが光守の曲だ。これまでの練習の成果を発揮できたようで物語の結末を感じた。

 彼はニット帽を被り直すと長い足を伸ばした。

「散歩して良かったな……。ファンの子から直接感想を聞いたり話す機会ってないから」

「おいそれと外には出られないですよね……」

「稽古ばかりで頭がぐるぐるしていたけど、おかげでリフレッシュできたよ。不思議な出会いもあるもんだな」

 光守は劇場がある方向に顔をやると「そういえば」と後ろ手をついた。

「紗良さん、って言うの? 綺麗な名前だよね」

「みっつんはかっこいいです」

「ありがとう。両親とも名前に光が入ってるから僕にもそうしたかったんだって」

「……素敵なご両親ですね」

 きっと大切に育てられたのだろう。光守はくしゃっと嬉しそうな顔でうなずく。「妹にも名前に光が含まれているんだ」と笑った。

 紗良は透き通った膝を抱えると「うらやましい……」と小さくつぶやいた。光守が首をかしげたが、心の声は彼に届かなくていい。紗良は目を細めると姿勢を正した。

「……生まれてきてくれてありがとうなんて言葉、私が使うことはないと思ってました。でもあなたには言いたいです」

「なになに? 嬉しいけどめっちゃ照れる」

 光守は照れ隠しかニット帽を下げて歯を見せた。子どものような笑顔のギャップに心が苦しくなる。死んでいてもメロつくのは光守の魅力が底知れないせいだろう。

 紗良は広場を横切って駅前へ向かう親子を目で追った。先立って走る子どもを追うお父さんに、ベビーカーを押しながらほほえむお母さん。

 世間は冬休み。紗良にはこの時期に思い出す宿題がある。

『皆さんのおじいちゃんおばあちゃん、その先のご先祖様を追えるだけ追ってください』

 紗良は冬休み中に祖父母にインタビュー。そこで高祖母、高祖父の名前を始めて知った。

 冬休み明けに手作り家系図を授業で発表することになったが、中には親がノリノリで市役所で戸籍を明治までさかのぼった人もいる。休み時間になると家系図を持参した者の机に人だかりができた。

『ご先祖さまが一人でもかけたら今のあなたたちはいないんだよ』

 全員の発表が終わって教壇の前に立った担任の言葉だ。全員の顔を見渡しながら話す穏やかな顔は普段の授業とは違う。不思議と教室内もあたたかいような、照れくさい雰囲気が充満する。

 その中で紗良は机の下で拳を握りしめ、無性にこみあげてくる涙をこぼさないようにまばたきを繰り返していた。

(生まれたくて生まれたわけじゃない……)

 母親とそりが合わない紗良にとって長期休暇は地獄だ。自分の存在が空気と化している教室の方がマシだ。

 心が休まる場所は無いに等しい。心の内を話せるのは夢で一度だけ会った人。こんな人生に誰が感謝するものか。何が生きるって素晴らしいんだ。

 心が荒んだ紗良だが、二次元や光守のおかげで人間らしく生きられた。

「みっつん、生まれてきてくれてありがとう。表舞台に立ってくれてありがとう。あなたは私の希望です」

 光守を初めてテレビで見た時、瞳の強い光が生きろと言ってる気がした。地獄の出口を示してくれた。

 彼がいなかったら紗良は川に身を投げ出していたかもしれない。飛び降りる自分を何度想像したことか。

 紗良が頭を下げると光守も同じようにこくんとうなずき、彼女の頭がある空中に手を置いた。

「……必死に生きてきたんだね」

「ですか、ね?」

 手の重みを想像して上目遣いになった。

「うん。なんだか……シンデレラみたい」

「シンデレラ?」

 自分に似合わなさすぎる単語にオウム返しすると、光守がメロディーをつぶやき始めた。

 彼が紺色の空を見上げると電線が五線譜に、瞬く星たちが音符に変わる。

「紗良さんと話していたらシンデレラネタが思い浮かんだ……。童話パロディか……。やり尽くされた感はあるけど現代を絡めたファンタジー……働き過ぎのOLの元に舞い降りる魔法使いとか……」

 星が彼の瞳に映り込み、まるで宇宙を宿しているよう。紗良は至近距離の真剣な推しの表情に見とれた。

 彼の創作意欲は計り知れない。夜空に向かって紡ぎ出す物語は公表前に聞いていていいものだろうか。ふと、冷静になった紗良は手を耳元に運んだ。

『僕だけのシンデレラ

   灰かぶり姫だって君は笑う

   僕の前では本音を見せて

   いつか迎えに行くから

 今 ガラスの靴を君に……』

 甘く優しい旋律、月のように柔らかな光の声。唯一無二の美しい歌声は即興とは思えないほどアレンジが効いている。

 マイク越しではない肉声に今さら涙がこみ上げ、紗良はスンと鼻を鳴らした。

 ロングトーンに光が遠のいていくようなビブラート。それを聴き届けて手を叩こうとした瞬間、紗良の視界は星空で埋め尽くされた。





「紗良ちゃん!?」

 紗良が膝を抱えるのをやめて真後ろに頭を打ち付けそうになった瞬間、光守は歌うのを止めて手を伸ばした。

「時間が来たようですね……」

 届く前に別の手が危なげなく支えた。

 死神だ。彼は紗良を抱え上げると光守に向かってほほえむ。

「あなたとの偶然の出会いは彼女にとってよい冥土の土産になったでしょう……」

「あんなにはっきりと姿が見えたのに? 歌声だって聞こえた、声を使う仕事を志さなかったことがもったいないくらいの……」

「……直接聞かせてあげたかったですね」

 死神は腕の中の紗良を見つめると目を伏せた。青白い肌は彼が氷のよう。

 光守は身震いをすると再びポケットに手を突っ込んだ。

「彼女はこれから黄泉の国へ……?」

「まぁそんなところです」

「あんたを何度も見ている僕もそのうち、かい」

「安心してください、あなたは驚くほど長生きします。きっとまた私のことを見かけるでしょうが……ネタにでもしてください」

 意味深な言葉を残し、挨拶もそこそこに死神は背を向けた。ポケットの中からスマホを取り出そうとすると目の前に白いものが舞った。

 雪だ。紺色の空はいつのまにか灰色の雲に覆われていた。

 再び視線を下ろすと紗良もろとも、死神の姿が消えていた。

「逢魔が時、か……」

 すやすやと眠っているように見えた紗良は歌を褒めた時と同じ表情。顔色が随分よかったので永遠の眠りについたとはとても見えない。

 願わくば天国で楽しく過ごしてほしいものだ。思い出したら光守のミュージカルやライブをのぞきに来て欲しい。彼女ならこの世の者でなくても安心できる。むしろ感想を求めたいものだ。

(あ~……)

 光守はスマホの着信履歴に並んだマネージャーの名前に後頭部をかき、一番上をタップして耳に押し当てた。

「ごめんなさい、外で瞑想してた。……そんな遠いところではないよ、すぐ戻ります。戻ったら次のシングルの相談をしたいのだけど────」
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