義手の探偵

御伽 白

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情報の怪物

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「なるほど。糸を切れば、縁が切れるか」
 誠は化粧を落として、着替えてから玲子の家に訪れた。女装した姿を従業員である加賀に見られたが、「おおー」と関心した声を上げるだけで、何も言われなかったことが、逆に辛かった。そこから、逃げる様に玲子の家を訪れ、いつもの様に料理をしながら、事の経緯を説明していた。一連の流れを説明され、玲子は「相変わらず、お人好しというか。まあ、結果的に良い方向に転んだからな」とため息を溢した。
「縁を結んだ相手はこのことを知っているはずだから、隠してるか、大事にしまってあると思うよ」
「だろうな。縫い付けているのは市販の糸なんだろ? 下手に動かして糸が切れても大変だ」
 いくら数回縫い付けたと言っても、ただの糸である以上、経年劣化は防ぎようがないし、下手に触ってお互いの存在を忘れる事態になれば、目も当てられない。普通の人間なら間違いなく、安全な場所に置いておくはずだ。
「誠は真斗について情報が集まったのか?」
「うん。聞いてきたよ。住所と電話番号、家族構成とか、後ろ暗い噂話もいくつか」
 あっさりと言ってのける誠に玲子は驚嘆した。人の口に戸は立てられないとはよく言われるが、個人情報などに関して収集するのは、人脈が広いからと言って容易ではない。それをこうも簡単に集めてこられると誠という人物の異様さが、はっきりとする。
 玲子の探偵業も誠の情報網の助けがあって成り立っている部分がかなり多い。幻想遺物アーティファクトの情報などの信憑性を確認することにも活かされている。
「本名は桐生きりゅう 真斗まさと。年齢は23歳、かなり恋多き若者みたいだよ。度々、女性と付き合って別れてる。全て浮気が原因らしい。熱しやすく冷めやすい性格らしく、凝り症だけど、飽きっぽい。女性関係にもそれが出てるね。習いごとは、ピアノ、野球、サッカー、水泳、習字などなど、幅広くするけど、長く続いたものはない。仕事は、IT系の仕事をしているみたいで、お金も結構、稼いでいるみたい。ただかなりの浪費家らしく高級車に乗ってるね。車種はーーー」
 誠は得た情報を列挙していく。それは噂話で得られるレベルを明らかに越えている膨大な情報は、真斗という人間を暴いていた。
 誠という人間は、一見すれば頼りのない風貌をした人間である。筋肉のついていない細い体は、手折るのを容易に感じられる。闘争本能を感じさせない雰囲気は、まるで外敵のいない檻に飼育された小動物の様である。しかし、彼が凡人であるかという問いに関しては、異を唱えざるを得ない。
 『六次の隔たり』という理論を知っているだろうか。友人やその友人の友人などの存在を繋いでいけば、六人以内に世界中の人間と間接的な知り合いになることが出来るという理論である。
 誠の異能とも呼べる様な特技はこれに近い。知り合いの知り合いを経由して、この街の人間の情報を手に入れている。実際のところ、交友関係の広い人間が三人いれば、一つの町であれば情報を掌握することが可能である。
 当然であるが、誠もこの街の人間を全て知っている訳ではない。この街の人間を知っている人を知っているだけである。通りすがる人間が誰かを全て理解している訳ではない。しかし、調査すれば、探偵顔負けの情報を入手することが出来る。
「対人トラブルが多い人は、調べやすいね。嫌いな相手の悪口って言いやすいから」
 もし仮に誠がこの才能を悪用していれば、幻想遺物などより脅威になることは明白である。しかも、本人はこの怪物性の自覚が薄いのだから質が悪い。
「こういう時だけは頼りになる」
玲子は、嫌味を込めてそう呟いた。
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