【完結】虚

綾雅(りょうが)今年は7冊!

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序章

10.オレの敵は人間だ

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 駆け出そうとしたオレに、リリィは冷めた言葉を向けた。

「答えが出ていないのに戦うの?」

「オレの敵は人間だ」

 咄嗟に返していた。オレを殺そうとしたのも騙したのも人間だ。日本から呼びつけて帰れなくしたのも、全部人間が悪いじゃないか。魔族がオレに何か害を為したか? 生きるために反撃した奴はいても、いきなり襲って来ることはなかった。

 やけに軽い剣を手に断言したオレに、リリィは無言で別の剣を手渡した。どこから出したのか考える前に、受け取って一振りする。壁の飾りより実用的らしい。重さもしっかりあったので、力技でぶった切ることも可能だ。握った柄を引き寄せて走る。

 まだ怠い体が重い。足が前に出ない。腕は振り抜けるのか。考える間に玄関ホールに出た。5人の男に対し、双子は身軽さを生かして応戦している。間に合った……ほっとしながら、見回した先で火の魔法陣を床に描く魔術師を見つけた。

 よくあるファンタジー映画のように、分かりやすいローブは着ていない。見た目は普通の男だが、判断基準は手にした特殊な白い石だ。細く鉛筆のように成形された石筆と呼ばれる道具だった。魔力の通りがいいとかで、魔術師が常に持ち歩く。指先が白く汚れていることも多いので、騎士や剣士と見分ける一助になっていた。日本で蝋石と呼ばれるチョークに似た自然石だ。

 床にがりがりと描く白い魔法陣は完成間近だった。火を付けられたら、魔法陣が消滅するまで建物を燃やし尽くす。まだ人が残る屋敷を燃やそうとする醜悪さに吐き気がした。まずはこの男からだ。

「やめろっ! 切るぞ」

 最低限の警告は口にする。すでに振り上げた剣先は、魔術師を捉えていた。剣術は強くないかも知れないが、動かない獲物を切るくらい出来る。

「うわぁあああ!」

 叫んだ声に反応して顔を上げた魔術師は、避けるのが間に合わなかった。全力で持ち上げた剣は自重で床に突き刺さり、その途中で魔術師の太ももを切断する。驚くべき切れ味に、目を見開いた。なんだこれ、建物の柱も切れるんじゃないか? 

 戦いに慣れていないオレだが、加勢になったようだ。慌てて逃げ出そうとした2人を見逃した双子は、向かってきた敵を魔法で叩きのめした。床に這いつくばる男を縄で縛りあげる。その間も喚き散らす魔術師は、置いて逃げた仲間を罵っていた。

「くそっ、おれがいないと勝てないくせに……何様のつもりだ」

 ぼやく男の血で汚れた魔法陣は発動しない。近づいて魔法陣を足で踏みにじった。完全に発動を阻止された魔術師は青ざめる。手の届く場所に落ちた蝋石を握ろうとした指を剣で切り落とした。まだ足掻くのか。人間とはどこまで醜いのだろう。

 自己嫌悪も湧き上がるが、いまは切り抜けた状況を喜ぶべきだ。振り返った先で、双子が手を振った。振り返してから、激痛に泣き喚く魔術を見下ろす。何も感じない。奇妙だと思うほど、感情が動かなかった。

「ぐぁ、ああ……痛、ぃ……っ」

 切り落とされた右脚、右手も親指以外は切断した。この状況で抵抗もできず、激痛にただ泣きごとを並べる男に眉を顰める。煩いと思うが、同情はない。この男は、オレ達を生きたまま焼き殺そうとした。殺そうとしたんだから、逆に殺されかけても文句言えないよな。

 人間を傷つけるのは嫌だった。魔族でも、人型をしていると気が引ける。明らかに化け物じみた外見をしていれば気は楽だが、それでも肉を切り裂く手応えが嫌いだった。

 平和な日本で暮らしてきて、当たり前だが直接誰かを殴ることも殺すことも経験していない。この世界に来て魔族との戦いに巻き込まれ、気づいたら両手は血塗れだった。何度も吐いた昔のオレが、今のオレを見たらどう思うんだろうな。非情な化け物と罵るのか?
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