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監禁

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 愛、この世で一番美しいものだと哲学者は言った。

 しかし、彼、宮原 湊は、全くの別意見だった。

 愛なんてものは、押し付けでエゴの塊で、汚いものだ。と湊は、吐き捨てる。それは、現状を鑑みての言葉であった。

 湊は、男性にしては小柄で長く伸びた髪は、女性的で遠目から見れば、いや、間近で見たとしても女性と見間違えるほどにやや女性を思わせる整った容姿をしている。さらには、湊の身につけている服は、男性のものではなく、まるで映画に出てくる様なお姫様の様な服を着ていた。

 湊は、自分の置かれている状況を再確認する。手足には、その見目麗しい姿には似つかわしくない鎖が繋がれており、まるで囚人の様だ。

 「はは、囚人ならある程度、自由があるか。」

 湊は、自虐的な笑みを浮かべてそう呟く。

 彼のいる部屋は、小さな四角い部屋でコンクリートで作られた冷たい壁には、窓もない。あるのは、金属製の重たそうな扉だけである。扉には鍵がかけられ、こちらには、開けるための鍵穴がない。

 部屋には、物はなく唯一、眠るために用意されたベッドと彼を繋ぐ壁に付けられた鎖だけである。

 まともな光もなく薄暗いこの部屋を照らす小さな豆電球は、頼りなく点滅していた。

 この閉ざされた世界は、いつになったら終わるのだろう。絶望で光を失った瞳で湊は、点滅する豆電球を見つめる。

 コツリとヒールが地面を叩く音が部屋の向こうから聞こえてくる。

 その音は一定間隔で湊にとっては毎日の儀式のための音楽の様にも聞こえていた。

 そして、鉄の扉はガチャリと鍵の開く音とともに重い鉄の扉の軋む音をさせながらゆっくりと開いた。

 「はぁ~い、湊ちゃん、元気かしらぁ?」

 そこから、現れたのは、白髪の女性だった。血の様に真っ赤なドレスを身に纏い、りんご飴の様なキラキラとした赤い瞳をしたスラリと長身の女性である。その整った顔立ちは美しくしかしどこか恐ろしくもあった。

 湊は、特に女の言葉を返すことはしなかった。

 「相変わらずね。前はもっとお話ししてくれたのに、私寂しいわ。」

 女は、湊に近づき湊の顔を両手で掴むと無理矢理に自分の方へと向けた。

 「本当に美味しそう。毎日、あなたを食べる事ばかり考えているわ。腕を食べたら、あなたはどんな声をあげるのかしら、その綺麗な瞳を抉りぬいた時、一体、どんな綺麗な声で鳴いてくれるのかしら、あなたの心臓はどんな味がするのかしら、そう考えているだけで、私、逝っちゃいそう。」

 妖艶な笑みを浮かべ女は、そう呟いた。その表情は、言葉さえ狂っていなければ、多くの異性を虜にする様な艶かしい表情であった。

 「これって愛よね。あなたを見つけたその瞬間、私の心はあなたに釘付けだもの。食べたい。髪も瞳も、指も足も、血も全部、全部、全部! あなたの全てが欲しい。これは、愛、なんて素晴らしい気持ちなのかしら・・・・・・」

 うっとりとそう呟く女に向かって湊は「だったら、さっさと殺して食べればいい。」と何の感情もこもってない声で呟く。

 「うふふ、それは魅力的な提案ね。・・・・・・けれど、今じゃないわ。言ったでしょう。私はあなたの全てが欲しい。その体だけじゃない。心も魂も全て! だって、愛し合うっていうのはそういう事だもの。あなたは、私のことだけを考えて、私のために生きて、私のために死んでいく。四六時中、片時も私のことを忘れないで、もう全部全部、あなたの中が私で埋まるまで私は、我慢するわ。だって、そういう過程を楽しむのも素晴らしいでしょう。」

 湊から一切目を逸らさずに女は、笑った。そして、ゆっくりとその顔を近づけ湊の唇に口付けする。

 そして、湊の顔から手を離し、力強く抱きしめる。湊は抵抗すらしない。もうすでに諦めていた。自分はどうあってもここから逃げることは出来ないのだと。

 「いい匂い。本当にどんな食べ物よりもいい匂い。他の誰にも渡したくないわ。だから、ちょっとだけ、味見」

 女はそういうと湊の首筋にゆっくりと舌を這わせる。そして、大きく口を開けた。彼女の口には、人間ではありえないほどに鋭く伸びた犬歯が生えており、湊の首を突き刺した。

 「っ!・・・・・・」

 湊は一瞬、痛みに表情を歪ませる。しかし、女はそんな事を気にした様子もなく、女はそのまま、湊の首筋からゴクゴクと血を啜る。

 彼女は、人間ではない。吸血鬼、紛れもない化け物である。

 「はぁ、いけないいけない。飲みすぎちゃうところだったわ。本当にどんな高級な料理にもあなたの血は負けないわ。」

 首筋から漏れ出す血を舐めとって女は、そう呟いた。

 「また、来るわね。湊、またお話ししましょう。」

 血を吸って満足したのか女はそのまま、鉄の扉から外へ出て行き、再び鍵をかけてヒールで地面を叩きながら去っていった。

 これが、この少年、宮原 湊の日常であった。
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