44 / 135
第一章
44.壊したのは人間の自業自得だ
しおりを挟む
周辺の村を蹂躙する作戦に切り替えたオレは、フェンリルの背に跨っていた。先を走るカインが吠える。その声に呼応して魔獣や魔物が村を襲った。逃げ回る人々を獣が追う。
「た、助けて……この子だけでもっ!」
必死で懇願する母親は、幼い我が子に頬ずりしてから差し出した。受け取らずにいると、そっとアベルの前に置く。それから上に己の身をかぶせた。自分は食われても、その代償で我が子を助けろと言いたいのだろう。どの世界でも母親は献身的だ。
「なあ、あんた」
声を掛けると、驚いた顔をしながらも平伏した。アベルの背から降りないまま、オレは首をかしげる。本当に心底不思議だった。
「なんでオレが助けると思ったんだ?」
「に、人間がおられたので」
中途半端に敬語を混ぜてくるのは、農民や町の住民の特徴だった。周囲で食い荒らされていく人間の悲鳴におびえながらも、必死の形相だ。近くで人間に似た形状のゴブリンみたいな魔物が、アベルの前に置かれた幼子に目を輝かせた。
「ふーん、助ける気はないよ。オレは魔族だし。そもそも王侯貴族の失政の所為だからね」
幼子は眠っているのか、やせ細った手足は健康状態がいいとは言えない。母親も似たり寄ったりだった。だが、極限まで飢えたオレは知ってる。この程度なら人間は死なない。まだ十分余力があるのだ。本当に飢えて体力が限界に近づくと、眠ることも出来なくなるんだよ。気を失うことはあるけど。
「私達は農民で、だから……」
「関係ない、助けてくれ? オレが一杯の水を請うたとき、鼻で笑ってあしらったのはこの村だったぞ」
驚いた顔をする女性が「まさか」とか「そんな」と唇を震わせるのを無視し、魔物を呼び寄せた。興奮状態の魔物はアベルを警戒しながらも、足元から幼子を攫おうとする。食い止めようと母親が身を投げ出した。途端に大喜びで仲間を呼んで、引きずっていった。もちろん、幼子も含めて。
「いいのか?」
「アベルって優しいよな。オレよりよほど感情が豊かだと思う」
わしゃわしゃと首周りの毛を撫でて抱き着いた。オレは壊れているんだよ、きっと。人間が助命嘆願しても、赤子だから無実だと言われても分からない。アベルやカインはオレが傷つくと思って、後悔する決断はするなと言ってくれた。だが、後悔以前に「殺して何が悪い」程度の感想しかない。
同族という意識を人間に感じないし、目の前で悲鳴を上げて死んでも止めようと思わなかった。以前の記憶は残っているから、残虐な行為に何も感じないオレがおかしいのだと判断は出来る。それでも共感はなかった。
どうせ死ぬなら、反省し後悔しながら派手に内臓ぶちまければいい。罪のない魔族から生きたまま魔石を抜くような種族だ。更生の余地なんてないだろ。
日本にいた時も疑問に思ったことがある。快楽殺人をする奴に恩赦を求める奴は……自分や己の家族を殺されないと分からないのか。大切な人を奪われて泣く遺族に、死刑を望めばあんたも人殺しだって囁く連中がいる。いいじゃないか。仇くらい討たせてやれよ、いつもそう思ってきた。
異端さを自覚していたオレが異世界に来て、持っていた倫理観を完全に壊された。こうなるのは当然だし、そう仕向けたのは勇者に祀り上げて利用し捨てた連中だ。人間の自業自得なんだから、仕方ないよな。
見回した村は蹂躙され尽くし、生き残った人間はごく僅かだ。退くよう指示し、動ける数人以外にトドメを差した。歩ける奴らを村から放り出し、魔物に手出し無用を告げる。あの連中には次の村に恐怖を伝えてもらう仕事がある。まだ殺されちゃ困るんだよ。見送って、戻ってきたカインに抱き着く。
「ああ、折角綺麗な毛皮なのに汚れたな。川で洗おうぜ」
「た、助けて……この子だけでもっ!」
必死で懇願する母親は、幼い我が子に頬ずりしてから差し出した。受け取らずにいると、そっとアベルの前に置く。それから上に己の身をかぶせた。自分は食われても、その代償で我が子を助けろと言いたいのだろう。どの世界でも母親は献身的だ。
「なあ、あんた」
声を掛けると、驚いた顔をしながらも平伏した。アベルの背から降りないまま、オレは首をかしげる。本当に心底不思議だった。
「なんでオレが助けると思ったんだ?」
「に、人間がおられたので」
中途半端に敬語を混ぜてくるのは、農民や町の住民の特徴だった。周囲で食い荒らされていく人間の悲鳴におびえながらも、必死の形相だ。近くで人間に似た形状のゴブリンみたいな魔物が、アベルの前に置かれた幼子に目を輝かせた。
「ふーん、助ける気はないよ。オレは魔族だし。そもそも王侯貴族の失政の所為だからね」
幼子は眠っているのか、やせ細った手足は健康状態がいいとは言えない。母親も似たり寄ったりだった。だが、極限まで飢えたオレは知ってる。この程度なら人間は死なない。まだ十分余力があるのだ。本当に飢えて体力が限界に近づくと、眠ることも出来なくなるんだよ。気を失うことはあるけど。
「私達は農民で、だから……」
「関係ない、助けてくれ? オレが一杯の水を請うたとき、鼻で笑ってあしらったのはこの村だったぞ」
驚いた顔をする女性が「まさか」とか「そんな」と唇を震わせるのを無視し、魔物を呼び寄せた。興奮状態の魔物はアベルを警戒しながらも、足元から幼子を攫おうとする。食い止めようと母親が身を投げ出した。途端に大喜びで仲間を呼んで、引きずっていった。もちろん、幼子も含めて。
「いいのか?」
「アベルって優しいよな。オレよりよほど感情が豊かだと思う」
わしゃわしゃと首周りの毛を撫でて抱き着いた。オレは壊れているんだよ、きっと。人間が助命嘆願しても、赤子だから無実だと言われても分からない。アベルやカインはオレが傷つくと思って、後悔する決断はするなと言ってくれた。だが、後悔以前に「殺して何が悪い」程度の感想しかない。
同族という意識を人間に感じないし、目の前で悲鳴を上げて死んでも止めようと思わなかった。以前の記憶は残っているから、残虐な行為に何も感じないオレがおかしいのだと判断は出来る。それでも共感はなかった。
どうせ死ぬなら、反省し後悔しながら派手に内臓ぶちまければいい。罪のない魔族から生きたまま魔石を抜くような種族だ。更生の余地なんてないだろ。
日本にいた時も疑問に思ったことがある。快楽殺人をする奴に恩赦を求める奴は……自分や己の家族を殺されないと分からないのか。大切な人を奪われて泣く遺族に、死刑を望めばあんたも人殺しだって囁く連中がいる。いいじゃないか。仇くらい討たせてやれよ、いつもそう思ってきた。
異端さを自覚していたオレが異世界に来て、持っていた倫理観を完全に壊された。こうなるのは当然だし、そう仕向けたのは勇者に祀り上げて利用し捨てた連中だ。人間の自業自得なんだから、仕方ないよな。
見回した村は蹂躙され尽くし、生き残った人間はごく僅かだ。退くよう指示し、動ける数人以外にトドメを差した。歩ける奴らを村から放り出し、魔物に手出し無用を告げる。あの連中には次の村に恐怖を伝えてもらう仕事がある。まだ殺されちゃ困るんだよ。見送って、戻ってきたカインに抱き着く。
「ああ、折角綺麗な毛皮なのに汚れたな。川で洗おうぜ」
10
あなたにおすすめの小説
クラス転移したからクラスの奴に復讐します
wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。
ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。
だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。
クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。
まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。
閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。
追伸、
雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。
気になった方は是非読んでみてください。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる