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44.何度繰り返しても必ず愛するでしょう
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国王陛下は呆れたと言わんばかりの溜め息を吐き、きゅっと口を引き結んだヴィクトール様は泣きそう。正直なところ、本当に予想が当たっているか分からない。だから慎重に出方を窺ってしまった。
「ヴィクトール様、あの」
「そこからか? まだ愛称呼びに辿り着かぬとは、なんと嘆かわしい」
国王陛下が大袈裟に嘆く姿を見て、事情が掴めてきたわ。背中を押している、または尻を叩くとも言うけど。もしかしたら、ヴィクトール様を私に嗾けているのかしら。
じっくりお二人を観察して、思わぬところに気づいてしまった。ヴィクトール様の左耳の飾りだけ大きい。国王陛下も同じなの。片方だけ大きな飾りを付けていて、それが同じデザインだった。王家の紋章を象った美しい飾り。対になった飾りを二人で分けたのね。反対側の耳に付けた真っ赤な宝石の飾りも、よく見たら同じだわ。
国王陛下の王家の耳飾りを貰って、大公ヴィクトール様の宝石飾りを代わりにお渡しした形かしら? 二人の会話を意識の外に追いやり、私は興味深い耳飾りに夢中になっていた。現実逃避よ。
「俺……いや、僕が自分で言うから黙ってて」
「わかった。俺は妻の様子を見て来るから、戻るまでに決めておけよ」
国王陛下は会釈する私に微笑んで頷き「しっかりな」と応援を残して退室なさった。残ったのは、私とヴィクトール様のみ。侍従や侍女も廊下にいるから、二人きりだった。こんなのは、初めてね。
ヴィクトール様は何度も深呼吸してから、私の前に膝を突く。礼服の今は、本当に凛々しく思えた。どきどきして心臓が飛び出しそうだし、呼吸も苦しい。胸が苦しい。
ヴィクトール様の銀瞳が、きらきらと輝いた。金属のような冷たさではなく、見守る夜の月に似た柔らかさを感じる。心の奥底まで覗かれてしまいそう。ずきっと胸が痛んだ。黒髪の素敵な独身男性、きっと夜会では引く手数多だわ。胸の奥で疼く感情が、ひどく醜く思えた。この方を独占したいだなんて――。
「アウエンミュラー侯爵令嬢ローザリンデ様。アルブレヒツベルガー大公ヴィクトールが、美しいあなたに求婚いたします。僕の妻になっていただけませんか?」
「……私が?」
未婚令嬢として扱われても、一度は他家に嫁いだ女。大公閣下の地位があれば、もっと美しく才能ある令嬢を望む事ができるのに? 白い結婚でこの身は穢れていなくても、周囲はそう見ないわ。きっと好き勝手に噂話をする。大公家の名誉が傷つけられてしまう。
「私は、一度リヒテンシュタイン公爵夫人になった女です」
涙が溢れた。どうして結婚前に出会えなかったのだろう。私を求めるこの人が、もっと早く迎えに来てくれなかったのか。悲しくて、悔しくて、胸が痛かった。
「僕ではダメですか」
「いいえっ! いいえ……私には勿体無い方です」
あなたがダメなのではなく、私がダメなの。あなたに嫁いで大公妃を名乗る価値がないわ。涙をこぼす私の頬に、白い絹のハンカチが触れた。それから抱き締められる。
「あなたがあなたである限り、何度繰り返しても必ず愛するでしょう。あなた以外を選ぶことはありません。僕を選んでください」
ずっと愛されたかった。心の底から渇望していた欲が、じわじわと溢れ出る。蓋をしなくてはいけない。この人を巻き込んではダメなのに、私は……小さく頷いていた。
「ヴィクトール様、あの」
「そこからか? まだ愛称呼びに辿り着かぬとは、なんと嘆かわしい」
国王陛下が大袈裟に嘆く姿を見て、事情が掴めてきたわ。背中を押している、または尻を叩くとも言うけど。もしかしたら、ヴィクトール様を私に嗾けているのかしら。
じっくりお二人を観察して、思わぬところに気づいてしまった。ヴィクトール様の左耳の飾りだけ大きい。国王陛下も同じなの。片方だけ大きな飾りを付けていて、それが同じデザインだった。王家の紋章を象った美しい飾り。対になった飾りを二人で分けたのね。反対側の耳に付けた真っ赤な宝石の飾りも、よく見たら同じだわ。
国王陛下の王家の耳飾りを貰って、大公ヴィクトール様の宝石飾りを代わりにお渡しした形かしら? 二人の会話を意識の外に追いやり、私は興味深い耳飾りに夢中になっていた。現実逃避よ。
「俺……いや、僕が自分で言うから黙ってて」
「わかった。俺は妻の様子を見て来るから、戻るまでに決めておけよ」
国王陛下は会釈する私に微笑んで頷き「しっかりな」と応援を残して退室なさった。残ったのは、私とヴィクトール様のみ。侍従や侍女も廊下にいるから、二人きりだった。こんなのは、初めてね。
ヴィクトール様は何度も深呼吸してから、私の前に膝を突く。礼服の今は、本当に凛々しく思えた。どきどきして心臓が飛び出しそうだし、呼吸も苦しい。胸が苦しい。
ヴィクトール様の銀瞳が、きらきらと輝いた。金属のような冷たさではなく、見守る夜の月に似た柔らかさを感じる。心の奥底まで覗かれてしまいそう。ずきっと胸が痛んだ。黒髪の素敵な独身男性、きっと夜会では引く手数多だわ。胸の奥で疼く感情が、ひどく醜く思えた。この方を独占したいだなんて――。
「アウエンミュラー侯爵令嬢ローザリンデ様。アルブレヒツベルガー大公ヴィクトールが、美しいあなたに求婚いたします。僕の妻になっていただけませんか?」
「……私が?」
未婚令嬢として扱われても、一度は他家に嫁いだ女。大公閣下の地位があれば、もっと美しく才能ある令嬢を望む事ができるのに? 白い結婚でこの身は穢れていなくても、周囲はそう見ないわ。きっと好き勝手に噂話をする。大公家の名誉が傷つけられてしまう。
「私は、一度リヒテンシュタイン公爵夫人になった女です」
涙が溢れた。どうして結婚前に出会えなかったのだろう。私を求めるこの人が、もっと早く迎えに来てくれなかったのか。悲しくて、悔しくて、胸が痛かった。
「僕ではダメですか」
「いいえっ! いいえ……私には勿体無い方です」
あなたがダメなのではなく、私がダメなの。あなたに嫁いで大公妃を名乗る価値がないわ。涙をこぼす私の頬に、白い絹のハンカチが触れた。それから抱き締められる。
「あなたがあなたである限り、何度繰り返しても必ず愛するでしょう。あなた以外を選ぶことはありません。僕を選んでください」
ずっと愛されたかった。心の底から渇望していた欲が、じわじわと溢れ出る。蓋をしなくてはいけない。この人を巻き込んではダメなのに、私は……小さく頷いていた。
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