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第一章

36.何の罰ゲームだよ

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「魔王って……イヴリースのことか」

 そういや、イヴの名前は魔王にあやかって母親がつけてくれたんだっけ。以前に雑談で聞いた話が蘇る。オレの事情を知って戦うことを選んでくれた、優しい奴だった。目を閉じて黙とうを始めたオレの頬を、リリィが容赦なく叩いた。

「感傷に浸るのは後にしてちょうだい」

「ってぇ。だから美人なのにモテないんだぞ」

「あら、顔を褒めてくれてありがとう」

 にっこり笑ったリリィの指先が、容赦なくオレの頬をつねる。マジ痛い。声にならない激痛に悶えていると、彼女はあっさり手を離した。ほっとして、腫れた頬を手で覆う。まだ痛い。じわっと滲んだ涙を痛みのせいにして、震える息を吐きだした。

「あなたを責めるために話したんじゃないわ。ただ、魔王の座が空席だと、いろいろ問題が出てきたの」

 肩を竦めたリリィの説明によれば、魔王位はそれ自体が世界に影響を及ぼすらしい。玉座そのものではなく、魔王という存在の有無が重要だった。同時に神も空座になれば問題なかったのに……とんでもないことを口走るリリィに、イヴや双子が曖昧な笑みを浮かべる。まあ、確かにコメントに困るわな。

 神様も居ないなら魔王が不在でも問題なかった。それなのに、神が存在して魔王が消える状況はバランスを欠く。そう説明されて、異世界だし……そんなルールもあるのかなと頷いた。

「簡単じゃん。リリィが魔王になればいい」

 今だって瘴気である黒い霧を浄化したり、結界を張って魔王城を守っている。そのまま魔王になると言っても、反対する奴の方が少ないはずだ。オレは賛成だし、この場にいる3人も賛成だろ? すでに誰かに反対されたんだろうか。

「私は魔王になれないわ」

「どうして?」

「この世界のルールだからよ」

 そう言われてしまったら「ふーん、そっか」としか返せない。オレもそうだが、自分が住んでる世界のルールをきちんと理解してる奴なんて、ほとんどいないだろ。ただなんとなく「重力がある」とか「人間はそのままじゃ空を飛べない」と理解してる程度だ。それ以上の理由なんて知らなくても、誰も困らないんだよ。学者くらいしか調べないだろう。

 地球が丸いなんて聞かされても、実際この目で見たわけじゃない。しかも自分が住んでる星が、本当に地球かどうか確かめる方法すらないんだからな。この世界のルールも、魔法や魔術の法則に関しても、異世界人のオレは常に蚊帳の外だった。人間は使えないはずの魔法が、あっさり使えたんだから。どうやっても魔術が使えなくて悩んだ時間を返せってんだ。

「じゃあ、フェンリルなら……」

 見事なシンクロ具合で首を左右に振る双子。視線を向けただけでまだ何も言っていないのに、イヴにも断られた。あとは、ドラゴンやオーガみたいな体が大きくて強い種族か。

「エイシェットに頼んでみる?」

「あなたがやればいいわ」

「は?」

「正確には代理ね。異世界の人間だから、魔王そのものは無理だけど……魔王の代理になりなさいと言ったのよ」

「え? は? ええええ!? あ、無理」

 人間を牽制するときに、魔王の代理みたいなものとは言ったけどさ。無理無理と顔の前で手を振ったが、リリィは笑顔で言い切った。

「これで決まりね。安心したわ、私の魔法の効果が高まるもの」

「なにそれ」

 顔を引き攣らせて話を聞いた結果、魔王が空位になるとバランスが崩れて瘴気の浄化に影響するらしい。だがリリィが魔王になれない以上、誰かを魔王にしなくてはならないのだ。

「オレは人間だぞ。他の連中が納得しないさ」

 魔族の中から選べよ。

「あら、ここ数日で根回しは終わってるから安心していいわよ」

「元勇者なんだが?」

 問題の魔王イヴリースを殺した敵だぞ?

「だからこそ、皆が納得したの。魔王を殺した責任を取りなさい」

 責任の取り方が間違ってる気がする。リリィに口で勝てるはずはなく、納得できなくてもすでに決まったらしい。そういえば、ここ数日双子やイヴが忙しそうだったけど……あれは根回しだったのか。何も知らずに、エイシェットと人間退治に勤しんでいたオレが間抜け……ん? もしかしてエイシェットは仲間か?!

 顔を上げた先でそっと視線を逸らすフェンリル達が、オレの嫌な考えを肯定していた。くそっ、番う話で誤魔化されて気づけなかった。
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