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6章
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誰もが眠たくなる、午後の授業。
その日の五限目はさらに眠気を誘われる授業だった。
「本日は年に一度の義務、精霊の伝承話を朗読します」
さわやな笑顔で告げた霞は、古ぼけた本をペラペラとめくっていく。
それは各学園に一冊ある、"天"の学者による手書きの本────『精霊紀』。
各学年が年に一度、国語の授業で教師によって朗読される。
もちろん麓は初めて。だがこの学園に長くいる者にとっては、耳にたこができるほど聞き飽きている。
すでに睡魔に襲われている者がいるから、しばらくしたら霞の美声で眠り込んでしまうだろう。
「それでは読んでいきます────」
およそ三千年前、この国の都として栄えていた場所に突如として地震や辻風などの自然災害が相次ぎました。
立て続けて起こる天災に人間たちは戸惑うばかり。華やかだった都はみるみるうちに荒れ果てていきました。
しかし精霊たちには原因が分かっていました。
我らが長、アマテラス様を敵視する愚神────禍神と呼ばれる神のしわざだと。
彼は平和なだけの世界を嫌っていました。刺激に満ちた世界を望んでいたのです。
禍神が自らその悪事をやめる姿を望んでいたアマテラス様は、もうそれ以上黙っていることはできませんでした。
彼女だけが持つ、優しい者には温かく感じるが悪に染まった者には火あぶりされている感覚に陥る光輪で禍神を昇天させました。
次に生まれ変わるときは今と正反対であることを願って。
禍神は昇天した後、生まれ変わりました。
"天"の1人、雪の精霊として。
清廉潔白な外見で目立った行動はなかった彼でしたが、ある日突然、髪を黒く染めました。さらに瞳には赤褐色のカラコン。
それから彼は精霊狩りを始めました。
これが天災地変の先駆けです。
これまでに「地震」「雷」「梅雨」の精霊たちの結晶が奪われました。
彼らはいずれも"天"の精霊の中でトップクラスのチカラを持つ者ばかり。
これを黙って見過ごしていられなかったのはアマテラス様、同じ"天"の精霊や彼らに近しい精霊たちでした。
一時期は結晶を巡って戦争が起きましたが、禍神が所在地を変えたために停戦状態になってます────
帰りのHRの後。
光と帰ろうとしてバッグに教科書やノートを入れていた麓に、ある女子が話しかけた。
「ねぇ、麓さん」
「…立花さん。どうかしましたか?」
凪にこういう女には気を付けろ、と釘を刺されたので麓の警戒心が強くなる。振り向きつつも、声は抑え気味だ。
対する立花の声は恋する乙女で、瞳は輝いている。この時点で嫌な予感しかない。
「この前のこと、どうだったかしら?」
「あぁ…凪さんに宣伝、ですよね。えっと────"まぁ覚えてやる。俺のことだからすぐ忘れるかもしんねェけど"だそうです。なので期待しない方がいいですよ」
本音は隠して、凪らしい他の言葉を考えた。我ながら彼が言いそうな気がする。意外と凪語が自分の中で定着しているらしい。
「私のためだけにお言葉を下さるなんて…はぁ…」
立花は完全に信じこんだようだ。ほんのり赤く染めた頬に手を当てて、(麓が偽造した)凪の言葉にうっとりと酔いしれている。
若干宗教じみてて怖いが、都合がいい。
「ということなので私はこれで失礼しますね」
「待って!」
今度は何…。宣伝してほしいというだけでも重いのに。これ以上何か頼まれるのはうんざりだ。
しかし立花は麓の気持ちに気付かず、輝きを一層増した瞳で胸の前で手を組んだ。
「もうすぐクラスマッチがあるじゃない。その時に…」
うわ、また面倒事が…今回は断ろう。宣伝しただけで充分なハズだ。麓は心の中でそう決めて立花の言葉を待った。
「私と凪様を引き合わせてほしいの!」
瞳の色、勢い、組んだ両手。それらをトータルして、麓はがっくりとうなだれた。
「はい…」
その場の状況と麓の性分、全てが合わさって引き受けてしまった。
頼まれたことは断れない性格が、後に災いを引き起こしてしまうことを知らずに。
「────んで、俺がその立花っちゅー女に会えってか」
「本当にすみません。断れませんでした…」
その日の夜。時代錯誤な和装をした男女2人が、花弁が散った桜の木の下にいた。
月に照らされた凪に、麓は夕方のことを謝っていた。
「しょうがねェ、おめーじゃ勝てなかったんだろ?」
「おっしゃる通りです…」
麓がうつむいているのに対し、凪は考え事をしているのか月を見上げている。しばらくしてからつぶやくように言った。
「クラスマッチの最後に、優勝したクラスと教師チームの試合がある。そん時に俺に連絡しろ」
「えっ、会うんですか?」
彼は仕方なさげに肩をすくめた。
「そうするしかねェだろ。相手が相手なんだからよ」
「…ごめんなさい」
「ガキが気ィ遣うな。俺は俺でその女を適当にあしらう」
「そうですか。でも!ガキってなんですかガキって」
「言ったまんまの意味~。300くらい歳違うんだぜ?」
余裕の笑みを浮かべて横目で麓のことを見下ろす凪にムッとして、麓は上目遣いで彼をにらんだ。
彼は鼻で笑って背を向けた。
「そろそろ戻るぞ。風が出てきた」
寮に向かって歩くその背中は麓のことをガキ呼ばわりするだけあって広い。
その日の五限目はさらに眠気を誘われる授業だった。
「本日は年に一度の義務、精霊の伝承話を朗読します」
さわやな笑顔で告げた霞は、古ぼけた本をペラペラとめくっていく。
それは各学園に一冊ある、"天"の学者による手書きの本────『精霊紀』。
各学年が年に一度、国語の授業で教師によって朗読される。
もちろん麓は初めて。だがこの学園に長くいる者にとっては、耳にたこができるほど聞き飽きている。
すでに睡魔に襲われている者がいるから、しばらくしたら霞の美声で眠り込んでしまうだろう。
「それでは読んでいきます────」
およそ三千年前、この国の都として栄えていた場所に突如として地震や辻風などの自然災害が相次ぎました。
立て続けて起こる天災に人間たちは戸惑うばかり。華やかだった都はみるみるうちに荒れ果てていきました。
しかし精霊たちには原因が分かっていました。
我らが長、アマテラス様を敵視する愚神────禍神と呼ばれる神のしわざだと。
彼は平和なだけの世界を嫌っていました。刺激に満ちた世界を望んでいたのです。
禍神が自らその悪事をやめる姿を望んでいたアマテラス様は、もうそれ以上黙っていることはできませんでした。
彼女だけが持つ、優しい者には温かく感じるが悪に染まった者には火あぶりされている感覚に陥る光輪で禍神を昇天させました。
次に生まれ変わるときは今と正反対であることを願って。
禍神は昇天した後、生まれ変わりました。
"天"の1人、雪の精霊として。
清廉潔白な外見で目立った行動はなかった彼でしたが、ある日突然、髪を黒く染めました。さらに瞳には赤褐色のカラコン。
それから彼は精霊狩りを始めました。
これが天災地変の先駆けです。
これまでに「地震」「雷」「梅雨」の精霊たちの結晶が奪われました。
彼らはいずれも"天"の精霊の中でトップクラスのチカラを持つ者ばかり。
これを黙って見過ごしていられなかったのはアマテラス様、同じ"天"の精霊や彼らに近しい精霊たちでした。
一時期は結晶を巡って戦争が起きましたが、禍神が所在地を変えたために停戦状態になってます────
帰りのHRの後。
光と帰ろうとしてバッグに教科書やノートを入れていた麓に、ある女子が話しかけた。
「ねぇ、麓さん」
「…立花さん。どうかしましたか?」
凪にこういう女には気を付けろ、と釘を刺されたので麓の警戒心が強くなる。振り向きつつも、声は抑え気味だ。
対する立花の声は恋する乙女で、瞳は輝いている。この時点で嫌な予感しかない。
「この前のこと、どうだったかしら?」
「あぁ…凪さんに宣伝、ですよね。えっと────"まぁ覚えてやる。俺のことだからすぐ忘れるかもしんねェけど"だそうです。なので期待しない方がいいですよ」
本音は隠して、凪らしい他の言葉を考えた。我ながら彼が言いそうな気がする。意外と凪語が自分の中で定着しているらしい。
「私のためだけにお言葉を下さるなんて…はぁ…」
立花は完全に信じこんだようだ。ほんのり赤く染めた頬に手を当てて、(麓が偽造した)凪の言葉にうっとりと酔いしれている。
若干宗教じみてて怖いが、都合がいい。
「ということなので私はこれで失礼しますね」
「待って!」
今度は何…。宣伝してほしいというだけでも重いのに。これ以上何か頼まれるのはうんざりだ。
しかし立花は麓の気持ちに気付かず、輝きを一層増した瞳で胸の前で手を組んだ。
「もうすぐクラスマッチがあるじゃない。その時に…」
うわ、また面倒事が…今回は断ろう。宣伝しただけで充分なハズだ。麓は心の中でそう決めて立花の言葉を待った。
「私と凪様を引き合わせてほしいの!」
瞳の色、勢い、組んだ両手。それらをトータルして、麓はがっくりとうなだれた。
「はい…」
その場の状況と麓の性分、全てが合わさって引き受けてしまった。
頼まれたことは断れない性格が、後に災いを引き起こしてしまうことを知らずに。
「────んで、俺がその立花っちゅー女に会えってか」
「本当にすみません。断れませんでした…」
その日の夜。時代錯誤な和装をした男女2人が、花弁が散った桜の木の下にいた。
月に照らされた凪に、麓は夕方のことを謝っていた。
「しょうがねェ、おめーじゃ勝てなかったんだろ?」
「おっしゃる通りです…」
麓がうつむいているのに対し、凪は考え事をしているのか月を見上げている。しばらくしてからつぶやくように言った。
「クラスマッチの最後に、優勝したクラスと教師チームの試合がある。そん時に俺に連絡しろ」
「えっ、会うんですか?」
彼は仕方なさげに肩をすくめた。
「そうするしかねェだろ。相手が相手なんだからよ」
「…ごめんなさい」
「ガキが気ィ遣うな。俺は俺でその女を適当にあしらう」
「そうですか。でも!ガキってなんですかガキって」
「言ったまんまの意味~。300くらい歳違うんだぜ?」
余裕の笑みを浮かべて横目で麓のことを見下ろす凪にムッとして、麓は上目遣いで彼をにらんだ。
彼は鼻で笑って背を向けた。
「そろそろ戻るぞ。風が出てきた」
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