義手の探偵

御伽 白

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犬養 誠

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 声をかけて来た男を見て玲子は、「やっと来た」と呟いた。
 全く筋肉の付いていないひ弱を絵に描いたような男性。身長はそれなりにあるが、そのせいか余計に細さが際立って見える。顔は悪くないが、何を思ったのか『アイ、アム、アルミマン』と書かれた長袖のTシャツを着ている。妙に勢いのある習字で書いたような文字が絶妙なダサさを感じさせる。
 玲子はその姿に溜息を吐く。警戒心などもてるはずもない。玲子の眼の前に現れた男こそ、玲子の友人の犬養 誠である。
 犬養 誠は、非常に弱い生き物である。細すぎる体。色白な肌、喧嘩もしたことのなさそうななよなよとした振る舞いは、頼りなさが服を着て歩いているような印象すら受ける。
 女性と本気で戦っても勝ち目のなく、力が足りずに缶コーヒーを開けられずに困っているところを近くの人に助けてもらう。そんな姿が日常的に見られる男である。
 彼は祖父の代から続く小さな古物商を営んでおり、仕事で幻想遺物の存在を知り、度々、怪しげな噂話を聞きつけては、玲子と一緒に今回のように都市伝説や噂などを調査している。それなりに長い付き合いである玲子は、彼の服装のセンスに今更驚きはしない。誠はオシャレに興味がない訳ではないはずなのに、ダサいという天性の才能の持ち主である。
「何? その服」
 呆れた表情を浮かべながら玲子は、誠に問いかける。
「え? 何が? 公園に行くから虫とかいるし、長袖の方が良いかなって思ったんだけど」
「なんでそんなダサいシャツを」
「玲子は知らないかもしれないけど、これはネタTと言って、ダサいのが一周回ってオシャレなんだよ。玲子には、まだ早かったかな。」
 勝ち誇るように言う誠の安い挑発に言い返すのも馬鹿馬鹿しくなる。
「そんなだから彼女が出来ない。彼女とのデートでその服着て行ったら、出会った瞬間に失恋する」
「え? 香穂さんにオススメされたんだけど? 似合うって言ってたし」
「それは遊ばれてる」
 確かにある意味、似合っている。けれど、それは悪い意味でだ。
「まあ、それは良い」
 玲子は一旦、気持ちを切り替えることにする。確かに緊張感に欠ける服装ではあるが、逆に言えば、相手からも警戒されにくそうな服装とも言える。
 人畜無害、貧弱を絵に描いたような男がわざわざ弱いと服装でもアピールしているのだ。警戒する方が馬鹿らしというものだ。玲子は自分の中で納得して話を進めることにした。
「この際、その壊滅的ファッションは別に良い」
「え、なんで二回言ったの? 僕の服そこまで酷い?」
「墨汁に漬け込みたいレベル」
「それ、ただの黒い服!」
 軽くショックを受ける誠を放置して話を進める。
「中に入る。噂の女の子がもう来ているかもしれない」
「あのさ、服屋さんに買いに戻っちゃダメかな」
「どうせダサいから一緒」
「辛辣すぎないですかね⁉︎」
 そう言って叫ぶ誠を放置して、玲子は公園の中に入っていく。
「嘘・・・・・・無視? 僕達、友達だよね? ちょっと、待って、行く! 行くから! 待ってよ!」
 誠も慌ててどんどん中に入っていく玲子を追いかけた。
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