咲かない桜

御伽 白

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4章

Part 310『認識の相違』

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 呪術師というのは篝の仕事を見てわかる様に本来であれば、戦闘向きな職業ではない。

 呪術には、代償が常に必要であり、起動するためにも代償が必要である以上魔力を消費して事象を改竄出来る魔法使いの方が明らかに戦闘向きである。

 本来は、呪術師と戦闘を行う人物は別であることの方が多い。

 呪術師は武器を作る職人達と同じように戦うものではない。あくまで裏方である。

 しかし、乱丸は百足の攻撃をたやすく避けて短刀で斬りつける。

 百足の攻撃がもう少し駆け引きがあれば、これだけの巨体の化け物と向かい合って戦うのは楽ではなかっただろう。しかし、このレベルの生物相手ならば負ける気がしなかった。

 簡単に言えば乱丸の呪術流派は、変わり種である。

 呪術を戦闘に活かす流派。呪いを短時間で相手に付与するという技術を習得している。

 まだ妖怪達が統治されていない頃、人間を襲うやからと戦うために開発された戦闘技術である。

 相手の実力を削ぎ落とし、自分以下に落としてから潰す。例え落とせずとも相手に戦わせたことを後悔させる。

 戦えば呪術によって弱体化を余儀なくされるなど、誰が戦いたいものか。

 毒虫の様であれ。襲うのを敵が嫌がる様な存在であれ。

 それが戦闘として呪術を使用するスタンスであった。

 相手を斬りつける。それはただ闇雲に切りつけているわけではなかった。斬りつけた跡は呪字だ。

 体の一部を硬化させる代わりに傷の治りを遅くさせる呪術

 筋力を強化する代わりに体の動きを著しく低下させる呪術

 痛みを感じなくなる代わりに知覚能力を低下させる呪術

 などを用いて百足の機能を奪っていく。メリットとデメリットがある呪術だが、捉え方によっては両者がデメリットである場合やメリットの様に感じられることもある。

 痛覚無視と感覚鈍化は利点もあるが欠点も多い。痛みを感じないということは体の危機を察知出来ないという事だ。
 
 一過性の利益でしかなく、長期的に見ればどちらもデメリットである。

 長年の研究によって発見された技術なのである。

 百足は図体こそ大きいが攻撃は単調で工夫もない。切りつけられ呪術が刻まれていくことによって、動きが散漫になってくる。

 そして、最終的に百足はまともに動くことも出来なくなっていた。

 「ふう。こんなものか。それにしても急に何でこいつは暴れたんだ・・・・・・?」

 乱丸は百足の姿を再度確認する。視覚以外の感覚器官は存在していない様な化物だ。

 まともに思考能力がある様にも見えない。今も自分の状態が分かっているとも思えないのだ。

 「・・・・・・乱丸、そりゃあなんだ?」

 騒がしさに気付いたのか家から出てきた篝がそう尋ねる。

 「おやっさん。何言ってんだ。あんたのツレだろ?」

 「・・・・・・それがあいつ?」

 「・・・・・・どういうことだ?」

 篝の反応が不可解だった。自分の嫁に毎日会いに行ってるはずだ。それなのにこのまるっきり別の物を見るような反応に乱丸は違和感を感じる。

 乱丸は篝の嫁の変化した姿を知らなかった。この姿が嫁の変化した姿だと思い込んでいた。

 だから、この姿が魔石を飲み込んだために起こった変化だとは認識していなかった。

 百足の背中が輝いた。それは青い輝きを放つ魔石だった。

 乱丸が気付いた頃には、すでに魔法は完成していた。

 圧倒的な熱量を持った光が百足から放たれた。
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