義手の探偵

御伽 白

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怖いかと言われても

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「とまあ、馬鹿な私は縁を結んだことにより、絶賛後悔中なわけですよ」
 自虐的に笑いながら、シロノは簪を優しく撫でる。簪は自分の後悔の証であると同時にシロノにとって自分の居場所を初めて得た確かな証でもあった。
「けど、この居場所を失ったら、また一人ぼっちです。そう思うとなかったことに出来ないんです」
「幻想遺物の効果がなくなってもまたやり直せば良いじゃないですか」
 誠は、率直に思ったことを話す。確かに幻想遺物の効力がなくなるかもしれないが、本人達に関係性を維持したい思いがあれば、幻想遺物の効果をなくしたとしても変わらないのではないか。しかし、シロノは首を振って否定する。
「縁を切るというのは、繋がりを断つということです。結んだ相手との関わった記憶が全てなかったことにされるんです」
 幻想遺物の効果は、使用者に幸運を与えてくれるものだけとは限らない。使用者の腕を奪ったり、寿命を削ったりと、力が強ければ、その反動も大きくなりやすい。幻想遺物に人生を狂わされた者が多いのはそういった理由からである。
 幻想遺物『縁結び』には、おおよそ、代償というものは存在しない。過剰に縁を結べば、対象の精神を蝕むという効果があるものの、用法をしっかりと管理していれば、危険も少ない。しかし、無理矢理に結んだ縁は、切ればすぐになかったことにされてしまう。
 シロノは罪悪感から何度も簪とハンカチを結ぶ糸にハサミを向けたことがある。しかし、縁結びの効力を知っている以上、シロノとの関係は全てなかったことにされる。大切になった相手、好きになった相手に自分のことを忘れられるのは辛い。縁を切った未来を想像して、行動できないままであった。
「ビビリで愚かな私は、結局、自分と同じ様な罪の人間を作って憂さ晴らしをしていただけです。本当に、何度、後悔の上塗りをしたら気が済むのか。それで、人の命まで危険に晒して、ああ、本当に死んだ方が良いのでは・・・・・・浅慮すぎでしょう。私」
 シロノは、そう言いながら項垂れていく。自己嫌悪がどんどんと酷くなる様子に誠は「大丈夫ですよ。これから、縁結びを使わない人間関係を築いていけば良いんですよ」と励ました。けれど、シロノは首を振った。
「私はまともな生活は送れないと思います。」
「どういう意味ですか?」
 シロノは、ゆっくりと深呼吸をして気持ちを切り替えた。常に意識してバレない様に隠していたのをやめ、力を抜くと次第にシロノの頭の上にフサフサとした白い毛並みの耳が生え、お尻の少し上から、ふわふわとした尻尾が生えてきた。狐を思わせる耳と尻尾は、彼女が普通の人間でないことを誠にすぐに理解させた。
「私は、妖怪とか亜人種とか呼ばれる存在なんです」
「・・・・・・はあ。なるほど」
「そうですよね。怯えるのも無理はありません。私は普通の人間ではないんです。気味が悪いのも当然・・・・・・あれ? 反応薄くありませんか?」
 拍子抜けした様子でシロノは、誠の表情を見るが、恐れはなく、それどころか、興味深そうにシロノのことを眺めていた。
「いや、確かにびっくりしましたけど。今日日、狐耳の女の子を見て怖がるほどでもないです。それに妖怪なんかの存在は、見たことはありませんでしたけど、いることは知ってましたし」
 幻想遺物マニアである誠は、関連サイトを熟読している。その際に、妖怪を見ることの出来る幻想遺物の存在もあることから、妖怪変化の類が存在していること自体を受け入れていた。
 幻想遺物のルーツを探れば探るほど、魔法や呪術などの要素とは切って切り離せない。妖刀を打つことの出来る妖怪が作り出したとされる妖刀や魔女が生み出した奇跡を起こす道具など、幻想遺物の紹介には、そういった亜人種や妖怪などの話は付き物であり、幻想遺物の実在を知っている誠からすれば、妖怪変化の類を信じない方が違和感がある。
「それに可愛いですよ。最近、流行ってますし、ケモミミ。」
「・・・・・・そんな軽い感じで流されるはずじゃないんですけど、シロノさん、かなり決死の覚悟の告白だったんですけど・・・・・・」
「人間を食べたりするとかなら、話は違ってくると思いますけど、容姿に耳と尻尾が生えてるぐらいですしね」
「それはあなたの許容量が大きすぎるだけなのでは・・・・・・」
 正体を必死に隠してきた自分が馬鹿みたいだとシロノは落胆する。けれど、誠の対人に関する許容量の広さが人並外れているというのも事実ではあった。そもそも、規格外に広い人脈を有する誠は、価値観の違いや外見の美醜など、貧富の差などについて差別しない。大体の場合は、「そういう人もいるのか」と許容してしまえる。他者に対する拒否感が薄いのである。
 他の人間がシロノを見れば、自分とは違う存在として忌避する可能性も十分にある。もっと言えば、物珍しい存在として、亜人種を狙う犯罪者も存在しないとは言えないため、シロノの警戒は正しい。
「それなら、僕に正体をバラしたのは良かったんですか?」
「説明に必要でしたからね。それに危険なら最悪、縁結びで縁を結んで切っちゃえば、証拠隠滅出来ますから」
 サラリと恐ろしいことを話すシロノに、軽く愛想笑いを浮かべ、幻想遺物の恐ろしさを再認した。縁を結んだ相手の記憶を消す事の出来る効果も悪用しようと考えれば、いくらでも考えられる。相手の普段身につけている物が必要という制約はあるが、それを加味しても強力な効果を持った幻想遺物であることに疑いはない。
「でも、ちょっと自信が出てきました。美琴さんみたいな変人ばかりじゃないにしても、受け入れてくれる人は一定数いるって」
「変人って・・・・・・」
 悪意のない毒舌に誠は少し、切なさを感じてシロノの言葉を反芻するが、シロノは気にした様子もなく会話を続けた。
「そう言えば、美琴さんじゃないんですよね。本名はなんていうんですか?」
 そう言われて、初めて誠は、自分が名乗っていなかったことに気付いたのであった。
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