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24.オスカル様は紳士的なのね
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「っ、凄いお屋敷ですね」
いわゆるお城ではない。平屋のお屋敷は左右に大きく翼を広げた形だった。比喩のとおり、両側が抱き込む腕のように回り込んでいる。楕円形の正面が切り取られた感じだ。
「初めて見る形でしょう? 紋章の鷲が、羽を広げた姿をモチーフにしています」
お城は籠城したり、遠くが見える塔を造る。戦いになることを想定した建築物だった。だが、ここはただただ優美で豪華。強大な帝国の力の一端を見せつけるように、平らな大地に首都を築き、その中央に大公家の屋敷を建てる。攻め込まれないよう壁を立てるでもなく、山の斜面も利用しない。贅沢そのものだった。
平屋造りで、二階がないのも珍しい。王侯貴族は、民を上から見下ろしたがる人が多いから。同じ目線で生活する大公邸は、大きな屋根で迫力があった。
「この屋敷は戦うことを想定していません。攻め込まれるなら、その前に周囲の街で迎え撃つ。決してこの首都を戦火に晒さない覚悟のひとつです」
「素晴らしいですね」
屋敷の所以を聞きながら、正面の大きな玄関扉へ向かう。両側に立つ衛兵が一礼し、踵を鳴らして横向きに直った。彼らが開く扉は木製だ。一枚板を切り出したようで、継ぎ目がなかった。見上げる高さの扉に感動しながら足を踏み入れ、白い床材に降る光の乱舞に目を見開く。
ステンドグラスの応用で、上にある丸いドーム屋根が様々な色を落とす。絨毯を敷かないのは、この美しい光の絵画を楽しむためね。季節や時間によって、映し出される色は変化する。
「今の季節なら、夜明けが一番綺麗です。よろしければ、明日の朝……バレンティナ皇女殿下の貴重なお時間をいただいても?」
「あの……オスカル様とお呼びしても?」
「ええ、もちろんです」
心の大きな傷はまだ疼いている。元夫に裏切られたこと、離婚が成立しているかもわからない現状。でもこの方は私を傷つけない。なぜかそう思えた。だから。
「皇女殿下ではなく、名前でお呼びください。オスカル様」
その瞬間、驚くほど彼は変化した。顔はもちろん、首や耳など……見える場所がすべて赤く染まる。急激な変化に驚いて、私は助けを求めて振り返った。お母様はにこにこと見守るだけ、ナサニエルに夢中のお父様は当てにならない。再び前を向くと、オスカル様は緊張した面持ちで呟いた。
罪深い? 天使が、愛おしくて……あとは聞こえませんね。
「バレンティナ、さま」
「はい」
返事をしたら、さらに赤くなった。どうしましょう。もしかして具合が悪いのでは? 心配になるも、オスカル様はご自身で案内すると言い張った。休んだ方がいいと思うのだけれど。
私の手を優しく包む指先は温かく、離したくないと……そんなことを思ってしまった。食堂へ向かう前に、宛てがわれた部屋で授乳を済ませる。たくさん飲んだナサニエルは「けぷっ」と愛らしいゲップをして、満足そうに私の髪を一房握った。
今日買った音のする玩具を揺らすと、目を見開いて嬉しそう。正装は不要と言われたので、お母様にご用意いただいたワンピースで参加することにした。ドレスと違い、首元まで白いレースで覆われている。ほとんど肌みせのないワンピースのスカートは、踝まで届いた。
結婚してからは自粛していた淡いピンク色は、心浮き立つ。迎えに来たお母様がナサニエルを抱き上げた。私はなぜかオスカル様にエスコートされている。客人とはいえ、未婚ではない女性のお迎えなんて、とても紳士的な方なのね。
いわゆるお城ではない。平屋のお屋敷は左右に大きく翼を広げた形だった。比喩のとおり、両側が抱き込む腕のように回り込んでいる。楕円形の正面が切り取られた感じだ。
「初めて見る形でしょう? 紋章の鷲が、羽を広げた姿をモチーフにしています」
お城は籠城したり、遠くが見える塔を造る。戦いになることを想定した建築物だった。だが、ここはただただ優美で豪華。強大な帝国の力の一端を見せつけるように、平らな大地に首都を築き、その中央に大公家の屋敷を建てる。攻め込まれないよう壁を立てるでもなく、山の斜面も利用しない。贅沢そのものだった。
平屋造りで、二階がないのも珍しい。王侯貴族は、民を上から見下ろしたがる人が多いから。同じ目線で生活する大公邸は、大きな屋根で迫力があった。
「この屋敷は戦うことを想定していません。攻め込まれるなら、その前に周囲の街で迎え撃つ。決してこの首都を戦火に晒さない覚悟のひとつです」
「素晴らしいですね」
屋敷の所以を聞きながら、正面の大きな玄関扉へ向かう。両側に立つ衛兵が一礼し、踵を鳴らして横向きに直った。彼らが開く扉は木製だ。一枚板を切り出したようで、継ぎ目がなかった。見上げる高さの扉に感動しながら足を踏み入れ、白い床材に降る光の乱舞に目を見開く。
ステンドグラスの応用で、上にある丸いドーム屋根が様々な色を落とす。絨毯を敷かないのは、この美しい光の絵画を楽しむためね。季節や時間によって、映し出される色は変化する。
「今の季節なら、夜明けが一番綺麗です。よろしければ、明日の朝……バレンティナ皇女殿下の貴重なお時間をいただいても?」
「あの……オスカル様とお呼びしても?」
「ええ、もちろんです」
心の大きな傷はまだ疼いている。元夫に裏切られたこと、離婚が成立しているかもわからない現状。でもこの方は私を傷つけない。なぜかそう思えた。だから。
「皇女殿下ではなく、名前でお呼びください。オスカル様」
その瞬間、驚くほど彼は変化した。顔はもちろん、首や耳など……見える場所がすべて赤く染まる。急激な変化に驚いて、私は助けを求めて振り返った。お母様はにこにこと見守るだけ、ナサニエルに夢中のお父様は当てにならない。再び前を向くと、オスカル様は緊張した面持ちで呟いた。
罪深い? 天使が、愛おしくて……あとは聞こえませんね。
「バレンティナ、さま」
「はい」
返事をしたら、さらに赤くなった。どうしましょう。もしかして具合が悪いのでは? 心配になるも、オスカル様はご自身で案内すると言い張った。休んだ方がいいと思うのだけれど。
私の手を優しく包む指先は温かく、離したくないと……そんなことを思ってしまった。食堂へ向かう前に、宛てがわれた部屋で授乳を済ませる。たくさん飲んだナサニエルは「けぷっ」と愛らしいゲップをして、満足そうに私の髪を一房握った。
今日買った音のする玩具を揺らすと、目を見開いて嬉しそう。正装は不要と言われたので、お母様にご用意いただいたワンピースで参加することにした。ドレスと違い、首元まで白いレースで覆われている。ほとんど肌みせのないワンピースのスカートは、踝まで届いた。
結婚してからは自粛していた淡いピンク色は、心浮き立つ。迎えに来たお母様がナサニエルを抱き上げた。私はなぜかオスカル様にエスコートされている。客人とはいえ、未婚ではない女性のお迎えなんて、とても紳士的な方なのね。
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