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7章

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 彦瀬は自分の席で、さっきの歴史の授業の宿題を片していた。今日のバイトに少しでも長く入れるように。

「あーやっぱ分っかんない! やーちゃん!」

「もー何? 人を便利屋みたいに呼びつけないの」

 …と、文句を言いたげなトーンだが彦瀬の席へ行くのが夜叉。もちろん瑞恵も来て、近くの椅子を引いて彦瀬の机の前に座った。

 夜叉も椅子を自分のを持って行こうとしたら、即座に阿修羅が現れて椅子を持ち上げた。どんな側近だよ、とツッコミたくなる速さだ。

「私立の歴史じゃん、中学より覚えること少なくて簡単じゃない?」

「そんなことないー…。人類が皆、やーちゃんと同じ脳を持ってると思わないでぇ~…」

「彦瀬は大げさだなー。さっきの授業ちゃんと聞いてたら分かるでしょ」

「寝てたもーん」

「おバカ!」

 瑞恵は彦瀬の頬をつねった。夜叉も大げさに肩をすくめてため息をついてみせた。彦瀬が授業中にこっくりと漕いでいるのはよく見る。それを先生につつかれる所も。

「…どうぞ、やー様」

「ありがと…ってこんなことしなくていいよ。椅子くらい自分で運べるって」

「いえ。やー様のお手をわずらわせたくないので」

 2人のやり取りに瑞恵が彦瀬の机に肘をついた。

「青川さんって手先通り越してやーちゃんの執事に見えてきたかも…」

「執事って何…てか手先もだけど」

「だってこんな颯爽と現れるんだよ? もうただのイケメンじゃん」

「イケ…ありがとうございます」

 律儀に腰を追った阿修羅はやっぱり真顔だ。夜叉はいつか、彼は本当は男だってことがバレるような気がしていた。

 (女子の見た目にしては男らしく)力があって、重たいものを運んでいる女子生徒の手からそれを受け取って代わりに運ぶ光景も目にする。体育でも運動神経は抜群で、もちろんそれは夜叉以上で男子生徒を圧倒するほど────というのは、当たり前なんだろうが。体操服を半袖にしたときの筋肉量は、ただの女子高生には見えづらい。

(今さら阿修羅が男の姿になってるトコって想像しづらいかも…。髪キレイだから切ってほしくないなぁ…。あ、いや男だからって短髪じゃなくていいんだけど。青龍さんだってそうだし)

「ねーねーやーちゃんってば! 聞いてる?」

「お、おぉ何?」

「響高の話だって。やーちゃんが前に織原さんと乗り込んだ学校。なんか今、もう不良なんていないんだって。ラスボス的な人が卒業するから解散だーとかなんとか」

 阿修羅が一瞬だけ殺気立った。夜叉も背筋に悪寒が走り、自分の唇にふれた。

 ラスボス────影内朝来。ここで彼の名前を知っているのは阿修羅と夜叉だけだろう。

「そう…なんだ。ていうかよく知ってるね。どっからそんな情報入ってくるの?」

「ん? 響高に通ってるジモティーからだよ」

「ほー。響高、平和になりそうだね」

「そうね…」

「なんかやーちゃんちょっと上の空? 乗り込んだ時のこと思い出してるの?」

「ま、まぁね」

 夜叉は不自然に背伸びをして首を鳴らした。

 阿修羅は殺気を抑え込むように、握り締めた拳を震わせていた。

 舞花も姿を現し夜叉の後ろで浮遊しながら、煙管を持って眉をしかめていた。

「その話してる時にジモティーが言ってたんだけどさ、そのラスボスはけっこう顔がいいんだって。どっちかというと女の子みたいなかわいい感じの見た目だって。普段の物腰も柔らかくて口調も穏やかだけど、やることは鬼だから近寄りがたいとかなんとか」

「やーちゃんはラスボスを見たの?」

「あ…あぁーまぁ…」

「どうだった? やっぱり顔は他の不良と違った!?」

「そ、だね」

「やー様。顔色が悪いです。保健室に行きましょう」

 夜叉の声に不自然に素早く続け、彼女の肩に手を乗せた。

 彦瀬と瑞恵も夜叉の顔をのぞきこみ、心配そうに眉をくもらせた。

「ホントだ…やーちゃん大丈夫?」

「なんか嫌なこと思い出した…?」

「だ、大丈夫だって! ちょっとご飯食べ過ぎて気持ち悪いかなっていうか…」

「顔が青白いですよ。いつもは頬がバラ色なのに」

 阿修羅は腰をかがめて夜叉の頬を手のひらでふれた。

 その様子にクラス中が思わず”お、おぉ…”とうっとりした雰囲気になった。中には”尊み秀吉…”と言いたげに手を合わせて拝んでいる者も。

 夜叉はその雰囲気にのまれかけたが、ハッと椅子の上で飛び上がって阿修羅の手首をつかんで顔を赤らめた。

「なっ…何しとんじゃ! 小説の描写か! こっ恥ずかしいこと人前で言ってんじゃないよ!」

「それはすみませんでした…今度は2人の時に申し上げます」

「そういうことでもない!」

「とりあえず保健室へ参りましょう」

「ちょ…ちょお阿修羅!」

 阿修羅は夜叉を椅子の上から持ち上げて横抱きにした。その様子にまたクラス中がどよめく。目の前の彦瀬と瑞恵は顔を赤くして口元を両手で押さえた。

「…彦瀬さん、原田さん。やー様のことを次の授業の先生に伝えてもらっていいですか? 自分は付き添いとして行って参ります」

「分かった…お大事にね…」

「私は大丈夫だって! 下ろせコラ!」

「暴れないでください」

 阿修羅の腕の中で手足を振り回す夜叉は、冷静な彼によって教室から連れ出された。
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