絶唱のフランシェスカ

ぱんだくらぶ

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プロローグ

黒き歌声

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――その歌声は、祝福か、それとも災厄か。

薄曇りの空の下、小さな村が息づいていた。
ここはアルディア村。辺境にある平凡な農村で、旅人が立ち寄ることも稀な場所だ。だが、そこに暮らす少女フランシェスカの歌声だけは、村人たちにとって特別な存在だった。

彼女が歌えば、野良仕事に疲れた体も、寒さに凍える夜も、不思議と心が軽くなる。「フランシェスカの歌は天使の声だ」と村人たちは口々に言う。

今日も彼女は教会の広場で歌っていた。鮮やかな黒髪を風に揺らし、透き通るような声で人々の耳を癒やしている。子どもたちはその周りを踊り、大人たちは微笑みながら彼女を見守っていた。

「フラン、今日も素敵な歌声だよ!」
村のパン屋のおばさんが、焼きたてのパンを差し出す。フランシェスカは微笑みながら受け取り、軽く頭を下げた。

「ありがとうございます。でも、私の歌は特別なものじゃないです。ただ、みんなが笑顔になるのが嬉しいだけ。」

そう言う彼女の言葉には嘘はない。彼女にとって歌うことは、生きるための自然な営みだった。

だが、その日常は突如として崩れ去る。

夕暮れ時、村の鐘が激しく鳴り響いた。
「――影喰らいだ!」

その名を聞いた瞬間、村人たちの顔が青ざめる。影喰らい――それは各地を襲い、無差別に破壊と殺戮を繰り返す謎の騎士団だった。

村の外れから上がる黒煙、悲鳴が響き渡る。村人たちは混乱しながら逃げ惑い、教会に集まって祈る者もいれば、必死に家族を守ろうとする者もいた。

フランシェスカはただ呆然とその光景を見つめていた。

「フラン!逃げるんだ!」

隣人の青年が叫ぶが、彼女の足はすくんで動けない。目の前で次々と村人たちが倒れていく。黒い鎧に身を包んだ騎士たちは、無慈悲に剣を振り下ろしていく。

「なぜ……どうして……こんなことが……」

彼女の中にあるのは恐怖と絶望、そして怒りだった。

その時、彼女の口から歌声が漏れた。

最初は小さな音だった。それでも、周囲の空気が変わるのを彼女自身が感じた。声が震えながらも徐々に力を増し、いつしか教会の鐘の音すらかき消すほどの音量となった。

影喰らいの騎士たちはその歌声に足を止め、次第に苦悶の表情を浮かべ始める。
「なんだ、この声は……!」
「頭が割れる……!」

フランシェスカの歌声は次第に激しさを増し、まるで嵐のように村全体を包み込んだ。黒い鎧を纏った騎士たちは一人、また一人と崩れ落ちていく。

だが、同時に村の建物も、周囲の木々も、彼女の歌声に共鳴するように音を立てて崩壊していく。

「――やめて……やめて!」

彼女は自分の声を止めようとするが、体が言うことを聞かない。

気づけば村は静寂に包まれていた。影喰らいの騎士たちは全滅し、村人たちもまたその場に倒れていた。崩れ落ちた家々、灰となった村の姿が広がる。

フランシェスカは膝をつき、震える手で顔を覆った。
「私が……私がやったの……?」

その歌声が人々を守ったのか、それとも破滅をもたらしたのか――彼女にはわからなかった。ただひとつ確かなのは、自分の歌声が何か恐ろしい力を秘めているということ。

こうしてフランシェスカはすべてを失い、歌の真実を知るために旅に出ることを決意する。
だが、その先に待つ運命は、さらなる試練と戦いで彩られることになるのだった。

フランシェスカはしばらくその場に座り込んでいた。崩れた教会の鐘楼、灰となった家々、そして静かに横たわる村人たち――その全てが現実とは思えなかった。

「……どうして、こんなことに……」

震える声で呟くが、答える者は誰もいない。あの歌声は、彼女自身が望んで出したものではなかった。ただ、あの瞬間に感じた怒りと恐怖、そして絶望が、彼女の中の何かを引きずり出したのだ。

ふと、目の前に倒れている影喰らいの騎士の一人に目が留まる。その鎧は黒く煤けており、頭部には裂けた傷が走っている。死んでいることは明らかだったが、彼の胸元には何かが光っていた。

フランシェスカはゆっくりとその胸元に手を伸ばし、そこにあった小さなペンダントを掴んだ。それは漆黒の宝石が埋め込まれた、奇妙な模様が彫られたものだった。

「……これは?」

ペンダントを手にした瞬間、彼女の頭の中に何かが流れ込んできた。

――『歌は力。歌は世界を紡ぐ鍵。そして、歌は破滅を呼ぶ刃。』

聞き覚えのない声が彼女の頭に響き、黒い霧のようなイメージが視界を覆った。その中に浮かぶのは、自分が知らない光景――燃え上がる都市、倒れ伏す人々、そして、絶望の中で歌い続ける一人の少女の姿だった。

「やめて……! こんなの、見たくない!」

彼女は必死に目を閉じ、ペンダントを地面に投げ捨てた。すると、その声と映像は消え去り、再び静寂が訪れた。

夜が明けるころ、フランシェスカは村を離れる準備をしていた。残ったのはわずかな衣服と食料、そして彼女がいつも愛用していた小さなリュートだけだった。

村を出る直前、彼女は振り返り、かつての自分の家だった場所を見つめた。

「……私は、真実を知る。そして、この歌が本当に人を救えるものなのか、それとも災厄を呼ぶだけのものなのか……」

決意を胸に、フランシェスカは一歩を踏み出した。

村を出て間もなく、彼女は遠くから自分を見つめる視線に気づいた。草むらの陰に隠れるようにしていたその人物は、旅人のような装いをしている。

「誰……?」

フランシェスカが声をかけると、その人物はゆっくりと姿を現した。それはまだ若い青年で、腰には剣を携えている。鋭い目つきで彼女を見つめるその男は、一言こう言った。

「お前が“黒き歌姫”か。」

「……黒き歌姫?」

初めて聞く言葉にフランシェスカは戸惑いを隠せない。だが、青年の口元には薄い笑みが浮かんでいた。

「俺はエリオット。お前に用がある。ついて来い。」

突然の提案にフランシェスカは困惑する。だが、彼の目には何か確固たる目的が宿っているようだった。

「ついて来いって……何を言っているの?」

「お前の力がどれほどのものか、この目で確かめたいんだ。お前がこれから戦う相手は、そう甘くないからな。」

「戦う……相手?」

エリオットは彼女に背を向け、振り返らずに歩き出した。

「嫌ならここで野垂れ死ね。それも自由だ。」

その言葉に反発しつつも、フランシェスカは彼の後を追うことにした。

こうして、フランシェスカとエリオットの旅が始まった――。
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