わたくしは何も存じません

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢

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本編

07.やり直しになるならやらなかった

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 まずい、まずい、まずい。こんなこと想定していなかった。ニクラウスは混乱の中にあった。



 リリーが来てから、俺には欲が出た。父上の古臭い説教は腹立たしいし、好きな女と結婚したい。王位も早く継いで、自由に振る舞いたかった。それらを叶える方法として、リリーは『聖女』という概念を持ち込む。異世界から来た彼女は、前の世界で『聖女』だったと口にした。

 人々を癒す至高の存在で、女神に選ばれると。アードラー王国は、女神信仰の国だ。王族に次いで権力を持つのが教会だった。もし、リリーが女神に送り込まれた『聖女』なら……その女を妻として王妃の座に据えるのが正しい。俺の権威は一気に高まり、誰も文句は言えないだろう。

 王になれば頂点だ。勉強しろと注意されることもなく、うるさい宰相や騎士団長を首にすることも可能になった。貴族も民も俺の前にひれ伏す。

 ニクラウスはそう考えた。叱られて再教育、最悪の展開でも幽閉ぐらいだろう。王族とは、それだけで価値がある。ニクラウスの考えは、ある意味正しかった。

 夢見た状況を引き寄せるため、ニクラウスは汚い手を躊躇なく使った。『前回』のニクラウスは、父王に毒を飲ませている。急ぎすぎて、手に入れた毒薬を半分も飲ませた。健康だった王が突然倒れたことに、いぶかしむ声が上がる。リリーにも「疑われるわ」と言われ、そこからは少量ずつ飲ませた。

 じわじわと弱る父親の姿に、ニクラウスはひそかな喜びを覚えた。あんなに偉そうに俺へ意見していたくせに、俺のさじ加減一つで命が潰える。細くなった蠟燭の火も同然だ。吹き消す前に、絶望を味わわせてやろうと思った。ニクラウスの精神は、ある意味崩壊していたのだろう。

 王位継承権を持つロイスナー公爵も、ニクラウスにとって目障りだった。

 王になる資格は俺だけでいい。公爵夫人は、ガブリエルを大切にしろと煩い。挙句、弟とやらも俺を睨みつけやがった。気に入らない。ガブリエルは言うに及ばず、勉強や鍛錬を休むなと顔を合わせるたびに口にした。家族全員、処刑してやる。

 単純なニクラウスを操るリリーが罪状を考えた。後押しされて、王太子は崩壊へ向かう。処刑の命令を出した。証拠など必要ない。いまの王族は俺と父上だけで、父上は口を利けないのだ。

 命令に逆らう騎士団長に罪を着せて投獄し、あれこれ指図する宰相を首にした。リリーが見つけてきた男を騎士団長に据える。退職を申し出た騎士はすべて切り捨て、募集したら驚くほど応募があった。高給と地位に惹かれた破落戸ごろつきばかりだが、ニクラウスがそれを知る術はない。

 俺には人望があるんだ! 民は俺に期待している!! 勘違いは加速した。ニクラウスは万能感に酔っていたのだ。こうなったら止まれない。

「捕らえ、首を刎ねよ!」

 命令を下した玉座は、思ったより座り心地がよくない。父上の代理という名目で、黄金と深紅の玉座は俺の物になった。ニクラウスはさらに暴挙を重ねる。

「きゃははっ、ハートの女王みたい!」

 リリーはニクラウスに、異世界の知識を惜しみなく与えた。ギロチンという処刑台を提案し、吊った刃を落とすだけの簡単な仕組みは再現される。処刑台の首は、冗談のように転げて落ちた。素晴らしい、あれなら逆らう奴を消すのに最適だ。ニクラウスは処刑台を絶賛した。

 ハートの女王とは、物語の登場人物らしい。ギロチンも、異世界の国で実際に使用された処刑台だという。すべてリリーが持ち込んだ異世界の知識だった。

 ニクラウスは虫の息の王に、ロイスナー公爵家の処刑を伝えようとした。嘆く姿が見たかったのに、すでに亡くなっている。落胆したニクラウスは、八つ当たりで父王の遺体に剣を突き立てた。



 まずい! 『前回』の俺の所業が、すべてバレてしまう。リリーを殺して逃げるか? いや、王家に男児は俺だけだ。謝れば許されるはず……そうでなければならない。何か手土産が必要だ。リリーはまだ『聖女』の認定を受けていない。いまなら殺せる!

 鍛錬をさぼった腕には重い剣を持ち、ニクラウスは王宮内に部屋を持つリリーの部屋を目指した。
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