【完結】愛してないなら触れないで

綾雅(りょうが)今年は7冊!

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30.この屋敷なら守り抜ける――SIDEヴィル

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 仕上げた書類を渡すことを躊躇うのは当然だ。彼女はずっと裏切られてきた。僕が彼女を知っているのは、術を通じて一方的にだ。一目惚れしたのは、僕の方で彼女じゃない。だからローザリンデにとって、僕は初対面も同然だった。

 信用できるはずがない。リヒテンシュタイン公爵家から連れ出した、その功績しか彼女は知らないのだから。呪術に関しては僕が勝手に行ったこと。恩に着せて縛る気はなかった。

 もちろん愛されたいと思う。親友のラインハルトに焚き付けられたとき、これ幸いと思惑に乗ったのは打算があるから。もし彼女が僕を愛してくれたら? 告白に応えてくれたら嬉しい。だが信用できる友人程度でも構わなかった。

 ローザリンデ・フォン・アウエンミュラーの人生に必要とされたい。彼女が僕を少しでも役に立つと思ってくれたら、それで満足だった。

 預かった書類を、執務室の引き出しに入れて鍵をかける。鍵を上着の胸ポケットに入れた。書類の提出に行くと連絡しなくては。きっと根掘り葉掘り聞かれるだろうな。面倒と認識する反面、嬉しさもある。国王と大公の地位を忘れて、対等に話せる友人に心配されることが擽ったい感覚だった。

「旦那様、あの方は」

「俺の大事な客人だ。外部からの接触は一切禁止、命に懸けても守り抜け。侍女も同様だ」

「かしこまりました。我が一族の名誉にかけて、必ずや御守りいたします」

 執事ベルントはゆっくり膝を突いた。騎士のように胸に手を当てて誓う所作は、アルブレヒツベルガー大公領に伝わる伝統だ。深く頭を下げるほど、命令を重要事項として受け取った証になる。両膝を突いたベルントの頭が床に触れるほど下げられたのを見て、俺はようやく頷いた。

「お前の忠義を信じるぞ」

「私が貴方様に背くことは、この命が絶えてもありません」

 武力と情報収集能力を駆使し、大公家を支える執事はゆったりと身を起こした。幼い頃からそばにいた年上の側近の肩を叩き、任せると呟く。その声に滲んだ本音に、彼は微笑んだ。

「ようやく、大旦那様との約束を果たせそうです」

「ん? 父上と……どんな約束だ」

 初耳の話に興味を引かれた。すでに亡き父は、彼に何を託したのか。

「旦那様に立派な奥様をお迎えすることです。その土産話を聞かせるように、と。命じられました。役目を果たせそうです」

「わからんぞ」

 ローザリンデ次第だ。そう告げて、執務机に積まれた書類に手を伸ばした。国王ラインハルトの返事が来るまで、溜めた書類を片付けてしまおう。署名と押印を繰り返す俺の耳に、ノックの音が聞こえた。

「なんだ」

「アウエンミュラー侯爵令嬢様より、お茶のお誘いがございました」

「すぐに行く」

 ドア越しの問いかけに返事をして、慌てて立ち上がった。手の当たったインク瓶が倒れて、未処理の書類が数枚犠牲になる。それを放置して、侍従カールに片付けを押し付けた。急いで部屋を出ようとする俺に、カールが「袖が汚れておりますよ」と指摘する。

 くそっ、すぐ向かいたいのに!

 深呼吸をして気持ちを落ち着け、可能な限り急いでシャツを交換し、廊下に出た。足取りは軽く、気持ちはそれ以上に浮き立っていた。
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