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42.その唇に触れたいと願う――SIDEヴィル
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王宮前は馬車による渋滞が発生していた。多くの貴族が招かれる王宮の夜会なら当然だ。普段なら苛立つ状況も、口元が緩んでしまう。初恋の女性が、僕の贈ったドレスや飾りを纏って、目の前に座っている。
化粧なしの部屋着でも美しいローザリンデ嬢の、このように華やかな装いを目にすると、わずかに残った心まで奪われた。もう明け渡す物など持っていないのに。心の隅まで彼女に捧げようと決意した。
周囲の馬車を無視し、正面玄関へ最短ルートを進む。これもいつものことだ。ラインハルトが騎士に命じていたのだろう。緊急時用に、馬車は通路の右側を空けて並ぶ。左側の馬車を追い越していく様子に、ローザリンデ嬢は驚いた顔を見せた。
「心配はいりません。いつものことです。大公家の紋章を見た騎士の誘導でしょう」
「そうなのですね」
微笑んだ彼女の唇に目が釘付けになる。柔らかく弧を描いた唇は、ぷるんと艶があった。言葉を紡ぐために動く唇の縁は淡いピンクで、中央は少し濃いローズ色。美味しそうだと思ってしまい、己の醜さに拳を強く握った。
がっつくな。彼女はまだ離婚前だが、未婚の令嬢。婚約者となる前に、その唇に触れることは許されない。彼女の名誉に傷がつく行為は断じて行わない。だが……本当に魅力的だ。もし誰かに求婚されたら? 不安で握った拳が震えた。
「ヴィクトール様?」
「すみません。ローザリンデ嬢があまりに綺麗で、不安になりました。今夜はエスコートする僕から離れないでください」
「はい、承知しております」
まるで告白に応えてもらったような錯覚に、胸がじんと痺れた。くそっ、まだだ。彼女にきちんと告白して、婚約者になることを許してもらうまで……不埒な行動や考えは捨てろ。自らにキツく言い聞かせた時、馬車が止まった。
「アルブレヒツベルガー大公閣下が到着されました」
外で案内の侍従の声が聞こえ、扉が外から開かれる。先に降り、踏み段に足を掛けたまま振り返った。差し伸べた手に、彼女の手が触れる。レースの手袋越しの白い手、そこから伸びた腕を追って彼女の微笑みにたどり着く。自然と表情が和らいだ。
「……うそっ、アルブレヒツベルガー大公閣下が、微笑んでるわ」
「これはお珍しい。よほど大切な女性なのでしょうな」
近くにいた侯爵夫妻がひそひそと噂するが、害がないので無視した。ラベンダーのドレスを選んで正解だったな。赤い髪が映える。ピンクに近いほど淡い色を選んだので、同系色で反発しなかった。それに加え、反対色の青が混じることで華やかさも演出できる。
輸入したばかりの希少な絹を、特殊な製法で織ると生まれる虹色の輝きは、彼女の透き通るような肌に似合った。侍女達の意見を取り入れて正解だったらしい。できれば、誰の目にも見せたくなかった。彼女の姿に見惚れた男達の目を、くり抜きたいくらいだ。
「国王陛下から控え室にお通しするよう仰せ付かっております。こちらへ」
案内に立つラインハルトの側近は、そつなく人けの少ない通路へ誘導した。並んで歩きながら、彼女の歩幅を測る。もう少し速度を落とした方がいいか。用意された控え室はまだ無人で、ローザリンデ嬢はほっとした顔で息をついた。
「お気遣いありがとうございます」
「ドレスのことなら」
「いえ、歩く速度ですわ。合わせてくださったでしょう?」
気付いていたと思わず、一瞬動きが止まる。それから微笑んで彼女をソファに座らせた。少し空けて隣に座る。
「当然です。今夜の主役はあなたなのですから」
そう口にしながら、艶やかな唇に目を奪われていた。あの唇で「ヴィル」と愛称を呼んで欲しい。いつか口付けることが出来たら……願うことは自由なはず。そう己に言い聞かせながらも、後ろめたさを感じて目を伏せた。
化粧なしの部屋着でも美しいローザリンデ嬢の、このように華やかな装いを目にすると、わずかに残った心まで奪われた。もう明け渡す物など持っていないのに。心の隅まで彼女に捧げようと決意した。
周囲の馬車を無視し、正面玄関へ最短ルートを進む。これもいつものことだ。ラインハルトが騎士に命じていたのだろう。緊急時用に、馬車は通路の右側を空けて並ぶ。左側の馬車を追い越していく様子に、ローザリンデ嬢は驚いた顔を見せた。
「心配はいりません。いつものことです。大公家の紋章を見た騎士の誘導でしょう」
「そうなのですね」
微笑んだ彼女の唇に目が釘付けになる。柔らかく弧を描いた唇は、ぷるんと艶があった。言葉を紡ぐために動く唇の縁は淡いピンクで、中央は少し濃いローズ色。美味しそうだと思ってしまい、己の醜さに拳を強く握った。
がっつくな。彼女はまだ離婚前だが、未婚の令嬢。婚約者となる前に、その唇に触れることは許されない。彼女の名誉に傷がつく行為は断じて行わない。だが……本当に魅力的だ。もし誰かに求婚されたら? 不安で握った拳が震えた。
「ヴィクトール様?」
「すみません。ローザリンデ嬢があまりに綺麗で、不安になりました。今夜はエスコートする僕から離れないでください」
「はい、承知しております」
まるで告白に応えてもらったような錯覚に、胸がじんと痺れた。くそっ、まだだ。彼女にきちんと告白して、婚約者になることを許してもらうまで……不埒な行動や考えは捨てろ。自らにキツく言い聞かせた時、馬車が止まった。
「アルブレヒツベルガー大公閣下が到着されました」
外で案内の侍従の声が聞こえ、扉が外から開かれる。先に降り、踏み段に足を掛けたまま振り返った。差し伸べた手に、彼女の手が触れる。レースの手袋越しの白い手、そこから伸びた腕を追って彼女の微笑みにたどり着く。自然と表情が和らいだ。
「……うそっ、アルブレヒツベルガー大公閣下が、微笑んでるわ」
「これはお珍しい。よほど大切な女性なのでしょうな」
近くにいた侯爵夫妻がひそひそと噂するが、害がないので無視した。ラベンダーのドレスを選んで正解だったな。赤い髪が映える。ピンクに近いほど淡い色を選んだので、同系色で反発しなかった。それに加え、反対色の青が混じることで華やかさも演出できる。
輸入したばかりの希少な絹を、特殊な製法で織ると生まれる虹色の輝きは、彼女の透き通るような肌に似合った。侍女達の意見を取り入れて正解だったらしい。できれば、誰の目にも見せたくなかった。彼女の姿に見惚れた男達の目を、くり抜きたいくらいだ。
「国王陛下から控え室にお通しするよう仰せ付かっております。こちらへ」
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「お気遣いありがとうございます」
「ドレスのことなら」
「いえ、歩く速度ですわ。合わせてくださったでしょう?」
気付いていたと思わず、一瞬動きが止まる。それから微笑んで彼女をソファに座らせた。少し空けて隣に座る。
「当然です。今夜の主役はあなたなのですから」
そう口にしながら、艶やかな唇に目を奪われていた。あの唇で「ヴィル」と愛称を呼んで欲しい。いつか口付けることが出来たら……願うことは自由なはず。そう己に言い聞かせながらも、後ろめたさを感じて目を伏せた。
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