Eternal Dear1

堂宮ツキ乃

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終章

本当の自分

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 春休みが終わり、始業式を迎える4月。

 朝、麓が目覚めた時に目に入ったのはベッドのサイドテーブルに置いてある2種類の制服。

 片方は女子。片方は男子。2種類の中央には2つ折りにした便箋が1枚。どれも昨夜、寮長が持ってきてくれたもの。

『どちらで過ごすかお決まりですか』

 几帳面な字で書かれたそれは麓のこれからのことを指している。明確なことを言われなくても分かる。

 しばらくここで過ごしたことを考えながら麓は目を閉じた。

 女とか男とか関係なく接してくれた、初めて出会った精霊たち。"女の特権"を教えてくれた。"守る"と言ってくれた。

 彼らだけでこの学園に通う全ての精霊のことを知ったわけではないが、影響は大きい。純粋にいい精霊たちばかりだと思った。

 …やっぱり凪は厳しかったり急にらしくなくなったりとよく分からないけど。

 それでも決めた。

 麓が選んだのは────



 1番乗りで食堂の席に着いたのは凪。眠そうに大きな欠伸を1つ。

 「…寮長」

「何でしょう?」

 キッチンで味噌汁に豆腐を入れた寮長は、手を洗った。

「例の娘、どうすると思う?」

「さぁ────どうでしょうか」

 寮長は微笑みながら曖昧に返す。凪は平静を装いつつも、麓のことを気にしているんだろう。彼らしい考え事だ。

「おっはよー」

「モーニン」

 そこへ来たのは教師2人、扇と霞。

「アレ。まだ来てないのか麓ちゃん」

「あぁ、まだだ…。っておい。なんだその"ちゃん"付けは」

 凪に半眼で見られた扇は舌をチラッと見せる。

「だって今日は始業式!もう黒スーツ禁止っしょ? イコール制服になるぜフゥー!」

「朝からキモいそのテンション。大体おめーなぁ、寮長はアレだぞ。男と女、両方の制服を置いていったってさ」

「なんだとォ!? じゃあ男子制服を着てくるかもしんないじゃん!何してくれてんだ寮長~!」

 扇がテーブルに顔を押し付けて拳をガンガンと打ち付けている。その振動で、真ん中置いてある箸置きの中の箸が揺れた。

「私は麓様の意思を尊重したいのです。どちらの姿でいらっしゃっても私は受け入れますわ」

「それも大事だけど! でも…女子制服がい~い~…」

 霞もがっくりとうなだれた。2人して以前から麓の女子制服姿を妄想しながらこの日を心待ちにしていたらしい。

「どっちでもいいだろーがそんなモン…朝から親父くせーこと考えてんじゃねェセクハラ教師共が」

 凪が頬杖をつしながらため息をつくと、焔と光と蒼が現れた。3人とも凪と同じように眠たそうな顔をしている。

「おはよーさん。ンだおめーら。始業式前からダルそうな顔しやがって」

「眠たいものはしょうがないでしょー…? ぁーあ…」

 光のがうつったのか焔と蒼も欠伸をひとつ。一同は席に着いて朝ごはんを待つことに。

「うわっ!? なんスかその暗いオーラ…」

 焔が扇と霞の様子に引いた。光と蒼も同じく、だ。

「いや、ちょっとね…不安なことが…」

「不安なこと?」

「そう…これからのことで…はぁ」

「ほっとけ蒼。今の2人には何言っても効かねェよ。特効薬が来る確率は…2分の1か」

「一体何を話してたんですか?」

「気になるぅー。はっきり言っちゃってよね! …あ。そーいやロクにゃんは?」

 光の問いかけの直後、全員の耳にかすかに木を押すような、階段を降りてくる音が届いた。

 その音に特に反応したのは寮長、凪、扇、霞。後半2人はテーブルに顔をつっ伏したまま、緊迫して喉をゴクリと鳴らして唾を飲み込む。

 やがてひょっこりと顔だけを出した麓は、全員の視線が集中していることに気付きうろたえた。

「な…何ですか?」

 凪がひとつ気付いたのは、麓が春休みのようにポニーテールではないことだ。

「あ…すまねェ。それはいいから早くこっちに来いよ」

 凪が我に返って手招きをすると、麓はそろーりと姿を現した。



 何も知らなかった3人が驚きで目を見開き、ふさがらなくなりそうな程に大口を開けた。

「お…」

 言葉をロクに発せずにいる3人の様子をおかしいと思った扇と霞は、ゆっくりと顔を上げた。寮長は微笑み、凪は大して興味ない風に息をつく。

「女の子だったのォー!?」

 焔の声が食堂に響き、扇と霞は恍惚とした表情になって目に涙を溜めた。

「よっしゃー! "麓ちゃん"解禁んんん!」

「よくぞ決心してくれた!!」

 その2人の言葉に今度は麓が驚く。

「あれ!? なんで?」

「もう知ってんだよ、とっくに」

 凪はスマホをパーカーのポケットから取り出して、彼女の情報が載った画面を麓に見せる。

「名前、麓。花巻山の精霊。性別は女…え! じゃあ男装の意味は…?」

「無ェ。ここの4人以外には、な」

 例の3人はポカーンとしていた。それもそうだろう。今まで自分と同じ性別だと思っていたのだから。

「それに! おめーの男装は甘ェわ。一目で分かるぞ、女だって」

「そんなぁ…」

 麓は肩を落とし、今までの行動を反省する。もっと念入りにしておけばよかった、と。

「ま、いいんじゃねェの? 今の方がいいぜ。今までずっと不自然だったから。髪縛ってたの似合ってなかったし」

「に、似合ってないってそんなはっきり言わないで下さい!」

 そこへお盆に卵焼きを乗せた寮長が来て、それをテーブルへ並べていった。

「おはようございます、麓様。よくぞお決めになられましたね。あなた様は可愛らしい顔立ちなのでやはり女子制服がお似合いですわ」

 麓は照れながら自分の今日の姿を見回す。

 白いリボン、青のジャケット、チェック柄の緑のスカート。

 そこでハッとし、彼女はジャケットのポケットからピンクのリボンを取り出して寮長に見せた。

「寮長さん、お願いしたいことがあるのですがいいですか?」

「えぇ。なんなりと」

 寮長は凪にお盆を預けた。急に渡された凪はムッとしている。

「もしかしてこのリボンを身につけたい、ということでしょうか?」

「はい! さすがですね」

「フフ。でしたら…」

 寮長は迷うことなく麓の右の髪を一房すくい、リボンをシュシュッと巻き付けた。

  彼女はエプロンから手鏡を取り出し、麓を映した。

「いかがでしょうか?」

「わぁ…ありがとうございます!」

「いえいえ。よくお似合いですわ。そう思いません? 凪様」

「別にどっちでもいんじゃね?」

 …と言った凪は卵焼きをつまもうとし、寮長にヘアピンを投げ付けられる。

「つまみ食いはダメだといつも言ってるでしょう!」

「るせー! こちとら腹減ってんだよ!!」

 ワーギャーと騒ぐ凪のことをチラと見て微笑んでから、麓は席に着いた。そして満足気にリボンを見る。

「あーこれでやっと麓ちゃんを狙っていいんだな!」

「…? どういうことですか?」

 怪しげに微笑んだ扇に凪が声を荒らげる。

「何考えてんだコノヤロー! 教師が生徒に手ェ出そうとしてんじゃねェ!」

「何なの凪。ヤキモチか?」

「ンなワケ!」

 麓は2人の様子に笑った。これからは何も気張らずにいられる。

「────麓」

 自分の名前を低い声で呼ばれて見上げると、凪が鈴がついたネックレスを手にしている。

  彼に名前を呼ばれたのは初めてだ。

「これ、首にかけとけ。お守り…"カラカラ"だ」

 微妙なネーミングセンスにポカーンとし、麓は笑い出した。この人はもう、冷たいのか何なのか分からない。

「笑うこたねェだろうが人が作ったモンを! これは扇とか霞とかセクハラ教師からおめーを守るお守りだ。鳴らせばいつでも駆けつける」

 そう言いながら彼は麓の首にそれをかけてやった。小さな鈴が、麓の胸元で金色に輝く。

(くそっ…。急にこんなになると動揺するだろうが…)

 黒スーツでは分からなかった、女らしい丸みや線の細さ。

 自分らしく過ごしてほしいとは思ってはいるが、突然変わるとこちらが動揺させられる。

「そういえばこの…カラカラ、蒼さんもつけてました」

「あぁ。これは天神地祇っつー証でもあるから」

 途端に、鈴をいじっていた麓の細い指先が動きを止めた。

 あの時の返事はまだ言ってない。

 だが────もう決めている。

 麓は凪のことを、意思の強い瞳で見上げた。

「私…天神地祇に入ります。守られるだけは嫌だけど、私の能力で皆さんのことを守ります────こんな理由ですが、いいですか?」

 決意を宿した紅梅色の瞳が真っ直ぐに凪のことを見つめる。

 凪は無表情でいたが、やがてフッと笑った。

「いいぜ、上等の決意表明だ────だが守られるのは女の特権。存分にここで使ってくれていい」

 「はい!」

 麓はここへ来てから1番の笑顔を見せた。吹っ切れたような、清々しい笑顔。

「おいおめーら! ちょっと注目」

 凪が声を張り上げて全員をこちらへ向かせた。

「今日からコイツには風紀委員兼天神地祇として入ってもらうことになった」

 麓は言葉を切った凪に目配せをされ、頭を下げる。

「ここへ来てまだ短いですが、改めてよろしくお願いいたします」

「こちらこそよろしくお願いいたしますわ、麓様。これからは可愛い、と言ってもよろしいですか?」

 初対面の時のことを言っているんだろう。麓ははにかみながらうなずいた。可愛いなんて、そんな。

「もう大歓迎だよ! やっと女子来たァ!」

「うるせーよおめーら!」

 再びギャーギャー騒ぎ出し、それに負けなくらい大声を張り上げる凪。

(これでいいんだよね。こうしているべきなんだよね)

 改めて麓は自分の心に問いかける。不満は何一つ思い浮かばない。

 この人たちとならきっと、楽しい生活を送ることができる。

 この新たな移住地、八百万学園で。

「皆様ぁ~!急いで朝ごはんを食べないと時間がマズイですわ!」

「「「マジでか!?」」」

 寮長の声でいそいそと朝ごはんを並べ始める一同。麓も何か手伝おうとしたが、「女の子は座っていて」なんて霞に紳士的に言われてしまった。「早速おめーの女の子扱いが始まったか」と凪が呆れている。

 にぎやかな一同を表すがごとく、窓辺には暖かく優しい太陽の光が降り注いでいた。

 fin.
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