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4章
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畳が敷かれた障子貼りの部屋。
庭には松や桜、中央には石で囲まれた池があり、鯉たちが優雅に泳いでいる。
照明も和風で、木で組まれたものが柔らかい光を放っている。ここまで来る廊下にも、形は違うが同じ和風照明がいくつも並べられてあり、旅館にでも来た気分になった。
「懐かしい…。わっちのいた遊郭もこんな風にお客様をお出迎えしておりんした」
「そうなんだ…。私はそれより気になることがありんす…」
「?」
2人は和室で座布団の上で正座していたのだが、夜叉の視線は舞花の足元。
いつもは膝から下はぼんやりとして見えないのだが今日ははっきり見える。今は正座しているので着物に覆われて見えないのだが。
地上を、というか舞花が歩く所を見たのは初めてだった。その様子はやはり教養高い花魁なので、楚々として美しい。時代劇よりもずっと目を惹かれる。白い横顔も赤い唇も。
「なんでなんで!?」
「わっちにも分かりんせん」
夜叉は足を崩して畳に手をついて舞花に近寄った。これ、と煙管でコツンと頭をつつかれた。これも実際につつかれた感触がしたのは初めてだった。
「行儀が悪うござんす。おとなしく待ちなんし」
「え~…。急にこんなとこ連れて来られてじっとしてらんないよ」
夜叉は畳に寝転がったが、同時に障子がわずかに開く気配がしてとっさに姿勢を正した。隣の舞花は”やれやれ…”と言いたげな顔をしていたが、彼女も背筋をスッと伸ばす。
「…失礼します」
部屋に入ってきたのは、真っ赤な髪を頭のてっぺんでおだんごにした10歳くらいの少女。夜叉と同じく右目が閉ざされているのか、花の形の眼帯をしていた。
舞花に比べたら簡素な着物を着ている。帯留めにも帯にも控えめな鳥の装飾がアクセントになっていた。見慣れない鳥に夜叉が思い浮かんだのは伝説と謳われる存在。
「鳳凰…?」
「いえ。これは朱雀です」
少女は2人の前にお茶の入った湯飲みと、花をかたどった赤い陶器の皿に練り切りと黒文字を置いた。
「朱雀様…」
「はい。我らの頭領の名です」
少女の答えに舞花の方が先に反応した。少女はにっこりと笑って手をついて頭を下げた。
「舞花さんに夜叉さんですね。お会いできて光栄です」
「はぁ…?」
夜叉は目を点にしたが、舞花は畳に手をついてお辞儀をした。
「こちらこそ」
「お2人のことは度々伺っておりました。いつかお二方をここへ連れてくるとおっしゃていたのですが…このような形になってしまって…」
「あのよく分からん男のせいで?」
「ここからは自分がお話致します」
静かに部屋に入ってきたのは夜叉と同じ髪色をした少女────さっきの夜叉のそっくりさんだ。
彼女は少女にありがとうと告げ、自分のお茶はいらないと首を振った。少女はもう一度2人に向かって座礼をし、お盆を持って部屋を出た。
そっくりさんは部屋の隅から座布団を持ってきて、2人の前に置いて正座をした。
さっきの衣装(?)から着替えたのか、シンプルな藤色の着物に黒い羽織を合わせている。
近くでまじまじと見ると、彼女の方がキリッとした顔立ちで瞳は切れ長だ。唇は薄く、身体の骨格がしっかりしている。
「先ほどは申し訳ございませんでした。ロクに説明もせずにここへ連れてきて。オマケに名乗ってもいませんでしたね」
彼女は軽く頭を下げ、背筋を伸ばした。しゃんとした様子は夜叉よりも年上に見えた。声は中性的で、どちらとも言えない感じが彼女の魅力に思えた。
「自分は阿修羅と申します。朱雀様が頭領で、お2人のことは存じ上げております」
「ほぉ…。私たち有名なの?」
「頭領の娘にござんすから」
「それだけではありません。朱雀様はお2人のことを強く愛しておられましたから…。あの方のノロケを聞くのは我々の日課でした」
「お、おぅ…。実感ないけど自分の父親として恥ずかし…」
頬をかいて苦笑いする夜叉の隣で、舞花も頬を染めていた。
阿修羅に勧められてお茶とお菓子を頂いた。おそらくここは夜叉たちが住む場所と別世界だろうが、どちらも夜叉が食べたことがあるものと変わりがない。
「あの。ここはどこなんですか?」
「我ら戯人族の世界です。神々とも違う、人間とも違う空間。我々は人間界と時を自由に行き来でき、あなた方に紛れて生活することもあります」
「そう…なんだ。やっぱりあなた方は皆、片目は開かないの?」
「えぇ、いざという時にしか開くことはありません」
そう話す彼女は、眼帯をつけていない。右目には刃物を入れたような傷跡が、瞳と十字になっている。
「夜叉様は自分の能力が普通より優れていると思ったことはありませんか? 右目が開かれた時、あなたの本来の力が解放されます。今以上の力を────」
「今以上…」
「それを使う時がないのが1番いいのですが」
目を伏せた阿修羅に夜叉は困惑した表情になったが、阿修羅はそのことについてそれ以上話すことはなかった。
だが、突然暗い顔で顔をうつむかせ、膝の上で拳を握った。
「実は朱雀様ですが…。ここにはいらっしゃいいません」
「さっき主が言っていた、人間界で紛れて暮らしているのでありんすか? ここにいないのはなんとなく分かっておりんした」
「いえ…。あの方は────舞花様が亡くなった日に亡くなりました」
舞花は口を上げたが声を上げられず、瞳は見開かれ、口元を手で押さえた。
夜叉が彼女のことを見ると、横を向いて瞳をぎゅっと閉じて肩を震わせた。目の端に涙がにじんでいる。
「舞花…」
「ごめんなんし…。母親がこんなみっともない姿を…」
「全然…」
舞花が号泣するのを、彼女の背中をさすって見守っていた。
特別悲しみを感じることはできないが、舞花からもらい泣きしそうな感覚にはなった。
会ったことはないがれっきとした産みの父親だから。
庭には松や桜、中央には石で囲まれた池があり、鯉たちが優雅に泳いでいる。
照明も和風で、木で組まれたものが柔らかい光を放っている。ここまで来る廊下にも、形は違うが同じ和風照明がいくつも並べられてあり、旅館にでも来た気分になった。
「懐かしい…。わっちのいた遊郭もこんな風にお客様をお出迎えしておりんした」
「そうなんだ…。私はそれより気になることがありんす…」
「?」
2人は和室で座布団の上で正座していたのだが、夜叉の視線は舞花の足元。
いつもは膝から下はぼんやりとして見えないのだが今日ははっきり見える。今は正座しているので着物に覆われて見えないのだが。
地上を、というか舞花が歩く所を見たのは初めてだった。その様子はやはり教養高い花魁なので、楚々として美しい。時代劇よりもずっと目を惹かれる。白い横顔も赤い唇も。
「なんでなんで!?」
「わっちにも分かりんせん」
夜叉は足を崩して畳に手をついて舞花に近寄った。これ、と煙管でコツンと頭をつつかれた。これも実際につつかれた感触がしたのは初めてだった。
「行儀が悪うござんす。おとなしく待ちなんし」
「え~…。急にこんなとこ連れて来られてじっとしてらんないよ」
夜叉は畳に寝転がったが、同時に障子がわずかに開く気配がしてとっさに姿勢を正した。隣の舞花は”やれやれ…”と言いたげな顔をしていたが、彼女も背筋をスッと伸ばす。
「…失礼します」
部屋に入ってきたのは、真っ赤な髪を頭のてっぺんでおだんごにした10歳くらいの少女。夜叉と同じく右目が閉ざされているのか、花の形の眼帯をしていた。
舞花に比べたら簡素な着物を着ている。帯留めにも帯にも控えめな鳥の装飾がアクセントになっていた。見慣れない鳥に夜叉が思い浮かんだのは伝説と謳われる存在。
「鳳凰…?」
「いえ。これは朱雀です」
少女は2人の前にお茶の入った湯飲みと、花をかたどった赤い陶器の皿に練り切りと黒文字を置いた。
「朱雀様…」
「はい。我らの頭領の名です」
少女の答えに舞花の方が先に反応した。少女はにっこりと笑って手をついて頭を下げた。
「舞花さんに夜叉さんですね。お会いできて光栄です」
「はぁ…?」
夜叉は目を点にしたが、舞花は畳に手をついてお辞儀をした。
「こちらこそ」
「お2人のことは度々伺っておりました。いつかお二方をここへ連れてくるとおっしゃていたのですが…このような形になってしまって…」
「あのよく分からん男のせいで?」
「ここからは自分がお話致します」
静かに部屋に入ってきたのは夜叉と同じ髪色をした少女────さっきの夜叉のそっくりさんだ。
彼女は少女にありがとうと告げ、自分のお茶はいらないと首を振った。少女はもう一度2人に向かって座礼をし、お盆を持って部屋を出た。
そっくりさんは部屋の隅から座布団を持ってきて、2人の前に置いて正座をした。
さっきの衣装(?)から着替えたのか、シンプルな藤色の着物に黒い羽織を合わせている。
近くでまじまじと見ると、彼女の方がキリッとした顔立ちで瞳は切れ長だ。唇は薄く、身体の骨格がしっかりしている。
「先ほどは申し訳ございませんでした。ロクに説明もせずにここへ連れてきて。オマケに名乗ってもいませんでしたね」
彼女は軽く頭を下げ、背筋を伸ばした。しゃんとした様子は夜叉よりも年上に見えた。声は中性的で、どちらとも言えない感じが彼女の魅力に思えた。
「自分は阿修羅と申します。朱雀様が頭領で、お2人のことは存じ上げております」
「ほぉ…。私たち有名なの?」
「頭領の娘にござんすから」
「それだけではありません。朱雀様はお2人のことを強く愛しておられましたから…。あの方のノロケを聞くのは我々の日課でした」
「お、おぅ…。実感ないけど自分の父親として恥ずかし…」
頬をかいて苦笑いする夜叉の隣で、舞花も頬を染めていた。
阿修羅に勧められてお茶とお菓子を頂いた。おそらくここは夜叉たちが住む場所と別世界だろうが、どちらも夜叉が食べたことがあるものと変わりがない。
「あの。ここはどこなんですか?」
「我ら戯人族の世界です。神々とも違う、人間とも違う空間。我々は人間界と時を自由に行き来でき、あなた方に紛れて生活することもあります」
「そう…なんだ。やっぱりあなた方は皆、片目は開かないの?」
「えぇ、いざという時にしか開くことはありません」
そう話す彼女は、眼帯をつけていない。右目には刃物を入れたような傷跡が、瞳と十字になっている。
「夜叉様は自分の能力が普通より優れていると思ったことはありませんか? 右目が開かれた時、あなたの本来の力が解放されます。今以上の力を────」
「今以上…」
「それを使う時がないのが1番いいのですが」
目を伏せた阿修羅に夜叉は困惑した表情になったが、阿修羅はそのことについてそれ以上話すことはなかった。
だが、突然暗い顔で顔をうつむかせ、膝の上で拳を握った。
「実は朱雀様ですが…。ここにはいらっしゃいいません」
「さっき主が言っていた、人間界で紛れて暮らしているのでありんすか? ここにいないのはなんとなく分かっておりんした」
「いえ…。あの方は────舞花様が亡くなった日に亡くなりました」
舞花は口を上げたが声を上げられず、瞳は見開かれ、口元を手で押さえた。
夜叉が彼女のことを見ると、横を向いて瞳をぎゅっと閉じて肩を震わせた。目の端に涙がにじんでいる。
「舞花…」
「ごめんなんし…。母親がこんなみっともない姿を…」
「全然…」
舞花が号泣するのを、彼女の背中をさすって見守っていた。
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会ったことはないがれっきとした産みの父親だから。
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